二章

馬車

「んっ、んん〜〜」


 もう、時間か。

 起きないと……


 寝惚け眼をこすり、なんとか薄目を開ける。

 視界には見慣れた天井。

 当然である。

 自室なのだから。


 部屋の内はまだ薄暗い。

 窓の外を見ると、陽も昇り始めたばかりの様子。

 朝、と言うより早朝か。

 別に普段からこんな早起きをしている訳ではない。

 異世界でダラダラとのんびりライフを楽しんでいるのだから。

 規則正しい生活とやらには中指を立てて生きている。

 今日、この時間に起きたのには理由があるのだ。


 まだベッドの中でぬくぬくしていたい感情を抑え込み、布団を軽く蹴飛ばす。

 布団は宙を舞い、ベッドから外れ床に落ちる。

 起き上がらなければ手の届かない距離。

 ベストポジションだ。

 このままベッドでぬくぬくしていると、いつの間にか二度寝の誘惑に飲み込まれかねないからね。

 それじゃ早起きした意味がない。


 ベッドの誘惑さえ断ち切れれば後は実にスムーズ。

 部屋着から着替え、家を出る。

 外の空気は少々肌寒い。

 まぁ、まだ時間が時間だしな。

 むしろこれぐらいでちょうどいいってもんよ。

 昼になる頃には暖かくなってるはずだ。


 人通りはほぼない。

 この街は国内だとそれなりに人口の多い場所なのだが、流石にこの時間に活動している人間は少ないらしい。

 そりゃそうか。

 まだ薄暗いレベルの時間帯だしね。

 これが農村とかだったら違うのかもしれないけど。

 ほら、農家は日の出とともに仕事が始まるとか聞いた事あるし。

 あくまで前世の知識だけど。


 もう少し歩くと人だかりが見えてきた。

 街のはずれ。

 何台かの馬車も停まっている。

 ここが一旦の目的地だ。


「すいません」


 ここを利用するのは初めてではない。

 それなりに慣れたものだ。

 馬の世話をしている青年に声を掛ける。

 これをしないと始まらない。

 特に案内が置いてある訳でも無いのだ。

 話しかけなければその馬車がどこ行きなのかすら分からない。


 初めて利用した時の事。

 確か、この世界に来て2桁年も経っていなかったと思う。

 王都に行こうって事で馬車を利用したのだ。

 まだこの世界に慣れて居なかったと言うか、前世の価値観を引きずっていたと言うか……

 コミュ障を発揮しておどおどしてたら、問答無用で置いて行かれた。

 気づいた時には、馬車も人だかりも無くなっていたのである。

 あれは中々に応えた。


 このシステム、かなり不親切だと思う。

 全く客に寄り添っていない。

 せめて行き先ぐらい分かりやすく提示しておいて欲しい物だ。

 まぁ、バスやら電車やらの前世の公共交通機関とは違うのだし。

 そのレベルのサービスを求める方が間違いなのだけど。

 人間贅沢な物で。

 一度上を知ってしまうと不満を覚えてしまうのだ。


「? あっ、馬車をご利用ですか?」

「はい」

「予約は取られてます?」

「2日前に。……ロルフって名前で入ってると思うんだけど」

「少々お待ちください」


 青年がカバンの中をごそごそと探る。

 手帳を探していたらしい。

 予約と照合でもしているのだろう。

 しかし、この商人は意外としっかり管理してるんだな。

 以前乗った馬車はもっと適当だった気がする。

 明か、記憶を頼りに管理していた。

 そのせいで席が無くなった事が何度あったか……


「確認出来ました。ロルフ様ですね」

「今日はよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「先、乗ってていいかな?」

「もちろんです」


 青年に許可を取り、馬車に乗り込む。

 既に他にも何人か客が座っていた。

 軽く会釈をし適当な席に着く。


 席の座り心地は……、良いとは言えないな。

 まぁ、仕方ないか。

 文明の違い、それ以上に料金のせいだろう。

 安い馬車に乗ってるのだし、そこに文句を言っても仕方がない。

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