04:狛犬JKは縁をつなぐ

 おばあちゃんが死んだ。

 帰る家がなくなった。


「どうしよう!?」


 十六歳の高校生が家なし無一文ってちょっとどうなのって叫びたい! いやもう叫んじゃう!


「おばあちゃん、私と血が繋がってないならちゃんと遺言状残しといてー!」


 おばあちゃんが倒れて、病院に行って、そのままぽっくり亡くなって。

 ご家族の方をお呼びくださいって言われて、初めて会ったおばあちゃんの娘さん。

 ご家庭を持っていて、私と同じくらいの息子さんもいて。でもおばあちゃんとは結婚の時に喧嘩して以来、疎遠だったそう。


 そこで知った事実。

 私、おばあちゃんとの血の繋がりがなかった……!


 私はおばあちゃんの亡くなった息子夫婦の子だったんだけど、なんとお母さんバツイチだった! 私はお母さんの連れ子! 母方の親戚が誰も私を引き取りたくなかったようで、おばあちゃんが引き取ってくれたのは知ってたけど……血が繋がってなかったのは知らなかった!


 そうなるとね、もうね、人生とんとんころりんすっとんとん。

 遺産相続の分配がいただけず、家を無一文で追い出されるハメに。

 血は繋がってないけど、戸籍上は従姉妹になるお家、めっちゃ容赦なかったー!

 そして今、私は気の向くまま赴くまま、行く当てもなく歩くことになっております。悲しい。


「とりあえず、今日は友達の家に泊まらせてもらえないかな……迷惑だろうなぁ。あ、先生。先生に相談しちゃう?」


 そのまま進路相談だけじゃなくて人生相談にのってもらおう、そうしよう。

 よし、と目的地を決めた私はくらぁい山道をキャリーケースころころ引いて歩きます。


 聞いてくれ、夜空の星よ。おばあちゃんの家、山にあるんだ。ほらよくあるでしょ、町を出てさ、隣町に行こうと車を運転するじゃん。隣町に行くには山の中の道を通らないといけないの。そこにまばらに見える一軒家たち。それがおばあちゃんのお家さ。


「先生の家に行きたいのに、夜だからバスもないぜ。なんてこった」


 自転車だったらパパーっと山越えしてみせたのに。キャリーでなけなしの荷物を持って行きたくて、自転車は置いてきてしまった。


「うぅ、夜の山ってこわいよぉ」


 べそべそすればもっと怖い。言うんじゃなかった。もう後ろとか絶対に振り向けないじゃん。

 それでも頑張って歩いて二十分ほど。

 町か神社か。

 どちらかへ続くための分岐路まで来た。


「ククリさん神社か……お参りしたらおばあちゃんに言葉届くかなぁ」


 ぽっくりと逝ってしまったおばあちゃん。

 その時までずっと笑っていたのに突然倒れて、病院で治療してもらっている最中に息を引き取った。

 お葬式で、棺の中で眠っている顔はとても可愛かったよ。


 おばあちゃん。

 おばあちゃん。

 寂しいよ、おばあちゃん。


 病院でも、葬式でも、泣かなかったのに。

 遺産相続の話し合いの場で、自分の出自について知っても泣かなかったのに。


 暗い闇の中、分岐路を前にしたら、なんだか猛烈に悲しくなっちゃって。


「うわぁあん……っ、おばぁちゃん……!」


 えぅえぅと嗚咽が止まらない。道路の真ん中で馬鹿みたい。でも泣き止みたくない、この涙は私の悲鳴だ。ずっとずと我慢していた、私の悲鳴だから。


 散々泣いて、ひっくひっくと喉が震えるだけになった頃、私は前を向く。

 涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだ。

 だけど私は歩かないと。

 歩いて明日に向かわないと。

 そうじゃないと、私をここまで育ててくれたおばあちゃんに報えないよ。

 だから私は、分岐路を町のほうへ進もうとして。


紫吽しうんのばかー! 主様も知らない! こんな家、出てってやるんだからー!」


 ものすごい剣幕の声が耳に届いた。

 えっ、どこから?

