破綻はあまり好んでいない、です

私は目の前の現状を理解しようと、神様?に問いを投げた。

この人は自称神だが、容姿から見ても、気配からしても、神といわれたら納得できる。

それくらい綺麗な人だ。


「…世界が終わった、というのはどういうことでしょう?」


神様は吃驚した表情をした。


『うーん、知らない?んだね。まあ、核戦争がおきたんだ』


そう言って、さっきの体勢から私の隣の空白のベンチにトスンと腰かける。

なんだか動きが可愛らしい。


かくせんそう?…とは?

…まあ、なんか、うん、争いがおきたんだろう。


『…少し昔の話だけれど、世界では、核兵器が全て解体されたんだ。「精霊様」の意向によって』


精霊様?なにか、偉い人なのだろうか。

神様が様付けで呼ぶほどだ。きっとすごい人なのだろう。


『けれど、或る国が核兵器を隠し持っていたみたいで。新しい、威力も、なにもわからない、未知の核兵器。「精霊様」は戦争が起こるとそれをいち早く察知し、止めようとした。…でも』


神様は口ごもる。

眼を伏せている。

真紅の眼が、少しだけ揺らいだ。


『…でも、遅かった。核兵器を使ってしまった。それが引き金で、皆々、世界中の国々が隠し持っていた核兵器を使い、世界は終演を告げましたとさ。めでたく、数日前にね』


神様は、微笑んだ。


『だからこんなにボロボロなんだよ。この町も』


壊れかけたベンチがきしむ。

辺りはなにか大きな争いが起こったような惨状だ。


『……もう、世界を救う方法はほとんど残っていない。それに、残っているものも無謀だし…もうすぐこの星乗っ取られるだろうね』


星が乗っ取られるとは?

この星は、世界はもう終わっている。

このボロボロの町も、見渡しても動物の気配がないのも。それを表すには十分足りている情報だ。


「星を乗っ取るって、どう言うことです?宇宙人とかそういうものですか?…人間もいないのに…この世界はもう終わってるんじゃ…?」


私の質問に、神様はパターン化した回答のように説明する


『世界にも対立があってね。宇宙人とかじゃなく、人がいう天使や悪魔が世界の、秩序を好き勝手するために戦っているんだ。この星は、悪魔と、悪魔をしたがえるすごい神様の範囲内だから、天使は手出しできない。でも』


神様はなにかやらかしてしまってみたいな表情をした。まるで、大事な約束の日を忘れてしまって思考が止まってしまったような。

そんな顔だった。


『…ごめん、やっぱり、…君、巻き込んじゃって、ごめんね、さっきの話、全部なしに、してくれ』


焦ったように、神様は立ち上がる。

そして立ち去ろうと、足を前に進めてしまう。私には、見向きもしない。ただ、神様の靴の音が響くだけだ。

風がざわめく。折れて砕けた小枝が転げ、乾いた音がする。


「な、どうして、急に?」


私は焦って神様を追おうとする。

追う理由は?神様は私に全てを話してくれないのに。

私なんか、きっとどうでもいいのだろう。神様だ。神。人智を越えたものだ。

だから、私には関係ない。私は神様と離れ、そこらで野垂れ死ぬのが最適解。

…のはずなのに。



一人が怖い。

さっきまでは、見栄を張っていたのかもしれない。いや、張っていた。

人じゃなくとも、私と話してくれるなら、私を人間として見てくれるなら、それでいい、それだけでいい。

だから、私から逃げないで。

今私が神様を止めなければ、もう二度と会ってくれないような、そんな気がしてやまない。

だから、だから!


