11:この身長差と恋心は、追い越させないっ

 クラスで風紀委員をやっている、宮坂みやさかくんのことが、好きだ。


 どこが好きかと聞かれたら、授業中に集中している時のきりっとした横顔とか、テストの点が良くて喜んでいる時の顔とか、そんなにひねくれてはないと思っているけれど。


「ふーちゃん、宮坂好きなんでしょ。いいじゃん、行っちゃえば」

「で、でも……」

「ま、わかるけどさ。言いたいことは」


 別に私から告白するのが恥ずかしいとは思わない。男子から告白して付き合いはじめたらしい子も学年でちらほらいる中で、私から言えばきっと話題になる。ヒロインにすらなれるかもしれない。でも悪い意味で目立つかもしれなかった。


「なんでこんなに……ちょう差あるのに、好きになっちゃったかなあ」

「はっきり言いなよ、そこで恥ずかしがっちゃダメだって」

「し……身長差、すごくない?」

「うん、その通り」


 困ったのは、私と宮坂くんとの間に、ものすごい身長差があること。そんな話をすると、宮坂くんがスポーツ万能な高身長イケメンで、私が小動物系なちっこい女子だと思う人が多いのだが、実際は逆だ。小学生の頃から大してスポーツもやっていないのに180cmを超えたこの身長が、ずっと私を思いとどまらせている。


「でも、身長差あってもさ」

「それが告らない理由にはならない、とか言うんでしょ」

「分かってんじゃん」

「私が身長あるだけならいいよ、まだ」


 陰でこそこそ、デカ女だの巨人だの言われているのは知っている。男子ですら、大人になって180cmを超える子はそうそういないのだから、そんなふうにからかわれても仕方ないと思っている。高身長になりたくてなったわけじゃないけれど、背が高くてスタイルのいい女優さんは憧れだったから、そこまでコンプレックスなわけでもない。もっと、私より背の高い男子を好きになれば、それで解決なのかもしれない。でも、私が好きになったのは、男子で学年一背が小さい宮坂くん。宮坂くんはバスケ部で頑張っているし、まだ中二だから将来有望なのに間違いはないけれど、現時点ですごく小さいことに変わりはない。


「いいじゃん、デコボココンビ。一躍有名になれるよ」

「それで有名になっても……」

「いやいや、有名になるのは大事でしょ。宮坂はいいやつなんだし、他の子に取られないように『私の彼氏なんだ』ってアピールしといた方がさ」

「そう? そんなもんなの?」

「そんなもんでしょ」


 恋愛的な意味で誰かを好きになったことがないから、どうすればいいのか分からない。どうでもいい相談にも乗ってくれる友達のことが好きなのとは違う気持ちだから、これが付き合いたいって意味の好きなんだということは分かる。でも、マンガで見るように、どこかに宮坂くんを呼び出して告白して、それで上手くいく自分の姿が想像できなかった。きっとそれは、これだけの身長差があるせい。


「……断られたり、しないかな」

「3組の園崎そのざきいるでしょ? あいつ、三那みなに5回告ったらしいよ」

「えっ」

「三那、別に園崎のこと好きじゃなくて、5回とも振ったらしいけど。でも全然諦めてる感じじゃないんだって」

「それって……1学期の間に時間空けて5回、ってこと?」

「ううん、1日で5回」

「そりゃ振るでしょ」


 全然私へのフォローになってないなと思いつつ。でも、本気で相手のことが好きで、本気で付き合いたいんだったら、それくらいの勇気と思い切りが必要なんだろう。仮に宮坂くんに断られたとして、でもやっぱり諦めきれずにもう一回告白する勇気が、私にあるだろうか。


「だから行けるって」

「今の話でどこに行ける要素あった?」

「気合いで押し切るのがいいんじゃない? 結局」

「めんどくさくなってない?」

「だって、ふーちゃんがずっともじもじしてるだけだし」


 周りから見ればじれったいんだろうなということも分かっている。このままじゃ、好きなんだよねと言い続けて中学校を卒業してしまいそう。何とかして、宮坂くんと二人になるタイミングを探さないといけない――そう思っていると、いつの間にか宮坂くんに伝言メモが回っていた。


「今日の放課後、ふーちゃんが話あるらしいって伝えといたから。あとはがんばれ~」

「なっ……えっ……!?」

「体育倉庫の裏ね」

「ま、待って、勝手に話が……」


 やっぱり何でもない、と言いたかったけれど、そんなことをすればただの怪しい人。そんな思わせぶりな伝言なんて、告白以外の何物でもないのだから、今さら取り消したって遅い。相談した時点でこうなる可能性を考えてなきゃいけなかったのかと思いつつ、私は覚悟を決める。放課後、なるべく平静を装いながら他の子たちと一緒に教室を出て、そのまま待ち合わせ場所に直行した。


「……で、なんだよ話って」

「あ、あのさ」


 目の前には、がっつり視線を下に向けないと見えないくらいの背丈の宮坂くん。でも背丈とか関係なしに、まだちょっと高い声とかきりっとした顔とか、やっぱりいっぱい好きなところがあるな、と面と向かって思ってしまった。あとは本当に、私が自分の口から言うかどうかだけ。


「早く言えよ」

「……好き。宮坂くんのこと、好きって言ったら、怒る?」

「…………怒る」

「……っ!」

「おれのこと、ちっこいから好きなんだろ。自分より身長低いやつが良くて、おれがお前のこと、抜かせそうにないから好きって言ってるんだろ」

「そ、そんなわけ……」

「なあ、おれがいつまで経ってもちっこいままだって思うなよ。バスケやってるし、牛乳だって毎日飲んでるし。お前のことなんかすぐ抜かしてやるよ」

「も、もし、宮坂くんが私の身長抜かしたら?」


 いくら男子の身長がこれから伸びるといっても、私と宮坂くんとの間には結構な差がある。本気で抜かそうとしているなら、何を考えているのか気になって、思わず聞いてしまった。


「そん時はお前のこと振ってやる。おれより身長の低い女子と付き合う」

「じゃあ、……私と付き合ってくれる、ってことでいいの?」

「今だけだっ。中学卒業する頃には、お前の身長抜かすんだからな」

「じゃあもし、宮坂くんが私の身長、抜かせなかったら?」

「そ、その時は」


 急に口ごもる宮坂くん。何度か深呼吸してから、勇気を出した感じで言ってきた。


「お前と、けっ……結婚、してやるっ。大丈夫だ、絶対抜かすんだしな」

「……えっ」

「気にすんなよ、いいな。どうせすぐ抜かされんだから……」


 そこまで言われるとは思わなかった。結婚。その二文字に、急にドキドキしてじいっと宮坂くんのことを見つめてしまう。


「な、……なんだよ」

「約束、だからね。私も、頑張る」

「お、お前は頑張らなくていいってのっ」


 逃げるように宮坂くんが走って教室に戻ってゆく。私はしばらく、胸のドキドキを感じて、その場で宮坂くんの言葉を噛みしめていた。今日から頑張って、牛乳を飲もうと心に決めながら。

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