 私は分岐路の真ん中で、きょろきょろと辺りを見渡す。

 それがよくなかった。

 たぶん真っ暗で、私も向こうも、お互いに見えてなかったんだよね。


「へっ?」

「ふぎゃっ!?」


 巫女装束の女の子が、神社のほうからすっごい勢いで走ってきて、坂道になっていたせいで勢いを殺すこともできずに私とぶつかった。

 瞬間、女の子と私の間で青白い火花が散って。


「い゛っ!?」

「きゃんっ」


 バチンッ!

 すごい音と共に、視界が真っ白に染まる。

 さらには後ろにすっ転んだのも相まって、頭をしたたかに打ってしまった。


「ひぐぅ……痛いよぉ……もぉやだ、踏んだり蹴ったりじゃぁん……」

『はわ……やっちゃった……』


 思いっきりぶつけた頭を抑えながら、せっかく止まった涙をまた垂れ流しにしていれば、もう一つの影も起き上がる。

 むくりと動いたのは、小さなあんよが四つ。前足、後ろ足。それからなんかもっこもこした襟巻きみたいな首飾りが大きく動き、犬なのか狐なのかよく分からない中途半端な三角耳がぴこっと動く。


「あれ……? 女の子は?」


 さっきぶつかったと思ったのは、女の子だったと思うんだけど?


『…………』


 犬がいる。たぶん犬がいる。いや、狐にも見える。いや待って、私どこかでこの形の動物見たことある気が……。


「あっ!? ククリさんところの狛犬だ!」

『ちょっと!? 親しき仲にも礼儀あり! 主様に向かって失礼よ!』

「えっ、今喋った!?」


 ぎょっとしていると、ハッとしたように狛犬っぽい生き物の三角耳がぴこっと動く。え、可愛い。


『やばっ、紫吽がくる! まぁいいや、私は家出するんだから、これも怪我の功名よね。それじゃあ、貴女、私の代わりに主様をよろしくねー!』

「へっ!? えっ、ちょっと、待っ――」


 待ってって言おうとしたのに、脱兎のごとく逃げ出した狛犬もどきちゃん。

 慌てて追いかけようと立ち上がる、けど。


橙阿とうあ、観念しろよ。今日という今日はきっちりみっちりとだなぁ……」


 がしり、と後ろから肩を捕まえられる。

 ひぃっ、て思わずか細い悲鳴が上がってしまった。

 おそるおそる振り返る。

 別の意味で悲鳴があがってしまった。


「ひぃやぁっ!? テライケメン!?」

「は? 誰だお前は」


 犬か狐かよく分からない三角耳に、さらりと流れる長い白髮。目もとは細く涼やかで、暗闇の中でも光る金色の瞳がとても綺麗。

 神主さんが着ているような浅葱色の袴を履いている。見ようによってはコスプレみたい。まって、よく見たら袴の後ろからもふもふの……?


「は、初めまして、天野苺花です」

「ふん、別に挨拶など……いやまて、お前まて、ちょっとまて。………………、なんでお前が守護印を持っているんだ!」

「へ? しゅごいん?」

「あの馬鹿め! よりにもよって人間なぞに譲渡しやがって……!」


 待って待って待って、私のほうが待って!

 なんでこの人、こんなに怒ってるの!? 私!? 私が原因!? そもそもそのシュゴインってなに!?


「あ、あの、なんでそんなに怒ってるんですかっ」

「どうもこうもあるか! 人間、その守護印をさっさと返上しろ!」

「だから待って! その守護印って何!?」


 コスプレイケメンが舌打ちした。

 イケメンだけど、もしかして口悪いなこの人!

 だけどちゃんと答えてくれるくらいの優しさは持っているようで。


「我が主、菊理媛命きくりひめのみことの狛犬としての印だ、たわけ!」


 怒鳴るコスプレイケメンに、私はぽかん。

 狛犬って……え、あの狛犬ですか?

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