「待ってください、なんで!待って」


うまく言葉にならない意思を丸め込み、なんとか叫ぶ。

神様は足を止めてくれない。ただ、単調に足音が響くだけだ。

振り向いてくれもしない。反応を一切も示さない。死体のように、なにも、神様からは感じなかった。辛い、怖い、一人は嫌だ。

なにもない、覚えていない。だから怖い。なにもわからない。八方塞がりなんだ、だから、助けてくれたって…嗚呼、僕を…僕のことを助けてくれたっていいじゃない。神様。


追っていた自分の足は、いつの間にか地面を思いきり蹴っていた。ただ、ひたすらに走る。向かい風が顔にあたって冷たい。羽織が飛んでいきそうで、どうにか片手で押さえる。

背中が、間近に近づいて、後ろから長いローブを両手でつかんだ。

つかんだとたん、身体から力が抜けた。

神様は立ち止まるけれど、こちらをみない。何かを抱え込んでいたような感覚が、身体を抜ける。浄化されたような、そんな感覚だった。

それと共に、頬が濡れた感覚がする。

涙。止まらない。

神様が、私から離れることへの恐怖か。

神様が私を拒絶しなかった安堵か。

…わからない。



わからない、どうすればいいのか。

私には



『…なんで、追いかけてきたの?』




神様は優しい声でそう言う。


表情はわからなかった。


全くの無反応だった神様が、私に話しかけた。よかった。と、安堵する。


それでも涙は止まらない。




『手を離して。…やっぱり、僕は君を巻き込めないよ』




優しい声は変わらず、ただ、ひたすらに私の事を心配するように、そう言う。


私の事を考えて、の発言だろうが、私はそれが拒絶にしか聞こえない。




『…納得しなさそうだから言うけれど。さっきの話についていけば君の命の価値はほぼ無いのと同じになるんだ』




神様は私を心配している。


けれど、そんなのどうでもいい。


一人でいることになんの価値がある?


まともな人間であればあるかもしれない。しかし、私の場合は?


記憶もない。だから、自分が誰かわからない。他の人間はもういない。だから、わたしを求めるものは誰もいない。


そんなものに、価値があるのだろうか。




『僕がなにも考えずにあんなこと言っちゃったからいけないんだけれど。でも、君は、人間なんだよ?死ぬのは怖いでし、辛いだろう…』


「そんなこと、どうでもいいんです!」




思考よりも先に口が言葉をぶつける。


神様は吃驚した顔でこちらに振り返った。


私を見た神様は顔を歪める。


打撃を受けたように、どこかを思いきり潰されたように。苦痛に歪んでいた。




「私は、別に、死ぬとか、どうでもいい。私しか人間がいないなら、私に価値をつける人間なんていない。もう、いいんです。価値がないこと、よりも、死よりも、なによりも、孤独でいるのが怖くてしかたがないんです」




視界が本格的にぼやける。


神様の表情も仕草も、どんな反応をしているのかも、わからない。


それくらい、泣きじゃくっていた。




「だから、私から、逃げないで、もう、仲間ってカミサマがいったんでしょう?」




『あ、あ、そうだけれど…』




「だから、だから!だから、すて、ないで。見捨てないで!ください…ぃ」




神様の手が、私の頭に触れる。


優しい手だった。慈愛に溢れた手だった。




『わかった。…そうだね君が、こんなにも言うのだから、僕は答えるべきだ…ごめんね、本当に』




神様は、私に身体を向けて、私に目線を会わせるためにしゃがんだ。




『僕から、言ったんだよね。世界を救ってくれないか、って。ごめんね、巻き込んじゃ駄目だ、っていう一心で、君を拒絶してしまったね。また間違えちゃった』




哀愁漂う笑みで、私に謝罪をした。


よく考えたら、神様が私に謝っている?それに、現在進行形で頭も撫でられている。


…こんなことをされた人間は他にはいないのでは?


とか、急に変な自我が出てきてた。


なぜか安心したこと、そこからできた心の余裕からだと思う。


涙は、いつの間にか止まっていた。




『……じゃあ、落ち着いたら教えて。一緒に来てほしい場所がある』




私はその間、神様が頭を撫でている時間を堪能した。

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