16:怒涛のくのウィッチ

「おら、どうしたぁ!!」

「ぐ、くううう……っ!」


 あ、あ。


「く、そ……っ、パズス……っ!」

「ふん。……じゃあそろそろ死んでもらおうかあっ!!」


 やだ、だめ!


「ご……ふっ」

「……雑魚が」

「お姉ちゃん!!!!」


 最強無敵の魔法少女、紅蓮のマジオールが。

 いつも強くて優しくて、たまにお間抜けで、ボクのことが大好きな。


「あーっはっはっはっは!!!!」


 わたしの大大大好きな、お姉ちゃんが。


「いやああああああああ!!!!」


 わたしを守って、死んじゃった。



――――



――こいつ、マジで朝弱いな。


「おーきーろ、おい、しのぶ! 起きろって!」

「んーにゃ……」

「んーにゃじゃなくて! 起きろっての!」

「あーも、うるしゃいなぁ……」


 やれやれ、やっともぞもぞ動き出した。


「もう30分も起こしてたんだぞ。学校だろ、今日」

「んー……ん、んん!? 師匠、今何時!?」

「チンチラに時間を聞くなよ」

「ちょ、目覚ましは!?」

「とっくにぶっ壊しただろうが……」


 オレの寝床のすぐ横に転がっているベルを横目に、盛大なため息をついてやった。

 〝しのぶ〟は大慌てでパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えている。

 こいつ、〝くのいち〟のクセに、寝起きは悪いわちんちくりんで色気はねえわ、そのくせパワーはゴリラだわやたらすばしっこいわ、師匠オレを師匠とも思わない勢いでタメ口だわ。


――ほんとにあの最強魔法少女、紅蓮のマジオールの妹かよこいつ。


「よしっ! 今日もかわいーじゃん私!」


 そう言ってしのぶは自分のほっぺたをぱん、と両手で叩き、通学バッグを背負うとオレをひょい・・・、とつまみ上げた。


「いこ! 師匠!」

「はいはい……」


 まったく。

 寝起きは悪いくせに、起きると行動がやたらと早い。

 オレはいつもの場所――リュックにカラビナで付けてあるチョークケースに飛び移り、顔だけを外にのぞかせた。


「……って、朝メシはいいのかよ、しのぶ」

「だーいじょうぶ、私にはウィナーさんがある!」


 そう言いながら冷蔵庫を開け、ウィナーinゼリーを2個掴み出した。

 朝はちゃんと食べろよな。


「朝バナーヌも持ってこっかな……」

「いいからほら、遅刻するぞ?」

「やば、いってきまーす!!」



――――



 姉と二人暮らしだった彼女だが、今は一人で生活している。

 両親のことは覚えていないらしい。

 まだ中学生なのに一人暮らしとか親戚は何やってんだって話だが、正直オレとしては今の方が都合がよかった。


――言えるか、くのいちと魔法生物が同居してます、なんて。


 あの日。

 ましお、つまり彼女の姉が悪霊王パズスに殺された日。

 しのぶは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、マジオールのバディであるオレに魔法を教えてほしいと頼んできた。

 悪霊に物理攻撃は効かない。通じるのは魔力攻撃だけ。

 復讐したいと泣き叫ぶ彼女を見ていたら、ノーとは言えなかった。


 それから半年。

 中三になったしのぶは、まだ魔法を使えないでいる。

 魔力そのものは相当高いんだけどなぁ……。


 そんなことを考えてる間に、しのぶのスピードはとんでもないことになっていた。


「おい、待て待て待て、速すぎるって! また陸上部から勧誘ラッシュがくるぞ!」

「あ、やば。つい早駆けを」

「正体隠す気あるのかよ……」

「あるよあるよ、運動部とか入ってる場合じゃないもん! ……早く敵討ちしなきゃいけないんだから」

「しのぶ……」

「今日も学校終わったらよろしくね! 師匠!」

「……わーったよ」


 高い魔力そのものはある。だが、殆ど偶然にしかその力を表に出せていない。

 素質はあるんだ。あるんだが、彼女の中の何かが、魔法の発現を邪魔している。

 それがなんだか判れば……。


「ね、今日なんか人いなくない?」

「そういえば……。珍しいな、この時間ならもっと人が歩いててもおかしくないけどな」

「……ん? 師匠、あれなんだろ?」

「んあ? ……あれは!!」


 しのぶの走る道の先。

 そこに、次元の裂け目が発生していた。


「くるぞ! しのぶ!!」

「え、え!?」


 高さにして5メートルくらいの位置に出来た、ドス黒い紫色の裂け目。

 そこから、赤黒い1メートルほどの小鬼が数匹、ぼとぼとと落ちてくる。


「なんかこっち見てるけど!?」

「……ゴブリンか、いい機会だ。しのぶ、今修行するぞ」

「え、え? マジで!?」

「なんだ、ビビってんのか? ゴブリンなんて、魔界最下層の雑魚だぞ」

「び、ビビってなんかないもん! ちょっとキボチ悪いくらいだもん!」

「ただ、気をつけろよ。雑魚とはいえ魔界の生物だ。物理は効かないぞ」

「わ、わかってるよ!」


 通学バッグごとオレを地面に下ろし、中から魔杖を取り出した。

 杖を自分の前に突き出し、そのまま天を突くように掲げる。


――そして。


「ウィッチェンジ!!」


 杖の先から青白い霧が吹き出し、しのぶの全身にまとわりつく。彼女が完全に見えなくなると、今度は足元から霧が晴れていった。

 現れたのは、忍び装束をベースにした、鮮やかな青色の服に身を包んだしのぶの姿だ。

 さっきまでのおっちょこちょいな雰囲気はすっかりナリを潜め、代わりに目に見えるくらいの闘志が身体中から噴き出している。


「魔法少女、くのウィッチ! ボクはあんたたちを許さない!!」


 よし、変身は上手く出来るようになったな。

 オレはチョークケースから飛び出し、彼女の肩に乗る。


「しのぶ!」

「くのウィッチだってば!」

「そのネーミングセンスは置いといて。さっさと片付けないと遅刻だぞっていうかもう遅いけど!」

「くっそーーーー、ボクの無遅刻記録がーーーー!! ガチで許さんっ!!!!」


 そうしている間に、ゴブリンたちはこちらに向かって走り出していた。

 しのぶは直立したまま、両腕で次々に印を結んでいく。


「臨兵闘者皆陣列在」


 視界がぐっと低くなった。しのぶが膝を沈めている。


「前!」


 最後の印を結んだ瞬間、彼女は大きく飛び上がった。


――くのいちってすげぇな。体術だけでこんなこと出来るんだから。


「いやああああっ!」


 重力を利用して、上からゴブリンたちに向かって蹴りをぶち込む。ゴブリン集団の真ん中に飛び降りたしのぶが、右の拳を前に突き出した。


「師匠! お願い!!」

「よしきた! 雷電魔法、セルスターター!!」


 しのぶが魔力を発動させるには、きっかけが必要だ。

 そのために俺が開発した魔法が雷電属性のセルスターターだった。

 この魔法を彼女の右腕に打ち込むと、それをきっかけに彼女の怒涛属性の魔力が眼を覚ます。


「おおおおっ!」


 右腕から青い魔力が噴き出てくる。


「いっくぞーーーーっ!!!!」


 いい気合いだ。

 とことん付き合うぜ、しのぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る