オフコラボ配信
青篝
短編です
もうすぐ夏になる季節。
先日までの涼しげな春の風は
どこへいってしまったのだろう。
額から汗が流れ、
喉がカラカラに渇いている。
なのに、窓さえ締め切った部屋で
2人は身を寄せ合っていた。
マイク、カメラ、パソコン。
それが並ぶ前に座り、
予定の時刻が来るのを待つ。
「そろそろ始めよっか。」
マイクから向かって右、
窓から差す僅かな月灯りの下で
慈母神のような微笑みを浮かべる彼女は、
隣りに座る女の子に声をかけた。
「うん、いいよ。」
少し乱れた髪を撫でながら、
女の子は彼女に答えた。
彼女がマウスを操作して
パソコンの画面を変えると、
2人の間にあるマイクの
スイッチをオンにした。
もう夜も遅いというのに、
画面の向こう側には
たくさんの人がいて、
今か今かと2人の声を待っている。
そして、しばしの時間が過ぎてから
彼女は画面を切り替えた。
「こんぬま〜。」
向こう側にいる人に
見えているワケでもないのに、
彼女は一生懸命に手を振る。
決まった挨拶を返すように、
向こう側の人達は
文字列となって応えてくれる。
ちょっぴり大人な社会人アイドル、
という枕詞を冠する彼女は、
昼も夜も明るく元気で、
見ている視聴者まで元気づけてくれる。
「今日は、レックちゃんが来てくれてま〜す。
レックちゃ〜ん?」
もう一人の女の子は、
恐竜をモチーフにした
ゲーマーオタクVTuberで、
普段の彼女の配信では、
彼女のオタクぶりを
お腹いっぱいに拝むことが出来る。
「はーい、みなさんこんレックー。
今日はほのかお姉ちゃんと一緒に、
こちらのホラーゲームを
やっていこうと思いまーす。」
VTuberとしてネットで活動する彼女らは、
同じイラストレーターを母に持つ
家族のようなもので、
今日はほのかの家に
レックが遊びに来るという、
いわゆるオフコラボをしている。
そして、2人が今回やるのは、
ここ最近で話題になっている
絶叫不可避のホラーゲームだ。
なんでもそのゲームは、
ソロプレイよりも
2人プレイでやる方が人気らしく、
視聴者からの要望もあって
ほのかとレックの2人が
犠牲になることとなった。
「え?音下げろ?
鼓膜の在庫はありますか?
レックちゃんの耳が心配…?
おいお前ら、私を甘く見すぎだろ。」
もはや挨拶の延長とも言える
彼らとのやり取りを終え、
2人は恐怖の入り口を開けた。
このゲームの内容は、
呪われた家に閉じ込められたから
色々な仕掛けを解いて外に出ろ、
というシンプルなものだ。
ただ、ゲームの作画や雰囲気に
凄まじい熱量がかけられており、
2人プレイの場合は、
お互いを見た瞬間に
お互いをオバケの類いだと勘違いして
同時に声をあげてしまうという、
厄介な要素が含まれている。
「ひぃぃっ!なに!?だれ!?」
「ほのかお姉ちゃん!私!それ私!」
ゲーム開始から28秒で、
すでに視聴者の何人かは
鼓膜の交換を余儀なくされていた。
このゲームを開発した人間が
もしもこの配信を見ていたら、
きっと腹を抱えて笑っているだろう。
本格的に攻略を始めるまでに
しっかりと時間を浪費した後で、
2人は懐中電灯を手に入れた。
その後も、飲み物をこぼしたり、
テーブルを叩いたりと
笑いと絶叫の渦に包まれながら、
ビビりではあるが
冷静に考えているレックのおかげで
パズルの仕掛けを解くと、
残すは扉を開けるだけとなった。
「絶対外に何かいるでしょ!」
「そんなの開けてみないと───」
「いやいや、絶対いる!」
「いやいや。」
「いやいやいや!」
ここまで散々喚き散らしたほのかは、
最後の最後まで駄々をこね続け、
予定より1時間もオーバーして
ゲームをクリアすることができた。
結局、扉を開けた後には、
怒り狂った家の主が
家に火をつけて爆発するという、
B級映画でも見ないような
歯切りの悪い終わり方をした。
「ふ、ふぇぇぇ。怖かったよぉ〜…。
……おいお前ら、ちょっとは心配しろよ。
コメント欄ずっと見てたんだからな!」
気分転換と言わんばかりに
視聴者とのやり取りをして、
ほのかは配信を切った。
アラサーだと明言している以上、
発言の内容に違和感を
覚えずにはいられないが、
これが普段の彼女と彼らで、
みんな理解した上でそこにいる。
「全く、うちのリスナーときたら
ろくな事言わないんだからよ〜。」
「まぁまぁいいじゃない。
それくらい仲がいいって証拠じゃん。」
ほのかと視聴者との距離感に
羨望の眼差しを向けながら、
レックは微笑みを浮かべた。
そして、静かに言った。
「またコラボしようね。」と。
オフコラボ配信 青篝 @Aokagari
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