02:お母さん、ちょっと相談なんだけど

「――君、ドラゴンの騎士みたいで超かっこいいね。友だちになってよ」


 転校生の男の子が私にとんでもないことを言ってきたのは、放課後の教室でのこと。ランドセルに教科書をしまって、一人で家に帰ろうとしている時だった。


「僕は穂村 流河ほむら りゅうが。またの名を焔 竜牙ほむら りゅうが

「えっと……ホムラくんって呼べばいい? その。私は松田エレオノーラ。あの……見ての通り、私は異星人とのハーフだから……一緒にいると、みんなから変なこと言われちゃうよ」

「なんで?」


 ホムラくんはきょとんとしてるけど、見て分からないのだろうか。


 私のお父さんは地球人。お母さんは惑星ルブリコからやってきた爬虫類系有機人類ってやつで、遺伝子調整をして私を生んだらしい。

 だから、私の肌は緑がかっているし、ところどころに鱗がある。体温も低いし、尻尾だって生えてるのだ。普通の人は、気味悪がって近づいてこない。


「男子なんかは私を見て、食べないでとか、毒蛇女だとか、幼稚なこと言ってくるんだよ。ホムラくんも私なんかと話してると巻き込まれ――」

「毒属性持ちドラゴンナイトとか最強じゃん」

「えぇ……」


 小学五年生にしては発言がずいぶんファンタジックだけど、彼はいったい何と戦うつもりなんだろう。

 私が生まれる十年くらい前まで、地球にはあまり異星人が住んでいなかった。だから私のような半異星人に対する偏見はまだまだ根強いらしくて……哺乳類系の半異星人は比較的受け入れられている一方で、私のような爬虫類系や両生類系なんかの半異星人は遠巻きにされがちなんだって。理不尽だとは思うけど。


「エレちゃんはさぁ」

「エレちゃん?」

「エレオノーラだからエレちゃん。でさぁ、エレちゃんが能力に覚醒したら、ドラゴンに変身するんじゃないかなと思ってね。そしたらさぁ、僕が背中に乗って焔の剣で――」


 ホムラくんはとてもワクワクした顔でそんな話を始めるので、私は困惑したまま立ち尽くしていた。ホムラくんの剣はただの竹定規だし、盾はプラスチックの下敷きだし、ランドセルの騎士鎧は胸とお腹しか守ってくれない。


 だけど――なんでだろう。

 私をからかってくる男子を見ている時の「幼稚だなぁ」という感想はまったく浮かんでこなくて、むしろ楽しくなってきちゃった。相変わらず、何と戦うつもりなのかはさっぱり分からないけど。私は気がつけば、ホムラくんのヘンテコなファンタジー世界にすっかり入り込んでしまっていた。


「――ふふ。それじゃあ私は、ドラゴンに覚醒して、炎でも吐けばいいの? 怪獣みたいに」

「エレちゃんは炎は吐けないよ。空は飛べるけど」

「どうして?」

「僕が炎属性だから。能力が被っちゃうじゃん」


 なるほど、全然分かんないけど。


 そうして話をしていると、教室の外から……いつも私に意地の悪いことを言ってくる男子が三人、教室に入ってきて、ニヤニヤしながらホムラくんに話しかけてきた。


「おい、ホムラ。お前、毒蛇女の仲間かよ」

「そうだよ、僕らはパーティを組んだんだ」

「パ……?」

「あと、エレちゃんは残念ながら毒属性持ちじゃないらしいよ。ドラゴンに覚醒しても理性を保っているタイプだから、人間を食べたりもしないんだ。あと回復魔法を使えるようになった代償として炎を吐く能力を失ったから、火力より継戦能力に特化したドラゴンナイトなんだよ」

