馬車 2

 俺の用事、それはズバリ旅行である。

 そのためにわざわざこんな時間に起きて、馬車に乗りに来たのだ。


 別に昼でも良いだろって?

 まぁ、何かと忙しい現代人と違って別に時間に追われてる訳じゃない。

 労働に縛られてる訳でもないし。

 休日も思いのままだ。

 実際、もっと遅い時間の馬車もある。


 ならわざわざ早起きする理由ないじゃん。

 もっとゆっくり行こうよ。

 一時期ありました、俺にもそんな思考回路の時代。

 が、ダメ。

 その時間の馬車に乗るのは自殺行為も良いとこだ。


 日が沈む前に目的地に到着しないのだ。

 これが何を意味するか。

 暗闇の中を進むか、街の外で一泊するか。

 2つに1つ。

 これが夜行バスや寝台列車みたいな物であれば、全然選択肢に入ってくるんだけどね。


 ここは異世界、ファンタジー世界なのだ。

 ただでさえ危険なのに。

 街の外で一泊とか……、考えたくもない。


 まず、治安がべらぼうに悪い。

 西成とか比じゃないレベルで治安が酷いのだ。

 ヤンキーとか半グレなんてもんじゃない。

 本物の山賊が出る。

 商人を襲って積荷を奪うような連中だ。

 人殺しを忌避するはずもなく、当然のように襲われた人間は皆殺しにされる。

 まぁ、日本は特別治安が良かった訳で。

 それこそ地球にも治安が終わってる地域はある。

 ただ、異世界ではその地域の治安のレベル感がデフォだと思って貰えれば。


 後、治安とか関係なしに街の外だと道沿いでもヒグマ並みの猛獣がごまんと出る。

 流石に、ドラゴンやらオーガなんてのはそう居るもんじゃない。

 この手の魔物は滅多にお目にかかれないし、お目にかかった時には寿命だと諦めるしかない。

 それでも、だ。


 例えば、ゴブリン。

 冒険者ならよほどの新人を除けば誰でも狩れる様な魔物ではある。

 ただ、こいつも危険度で言えばヒグマとそう変わらないはずだ。

 奴らは群れで行動し、知恵もそこそこ回る。

 何より、人間を明らかに敵とみなして積極的に攻撃してくる。

 単純な戦闘力で言えばヒグマには及ばないかもしれないが、この一点だけでゴブリンの危険度は跳ね上がるのだ。

 他の魔物も、人類に対して好戦的なのは共通項。


 毎年、何人の人が犠牲になっている事か……


 この世界では、自然はまだ脅威のままなのだ。

 災害がどうとかいう話ではなく。

 自然そのものが脅威。

 地球じゃ一番人間を殺してる生き物は人間だったが、この世界じゃどうだろうか?

 かなり怪しいところがあると思う。

 つまり、この世界の人間はまだ生態系の頂点に立ててないってことだ。


 もし、チートを持ってなかったら……

 旅行どころじゃない。

 おそらく、街から一歩でも外に出ようという気すら起きなかっただろう。

 今みたいな稼ぎ方も出来ないだろうし。

 一日中働いて、神経を擦り減らす事に人生を注いでいたはずだ。

 前と同じように。


 せっかくの異世界である。

 言葉通りの別世界。

 前世で散々聞いたような、まるで別世界なんてものとは根本が異なる。

 ちょっと海外旅行に行くのとは次元が違う。

 そんな場所が無数にあるのだ。


 お金に余裕が出来れば、何処かに出かけるようにしている。

 前世では旅好きって訳でも無かったのだけど。

 それでも、積極的に行くぐらいには感動的だ。

 チートを持って異世界に来れて、実はこれが一番良かった事なのかもしれない。

 気軽に旅行に行けるって事が。

 何処の神様が俺にチートなんて与えてくれたのか知らないが、感謝しかないな。


 ……


 少し話は戻ってしまうが、本当のことを言えば別に旅行に行くからって早起きする必要はない。

 と言うか、極論言って仕舞えば馬車に乗る必要もないのだ。

 俺にはチートがある訳で。

 魔法で飛んで行っても良いし、単純に走ってもいい。

 一度行った事がある場所なら転移なんて選択肢もある。


 どの方法でも余裕で馬車より早くつく。

 しかもタダ。

 席の座り心地とか、気にする必要もない。


 でも、旅の醍醐味ってやつ?

 ちょっと窮屈な思いをしながら、馬車に揺られてというのがなかなか乙なモノなのだ。

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