神の御慈悲


どのくらい時間がたっただろうか。


これが夢であれば、と、どれほど願っただろう。


記憶喪失なんて嘘で、私はまた、楽しい日常に戻り…



…でも、その日常すら覚えていない。


しかし、その考えもなくなることになった。





意識が戻る。

辺りは暖かい色で照らされてた。


あぁ、帰ってきた?

どこに…だろうか?

…記憶がない。だから、帰る場所も、存在する場所も、ない。


頭に、少しだけ柔らかい感触がした。


???


!??


「はッ…!」


思い切り、意識が戻る。

ベンチに座っていたのに、何故柔らかいか感触が?木で作られているものに、柔らかいと感じる要因は?少しだけあたたかいような…温もりも感じる。


恐る恐る目を開く。


『ぁあ、起きた?』

「?????」


思い切り目を開けると、美しく整った顔が私を見下ろしていた。藍紺の長髪に、真紅の瞳、美しい衣装を身にまとった人だった。

これは所謂、膝枕…?というやつだろうか。

『なんだか、頭が固そうだったから』

整った顔のその人は、私の身体を起こした。長い前髪で片眼が隠れているが、それでもよくわかる。とてつもない美人だ。

『ずっと、探していたんだ。きみのこと』


…はて、私はこの人が誰か知らない。

覚えていないだけで、知っている人だったのかもしれない、その人に質問した。


「えっと、あなたは私のこと、知ってるんですか?私が誰だか…わかりますか」

『いえ、全く。初対面だね』


その言葉に困惑する。

…初対面の人に、まずまず膝枕をするものだろうか。

なら、なぜ、私を探していたなんて…言ったのだろうか。


『ごめんね、急に。探しているだなんて、吃驚したよね』


整った顔が苦笑した。

どんな顔をしても、この美しさは変わらないのだろう。儚くて、慈愛に溢れていて、なんだか壊れそうに見えた。次にその人の口から発せられた言葉は、想像を絶するものだった。


『きみを探していた…厳密に言えば、人間を探していたんだ。ここ数日、人間を見ていないから』


当たり前のことをただ素直に伝えた時のように、平坦な声だった。

哀愁漂う微笑みと矛盾した無感情の音が、私を襲う。


『旧い友人も、仕事の部下も、僕の知らない人間も皆、消えてしまった。残ったのは、この荒れ地と、僕のような生き残りだけ。だからね』


皆、死んだ。

生き残ったのは、この美しい人、だけ。

なら、私は、何故生きているのだろう。例外?私は、ただ、生き残ってしまった、だけなのだろうか。


『きみのようにを見つけられてよかった。きみを、人間を、ずっと探していたんだ』


そう言うと、その人は立ち上がる。

そして、こちらを見た。

真紅の瞳が私の焦げた黒い瞳と合う。


『…自己紹介、忘れていたね』


私の方に身体を回転させ、その人は跪く。

そして、私の両手を穏やかな笑顔で握った。

その人の服が地面につき、長い髪が、風になびいた。


『僕はみなづ…いや、えぇと、人がいう、「神」みたいなもの…かな?よろしくね』


そう、無邪気に微笑まれた。


「よ、よろしくって…」


思考よりも先に言葉が溢れる。

この人…神様?の言葉に流されかけた。


『きみに、世界を救ってほしいんだ。これは、人間にしか出来ないこと、だから』


不服そうに神は言い、眼を伏せている。


『どうか、この終わってしまった世界を、もう一度。やり直させてほしい、…救わせてほしい』


神?に、そう頼まれ、自然に首を縦にふる。そこから、私の目的がはじめて出来た。

神に押し付けられ、自然に頷き、責任とスケールの大きすぎるその目的は、いつか必ず、叶えられると、世界が告げたように聞こえた。


そんな気がした。

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