「そ、そうか」


 そうして、ホムラくんは私の手を取る。


「さぁ、僕らの最初の冒険は、どこに行こうか」


 私の体温が低いからか、もしくはホムラくんが炎属性だからか……彼の手は、なんだかとても温かかった。


  ◆   ◆   ◆


 ベッドに寝転がった私は、枕に顔を埋め、足をジタバタしながらしばらく悶えていた。どうしよう。どうしよう。


――どうしよう。恋しちゃった。


 自覚してしまったら、急に恥ずかしくなってきた。

 だって……だって、すごく楽しかったのだ。ホムラくんはこっちに引っ越してきたばかりで土地勘がないから、手を繋いで色々と案内してあげるのが最初の冒険だったんだけど。なんというか、今まで何とも思っていなかった場所が、ぜんぶホムラくんの世界に塗り替えられていくんだもん。


 各種魔導書を取り揃えている本屋さん。旅の必要物資を買いにくるコンビニ。冒険の相談や打ち上げをするカフェやファミレス。敵に負けて死んだら蘇らせてくれる病院。まだ見ぬ仲間が無実の罪で囚われている警察署。

 手を繋ぎながらホムラくんの話を聞いて歩き、戦闘訓練をするための児童公園のベンチに座って、コンビニで買ったラムネ味のポーションを飲んでいる時に……気づいちゃった。あぁ、私はホムラくんのことを好きになっちゃったんだって。


 だけど。

 ふと鏡を見て、我に返る。


「毒蛇女……でも毒属性はないんだっけ。ふふふ」


 落ち込みそうになるたびに、ホムラくんの言葉が脳裏に蘇ってきて、つい笑っちゃう。重症だなぁ。

 出会って間もない、今日初めて話をしただけの男の子のことを、こんなに考えちゃうなんて。放課後のちょっとした冒険だけで、好きになっちゃうなんて。昨日までは思ってもみなかったのになぁ。


「お母さんは、どうやってお父さんと結婚できたんだろう……だめだ。そんなこと聞けないよ」


 聞いたら絶対に理由を問われる。そして、お母さんの話術によって私の恋が赤裸々に明かされちゃうのだ。そんなの絶対恥ずかしい。無理無理、絶対に無理だ。

 だけど……お母さんは完全な異星人で、それでもお父さんと結婚することができた。今でも二人がラブラブなのは、一体何をどうやったのか。あーすごく気になる。聞きたい。けど聞けない。あー。


 そうしてまた、枕に顔を埋めていると。


 ピコン、と腕輪型情報端末から通知音が鳴る。これまで私にメッセージを送る友だちなんていなかったから――見てみれば、やっぱりホムラくんからのメッセージだった。

 腕輪に触れると、空間に通知画面が投影されるので、恐る恐る指を伸ばしてメッセージアプリを開く。


【焔の騎士:今日は一緒に冒険できて楽しかった!】

【焔の騎士:それで、すっかり忘れてたんだけど】

【焔の騎士:めちゃくちゃ大事な話があって】


 大事な話? もちろん、ホムラくんが色恋沙汰なんてまったく意識してないのはさすがに分かるから、そういう類の「大事な話」じゃないのは分かってるけど。


【焔の騎士:パーティ名を決めてなかったなって】


 ほらね。


【焔の騎士:火焔竜騎士団ゴルゴンゾーラ】

【エレオノーラ:なんでチーズ?】

【焔の騎士:火焔竜騎士団ジェノベーゼ】

【エレオノーラ:なんでパスタ?】

【焔の騎士:今日の晩御飯はパスタ屋さんに来てるんだけど、メニュー見てたら、すごくかっこいい名前がいっぱい並んでるんだよね。アラビアータも捨てがたいなぁ】


 ホムラくんのメッセージに、頬が緩んでしまう。

 あぁ、ダメだ。私はもう、前の私には戻れない。


【エレオノーラ:好き】

【エレオノーラ:なパーティ名にしていいよ】


 そうメッセージを送ってから、ふぅとため息をついた。お母さんに、相談しようかなぁ……でもなぁ。うーん。

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