10:ドジっ娘白桃さんは何かを伝えたい
――
腰の辺りまで伸ばされた、緩く巻かれた色素の薄い長髪。
長い睫毛と、ぱっちりとした大きな瞳。
積もりたての雪を想わせる、透き通った白い肌。
小柄な身体も相まって、例えるのならフランス人形のような見た目の少女だ。
ただ、彼女が人形のように物静かな存在かというと、全くそうではない。
――むしろ、正反対だ。
*
お昼休み。
「ひゃっ、ひゃ、ひゃあああああああああ!」
教室の入り口から唐突に聞こえてきた大きな悲鳴に、僕を含めたクラスメイトの視線が一気にその方向へと集中する。
見ればそこには、床にびたーんと突っ伏している白桃の姿。
周りには大量のプリントが散乱しており、今なお宙を舞っていた一枚のプリントが、ひらりと彼女の後頭部へと落ちた。
近くにいたクラスメイトや僕は、やれやれといった様子で白桃に歩み寄り、散らばっているプリントを集め始める。
「もー、ありさ、先生から頼まれても運ぶのやめなって! あんた、こういう作業に一番不向きな人間でしょ」
白桃と仲のいい黒髪ロング女子――雪村
その言葉に、白桃はがばりと起き上がると、「そっ、そんなことはないですっ!」と両手をグーの形にして主張する。転んだときにぶつけたらしく、額がちょっと赤くなっていた。
「ただ、今回はちょっとうまくいかなかっただけですから!」
「毎回プリント散乱させてるじゃん、あんた」
「う、ううう……琴里ちゃん、きびしみです! わたしは、やさしみな琴里ちゃんが好きですよっ!」
「いやあたし、今プリント拾ってあげててだいぶ優しいんだが」
冷めた目で言う雪村に、僕も心の中で(確かに……)と呟いた。
*
散乱したプリントも集め終わり、五時間目が始まる。
科目は数学。先生が「じゃあ、宿題の答え合わせから始めるぞー」と告げる。
「今日は六月十六日だから……出席番号十六番、白桃!」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
隣の席の白桃が、ちょっと噛んだ返事をしながら立ち上がる。
「それじゃあ、問一の答えを教えてくれ」
「はい! 答えは、『藤原道長』ですっ! ……って、あれれっ!? 何故数学のノートに、日本史の問題演習がっ!?」
「俺が聞きたいぞー」
淡々とツッコむ先生に、教室が笑いに包まれる。
白桃はばらばらとすごい勢いでページを捲り始めた。
「いっ、いやでも、わたしは昨日確かに宿題をやったはずです……! どこへ行ってしまったかわからなさみすぎます……はっ、もしや日本史のノートに数学を……!?」
おろおろとする白桃の机へ、僕はさっと一枚の付箋を置いた。
「はっ! 先生、答えが今脳内に降ってきました! えっくすいこーるななです!」
「お、正解だ。白桃の脳内には、いつも答えが降ってきて素晴らしいぞー」
適当に相槌を打つ先生に、白桃はほっとした様子で着席する。
始まった先生の問題解説を、僕がノートに書き始めた頃。
ちょんちょん、と肩を叩かれた。
隣を見れば、白桃が少し申し訳なさそうに、それでいて嬉しそうに微笑んでいる。
「佐野くん、いつもありがたみです……」
小声で言う彼女に、僕はそっと首を横に振る。
「別に気にしないでいいよ」
*
放課後、僕と白桃は二人きりで教室に残っていた。
本当はすぐに帰るはずだったのだが、白桃が「佐野くんに話したいことがあるんです」と言うので、急遽予定が変更された。
そして、話したいことがあると言い出したはずの白桃は、中々話を始めようとしない。
僕の隣の席で、時折「うにゅー」とか変な声を上げながら突っ伏している。
まあ急いでいる訳でもないし、別にいいんだけれど。
それにしても、自分に白桃みたいな友達ができるのは意外だった。僕の性格が暗めなのに対し、白桃の性格はどう考えても明るめだから。
