12:江戸っ子異端児の俺、舶来落語天女にブッ刺されました(はぁと)

 誰かが言ったとおり、夏風邪は長引いた。

 異説では「夏風邪は馬鹿が引く」なんてのもあるが、俺自身バカの自覚はあるので文句は言えない。

 おかげであと半月で夏休みだってのに、一週間も高校を休んじまったわけだ。

 あ、どうも。

 矢原木やわらぎ弥太郎やたろうといいます。

 趣味は読書ラノベ、特技は寝ること。

 楽教らっきょう高校一年生、東京生まれの元江戸っ子です。


 ……さて。

 一週間ぶりに登校すると、教室の中の空気が違った。

 なんというか落ち着きがないというか、色めき立っている気がする。

 特に、一部の男子たちが妙にザワザワしてやがる。

 何が違うのかなーなどと間違い探しよろしく考えながら、教室の最後列の自分の席に座って、わかった。

 なるほどね、俺の隣の席に外国人の女子がいるんだな。

 さ、一時限目は現代国語……じゃねぇんだよ!


 なんで?

 なんで外国の人が隣にいるの。

 しかもめちゃくちゃ美少女だよ。

 誰か、教えて!


 と、心で叫んでも、このクラスで孤立している俺には、教えてくれる親切な御人ごじんはいない。

 ならば、聞くしかない。

 誰にって?

 そりゃ本人だろ。それがいちばん早い。


「は、はう、あー、ゆー?」


 思い切って、お隣の外国人美少女に話しかけてみた。

 ……結果、無視されました。ぐすん。

 いや待て。

 隣の美少女が、英語圏の国から来たとは限らない。

 もしかしたらフランス語の国から……あ、フランス語わかんねぇ。

 それどころか標準語もあんまりわからねえ。

 それもこれも、あの家庭環境のせいだ。

 そもそも家庭ってのは……まあ、いいわ。


 隣の席の異邦人エイリアンの件は、とりあえず棚上げ。

 俺は、知り合いに頼まれた仕事を片付けることにする。

 イヤフォンを両耳に入れて、スマホの音声をスタート。

 デンツクと鳴る出囃子のあとに、動画の中で正座した着物姿が話し出す。

 ふむふむ、なかなかさまになってる。

 キャラの上下かみしもも上手く使い分けてる。

 けど、ちょっとかたいな。

 古典落語といえど、伝統芸能じゃないんだから。

 もっと軽くテンポよく、フランクにやらないと。

 ということで、お仕事終了。

 いやー、短い動画の感想を送るだけのバイトって、ホント楽だわ。


「いまの、らくご?」


 おやおや、さっき俺を無視してくれた外国産美少女が、今度は俺に話しかけてきましたよ。

 多少はムカつきもしたが、これでも俺はジェントルマン。


「ああ」


 気さくに返してやりました……って、ちょっと待て。日本語わかるのかよ。

 日本語を操る外国産美少女は、じっと俺を見ている。

 なんだよ、あやしくないぞ。

 ただの、ちょっと落語に詳しい、落語嫌いの高校生男子だぞ。


「……エンモク、は?」


 エンモク?

 ああ、落語の演目ね。

 しかし、教えたところで、外国のお嬢さんにわかるかねぇ。

 まあいいわ、俺はジェントルマンだし。


「猫の皿っていうやつ」

「ネコのさら!」


 途端に目をキラキラさせる外国人美少女に、俺はちょっとばかし気圧される。


「な、なんだよ」

「知ってる。ソラ、知ってる!」


 は?

 何処の国で、何語で聴いたんだよ。

 国によってはニュアンス変わるぞ。


「動画サイト。あと、ママは日本語の先生」


 さいですか……って、ちょっと待て。

 クラスの連中が、こっちを見てやがる。

 普段喋らない俺の会話が、そんなに珍しいかね。

 しかし、どうも違うようだ。

 クラスの視線の大半は、外国産美少女に向いていた。

 この女子、なにか訳アリか。

 ま、面倒事には巻き込まれたくないな。

 というわけで、ここは狸寝入り、っと。


「ねえ、なんで急に寝ちゃうの」


 うるせぇ。

 こちとら急に眠いんだよ。

 おととい来やがれ、べらんめぇ。


 次の日。

 朝から隣の外国産美少……長ったらしいな、異邦人でいいや。

 その異邦人が、騒がしい。

 英語でいうと、エイリアン。いやフォリナーか?

 違うか。どっちでもいいや。

 どう騒がしいかといえば、まずやかましい。

 休み時間ごとに話しかけてきやがって、こっちが狸寝入りしたって効き目なし。

 しまいにゃ耳元でギャーギャー騒ぎやがる。

 しかし、内容には多少の興味を惹かれるものはあった。

 すべて落語の話なのである。


 シンチョウに会いたいだの、はなしの中の皿は今の値段だといくらなのか、だの。

 志ん朝師匠は三代目のことだと思うが、二十一世紀の最初に他界されているんだよ。

 だが、これでこの異邦人が誰の落語動画を観たのか、判明した。


「……猫の皿は、面白かったか」

「うん、すごく!」


 異邦人の女子は、ラムネのビー玉みたいに目をキラキラさせて俺を見る。

 やめろ、ラノベ好きな俺には刺さるから。


「ソラはね、いっぱい落語を観るために、日本に来たの!」


 ほーん。

 落語のために留学、ねえ。

 まったく酔狂なこって。

 どうせ海外の金持ちお嬢様なんだろうけど。

 いいご身分だね、どうも。


「でね、ソラはもっと日本の落語を観たい。落語を知りたいの」

「はいはい、頑張れ」


 しっしっと手で払って、俺は机に突っ伏した。


「ねー、もっと落語の話〜」


 知るかよ。


 放課後。

 まだ異邦人女子は俺につきまとってくる。

 このぶんだと、明日以降も落語落語と続くだろうな。

 手を打っておくか。


「ねー、ヤワラギ。どこ行くの」

「テキトー」

「もっと落語の話しよーよー」


 後ろから能天気に話しかけてくる異邦人女子に、振り向く。


「あ、やっと落語の話をしてくれる気になったのね」

「違う。むしろ、逆」

「え」

「俺さ、落語嫌いなんだよ」


 口を開けたままの異邦人女子をその場に残して、俺は歩き出す。

 背後からは、追ってくる気配はない、な。

 これで明日から元の平和な高校生活に戻──


「なんで! なんでそんなこと言うの!」


 ──突然の叫び声の意味が分からず、思わず立ち止まる。


「日本は、平和な国なんだよね。たくさん笑える、素敵な国なんだよね?」


 たぶん、そうなのだろう。

 景気は良くないらしいけど、鉄砲の玉が飛び交ってるワケじゃないし、よほどじゃないと飢えやしない。

 今のところ戦争もないし、ラノベやアニメは面白い。


「そんな素敵な国に、ソラはやっと来れたんだよ。家も国も、何もかも捨てて、日本に来たんだよ」


 いや知らんがな。

 とは簡単には言えなかった。

 国を、捨ててきた……だと。


「しかし、だからって」

「ヤワラギに責任はないよ。でも、かなしいの。さみしいの」


 異邦人女子は、華奢な拳を握り締める。


「ソラは、もう国へは帰れない。だから、この日本でしあわせになるの!」


 異邦人の少女──ソラが日本へ来た理由。

 少なくとも、俺が考えるよりも重いと思えた。


 だから、聞き返してしまった。


「おまえが日本に来た理由って、いったい何なんだ」


 他人の人生に口を挟むのは、もうやめたつもりだったのに。

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