05:聖女の双子のじゃないほう〜幼なじみを幸せにしたい少年聖騎士のライバルは幼なじみの双子の聖女〜

 屋敷の裏庭へ続く角を曲がったローノの目の前をうす桃色の長い髪が散っていく。

 それが侍女であり幼なじみであるアイナの髪だと気づいて、ローノは声をあげた。


「アイナ、何をしてる!」


 腰まであるはずのアイナの髪が、首の後ろでばっさりと切られていたのだ。

 切り落とされたばかりの髪の束は彼女の手の中。


 もう片方の手に小刀があることから、アイナが自分で切ったのだと知れた。

 振り向いたアイナは「見られちゃった」と明るく笑う。


「ほら、聖女とそっくりなのに浄化の力を持たない女がいたらややこしいでしょ。だから見分けやすいように、ね?」

「だからってこんな……」


 手のなかに残る髪がはらはらと風に散らされていくのを見ていられなくて、ローノは彼女に駆け寄り、その手のひらごと髪の束を握りしめた。


 アイナと双子の姉妹であるラニが聖女であると判明したのは昨日のこと。


 双子の少女、アイナとラニは背格好も顔もよく似ている。

 同じ顔に同じ桃色の髪を長く伸ばし、そろいのお仕着せを身に着けたふたりは澄ましていれば本当にそっくりで、見分けられるのは生まれた時からいっしょに育ったローノだけ。


 だから今も桃色の髪の少女の後ろ姿だけで

アイナだとわかったのだけれど。


「アイナだって女神の加護を持っていると言われただろう!」


 昨日、そろって十五の歳を迎えた三人は慣例どおりに加護を調べて、そして三人そろって女神の加護を持つことが判明したのだ。

 ラニは聖女の力。

 ローノは聖騎士の力。

 そしてアイナは。


「加護って言っても『怪力』じゃあねえ」


 そう、アイナの加護は怪力。

 思い返してみればアイナはどんな荷物も軽々と運んでいた。

 同じ量の荷物を抱えてさっそうと歩いて行くアイナに負けじと、身体を鍛えてきたけれど加護が相手では生半可な努力では太刀打ちできやしないだろう。


「似合わなかったかな」


 ローノが思い出を振り返って黙り込んだのを言葉につまったと取ったのだろう。

 困ったように笑って言ったアイナは、ローノが知らない顔をしていた。


「そんなこと……」


 そんなことない。よく似合っている。

 そう伝えたかった。そう伝えるべきだとわかっていたのに、ローノの口は頭で思うようには動いてくれない。


 だって、気持ちを押し殺した笑顔なんてアイナには似合わない。

 いつも快活なアイナが浮かべた泣きそうに歪められた笑いなんて見たくない。


 そう思う心を裏切って微笑み返すことなど、十五の少年にすぎないローノにはできなかった。

 

 ◆


 アイナが髪を切った。

 その事実を知ったラニはきっと怒り狂うだろう。日ごろからアイナ大好き、と言って憚らないのだから。

 そう思っていたローノの予想を裏切り、お揃いではなくなった双子を見つめたラニは言った。


「浄化の旅に出る」

「は?」

「国中の浄化ができたら余力の生まれた女神に会えるって、神殿のひと言ってたから」


 アイナと同じ赤色の目を据えたラニがその足で向かったのは、屋敷の主人の部屋。

 屋敷の主人にして双子の雇い主であり、養い親でもあるローノの父親を前にラニは言った。


「ぼく、浄化の旅に出ます。ので、お屋敷のお仕事にお休みください」

 

 ◆


 うす暗い森のなか、湿った空気に生臭さが混じる。

 ローノがそれに気づいた瞬間、先頭を歩いていたアイナが叫んだ。


「地面から来るよ!」


 鋭い声と同時、足元がぐわりと揺れ、土を撒き散らしながら飛び出してきたのは鋼鉄の鱗を持つ大型の魔獣。

 土龍だ。

 大きく開かれた口が狙う先には聖女、ラニ。

 守らねば、とローノが最後尾で腰の剣を引き抜いたときには、すでにアイナは宙返りをしていた。


「さっせるもんかあっ!」


 華奢な体が空を舞う。

 細い腕で巨大な戦斧をふり上げ、落下の勢いのままに叩き落とす。

 ズドンッ!