多分、縁があったんだと思う。高校に入学して出席番号が前後で、入った委員会も偶然一緒で、席替えしてからも隣の席で。それと自分のややお節介気質な性格上、毎日ドジをかます白桃をスルーできなかったのもあるのかもしれない。
「あ……あのっ! 佐野くん!」
白桃に名前を呼ばれて、僕の意識は現実に引き戻される。
「どしたの? ようやく話とやらをする気になった?」
「うっ、うん! すううう、はあああ……大丈夫です、琴里ちゃんも応援してくれたし大丈夫です、やれますわたし……」
何やら意気込んでいる白桃。ちょっと目が怖い。
「その……いいですかっ、佐野くん!」
「いいけど」
「えっと、えっとですね……わたし、その、佐野くんにはすっごく感謝してるんですっ」
「そうなの? いつも言ってる通り、別に気にしなくていいのに」
「ううん、気にします。その……わたしですね、中学生のとき、ちょっと孤立してた時期があったんです。わたしがよく失敗しちゃうから、それが嫌がられちゃったというか」
白桃は微笑んでいたけれど、その表情はどこか寂しそうだった。
「だから、高校に入ってからも不安だったんです。わたし、また嫌がられちゃったらどうしようって……そんなとき、佐野くんが言ってくれたんですよ! 『白桃は面白いよね』って。『次にどんなことが起こるかわからないから、一緒にいて飽きない』って」
「ああ、確かに言ったかもしれない。あんまり覚えてないけど」
「もう、覚えてないんですかっ?」
白桃はぷくっと頬を膨らませる。
それから、ふふっと笑った。
「佐野くんにとっては、何気ない一言だったのかもしれませんけど。わたし、あの言葉に救われたんですよ! ……こんなだめな自分が、認めてもらえたような気がして」
淡いオレンジ色の夕陽に照らされながら、白桃はそう言って。
一瞬、見惚れてしまった。
「そっ、そしてっ! ここからが、本題なんですっ!」
「え……今の本題じゃなかったの!? だいぶ本題っぽかったよ!?」
「えっと、まあ、さらに本題みがあるといいますか! その……大丈夫ですよね持ってきてますよねわたし……あったあ!」
白桃は急に自分の鞄を漁り出したかと思うと、一枚の封筒を取り出して僕に手渡す。
そこには、「佐野くんへ」と書かれていた。
「そのお……今のわたしの気持ちを込めた、お手紙を書きましたっ! さあ、よよよ、読んでくださいっ!」
白桃は何故か両手で顔を覆いながら、叫ぶように言う。
僕は「わ、わかった」と頷きながら、ハート型のシールを剥がして中に入っている手紙を取り出した。
そして、そこには――――
――――大量の「き」という文字が書かれていた。
「えっ何これ、呪いの手紙!? 怖い怖いんだけど!」
「えええっ!? そんな、佐野くん、ひどいですよっ! 確かに文がめちゃめちゃかもしれませんけど、わたし、一生懸命思いを込めたんですよっ!」
「思いって……この大量の『き』に?」
僕の言葉に、白桃はフリーズする。
それからばっと、僕から手紙をふんだくった。
その内容を見て……白桃は、さあっと青ざめていく。
「ま、ままままさかわたし、『す』と『き』と『で』を美しく書く練習したときの、『き』の紙を間違って入れちゃったのでは…………」
「白桃? 小声で何ぶつぶつ言ってるの?」
「で、ででで、出直してきますうううううううううう!」
白桃はそう言って、逃げるように教室を出て行く。
ひとり残された僕は、首を傾げた。
「何かの暗号だったのかな……? あ、木? 木曜日になんかある?」
そう呟いてみたものの、正解はわからなかったので、僕も取り敢えず帰ることにした。
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