14:女嫌いの宰相さまから無茶難題を要求されました ~新人文官ですが、一ヶ月後にはクビ!?~
新人文官の配属先決定日。
研修期間を終えた新人文官たちは、人事官から配属先が書かれた通知書を渡されるのだが。
「あの、これは」
地味な文官服を着て、栗色の髪を後頭部でシニヨンでまとめた少女、マリアンはおもわず、人事官に聞いてしまった。
彼女に渡された通知書を覗き込んだ同期たちも、目を丸くしているから、彼女の驚きも無理はない。
「その紙の通りだ」
納得のできない彼女は、まだ信じられない表情をしていた。
「宰相、というのは、スコルスア侯爵のことで――」
「それ以外にだれがいる」
この帝国に宰相は一人しかいない。
とはいえ、信じられずに尋ねてしまったマリアンだが、お前は馬鹿かという表情で返答されてしまった。
「ですよね。え、でも、私、入省して一ヶ月も経ってませんよ!?」
「知ってる」
通常、宰相補佐官になるには、三年以上の実務を経る必要がある。マリアンはまだ大学を卒業してから、一ヶ月も経っていない。
それにベネディクト・スコルスア侯爵といえば、社交界では女嫌いで有名だ。
その意味合いでも、なぜ自分が選ばれたのか不思議でしかない。
これ以上、マリアンから質問を聞きたくなかったのか、人事官に早く配属先に向かいなさいと追い払われてしまった。
宰相補佐官に任じられてしまったマリアンは、文官見習い部屋に置いてあった荷物を持って、宰相執務室へ向かった。
「失礼します」
宰相はものすごく神経質な人だと有名だったので、控えめにノックすると、中から低い声でだれだと尋ねられた。
「あ、あの、私、今日付けで宰相付き補佐官に任じられましたマリアン・アンドリニア、と申します」
扉を開けて緊張しながら名乗ると、お前だったのか、と中にいた男が、書類から目を離してそう言ってきた。
短く切りそろえた黒髪を後ろに撫でつけ、アイスブルーの瞳で視線を向けられたマリアンは、背中に冷や汗が伝うのがわかった。
一応、貴族令嬢であるマリアンは彼のことを知ってはいる。けれど、向こうが自分のことを知っているとは思えない。なのに、なぜ、『お前だったのか』と言われるのか、わからなかった。
きょとんとしたマリアンに、いや、なんでもない、とベネディクトは首を横に振る。
マリアンが挨拶しているというのに、仕事を止める気配はない。
「なんにせよ、使えないやつはすぐに解雇するから、覚悟しておけ」
彼は親のコネを使ったことはないそうで、だれかが袖の下を渡そうとするならば、即座に解雇するなど、清廉潔白な人物で有名だ。そして、真面目が服を着て歩いているようだと言われるほど、仕事にストイックなのも、併せて知られている。
そのため、彼の補佐官は彼について行くことができず、毎月のように変わっているらしい。
来ていきなり言われることかと思ってしまうが、彼の中ではお約束なのかもしれないと思ったマリアンは、頑張ります、と緊張感をもって答えた。
「そのための
言われたことにマリアンは頭の中で逆算するが、どう考えても新人が行える日程ではない。
しかし、ベネディクトは一切妥協するつもりがないらしく、書類にサインしながらマリアンを追い込んだ。
「これは歴代の補佐官が全員通っている道だから、配属されたからには新人だからといって特別扱いするつもりはない」
補佐官に配属された七日後。
与えられる仕事や覚えなければならない作業も多く、ベネディクトの課題はいつも、仕事が終わって日が暮れてから行っていたマリアンは今日もまた、仕事終わりに図書館で分厚い法典と闘っていた。
国内どころか、大陸随一の所蔵数を誇る帝立図書館の定位置に座る彼女の前にティーカップが置かれ、空いていた彼女の隣にそっと座った人物がいた。
「はい、差し入れ。毎日言ってるけど、やっぱり大変そうだね」
陽だまりのような明るい金髪に、新緑を思わせる碧眼の少年であり、彼女と同じ十七歳で、帝立大学院の同期のアルノルト・デューイだ。
「もう辞める?」
「ううん。せっかく掴んだチャンスだもの。挑戦してみる価値はある」
アルノルトからもらった紅茶を一気に飲んで、両頬を軽くたたくマリアン。
冷めた目つきで、それができなかったら、クビなんだよ?と言われるが、マリアンはそうだね、とまっすぐ前を見ながら言う。
「まあ、でも、そうなったときはそのときにまた、考えるよ」
「さすがは帝立大学首席卒業生様」
大学時代から変わらず前向きなマリアンに、ため息をつくアルノルト。
学友の言葉に茶化さないでよと彼女はむくれるが、いつでも真面目だけど?と返されてしまった。
「もう一度頑張るわ」
「そっか。なにか手伝えることある?」
紅茶カップについた口紅をハンカチでぬぐい取り、持ってくるのに使われたトレーに置くマリアン。
彼女の漲る視線に、ちょっとだけ仄暗い感情を抱いたアルノルトだが、マリアンは気づいていなかった。
「でも︎、仕事が忙しいんじゃないの?」
「僕はただの司書だからね。それにデキる司書正サマが仕事を回してくれないおかげで、一日中、書庫にこもって本を読んでるよ」
アルノルトは大学の同期の中で唯一、出世コースとは言えない帝立図書館の勤務が第一志望で、マリアンたちが通った見習い期間も通っていない。だから、すでに一通りの作業は覚えてしまったようで、時間はたっぷり余っているという。
そんな彼が手伝ってくれるという申し出をしてくれたが、マリアンはゆっくりと首を振った。
「どうにもならなくなったらお願い。今は一人でやってみるから」
握りしめられたマリアンの右手が震えていることにアルノルトも気づいてはいたが、それを指摘することはできなかった。
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