 人の背丈ほどもある巨大な戦斧は硬い鱗を打ち砕き、土龍の頭を地面にめり込ませていた。

 そこへラニが杖を構える。


「女神のもとへ還っちゃえ『浄化』!」


 ラニの声に応えて生まれた神々しい光が土龍の巨体を包み込む。

 光に包まれた土龍の身体はほろほろと崩れて空へと消えた。

 魔を祓われた魔獣は女神のもとへ還り、ただの獣としてやがてまた生まれてくると言われている。あの土龍もまた、そうなるのだろう。


「次の生が良いものでありますように……」


 祈りを込めて土龍の消えた空を見つめるアイナに駆け寄り、ローノは彼女の肩をつかんだ。


「アイナ、頬に怪我をしている!」

「うん? ほんとだ」


 言われたアイナは無造作にこぶしで頬をぬぐう。

 土龍に一撃をお見舞いしたときに、砕けた鱗が当たったのだろう。

 やわらかな頬を流れる赤色が悔しかった。


 俺がもっとはやく動けていたなら……悔いるローノの声を聞きつけたのだろう、ラニが駆け寄ってきてローノを押しのける。

 アイナの正面に立った彼女は、自分とそっくりな顔を前に表情をけわしくさせた。


「すぐに治さなきゃ」

「いーよいーよ、まだ次の村まであるんだからラニは力を温存しといて」


 向けられた杖の先をつまんでひょいとどかし、アイナは戦斧を肩にかつぐ。

 ついでのように地面に転がる土龍の魔核を拾いあげて、旅の仲間に笑ってみせた。


「聖女さまを守るのが、女神さまから怪力を授かったあたしの役目なの」


 その笑顔があまりに朗らかで、ローノは思わずこぶしを握りしめる。

 旅に出てからのこの半年で、アイナは作り笑いがうまくなってしまった。

 

 街中で聖女とそっくりだと言われた時。

 貴族の屋敷に招かれ君は聖女じゃないのかと言われた時。


 聖女ではない片割れとして声をかけられるたびアイナが傷ついているのだと思うと、ローノはたまらなくなる。


「じゃあぼくはアイナを癒すのが役割だ」


 ラニが杖を取り返し、すばやく詠唱してアイナの傷を癒す。


「だったら俺はアイナを守る」


 聖騎士の力を持つローノに周囲が期待しているのは、聖女を守ること。

 そうとわかっているけれど、ローノの心がアイナを向いているのは誰にもどうしようもない。


「なにそれ。それじゃあ聖女パーティじゃなくてアイナパーティになっちゃうじゃん」


 アイナはおかしそうに笑っているけれど、ローノは旅に出ると決めた時からそのつもりだ。


 浄化の旅を終えたら国から褒章がもらえる。

 その褒章で土地と家を手に入れて、アイナに想いを伝えたい。

 それがローノの旅立ちの理由だ。


 男爵家の息子であるとはいえ、三男のローノは何も持っていない。

 やさしい兄たちはアイナをかわいがっているし、ローノが家に残りたいと言えば受け入れてくれるだろうけれど。


 ──それじゃあ嫌だ。


 強くならねば、とローノはこぶしをにぎる。

 アイナを守り、はやく旅を終えられるようにもっともっと強くならねば。


 ──そしてこの想いを伝えるんだ。アイナが好きだと。


 決意するローノをよそに、ラニがうなずいた。


「そうだよ。ぼくとローノはアイナが大好きだもん。まあ、ぼくのほうが大大大好きだけどね」

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