五分咲き

 翌朝、桜は信じられないほど弱っていた。


 街の片隅の桜なんて誰も気にかけず、話題にも上がらなかったけど、ひっそりと。


 花のないところのほとんどは葉を落としていて、花と枯れた木が入り混じっている。

 

 僕は昨夜の出来事の真相を知るべく、丘の上へ来ていた。


 しかし、わかったのは、その桜が弱りきっていることと、彼女がどこにもいないということだった。


 僕の期待は容易に裏切られ、現実を思い出す。


「――ああ、知ってたよ。なにを得ても、どうせ失う」


 それが僕の人生で得た教訓であり、例外は存在しない。今回の場合においても。


 彼女はもういないという事実は、すんなりと受け入れられた。


 考えてみれば当然だ、僕が彼女と過ごしたのはほんの数日、その日々の大半は彼女と共に過ごしていなかった。実際に彼女と一緒にいたのは数時間程度だろう。


 その程度の関係の彼女との関係を「得た」と判断してしまったあの時の僕が、間違っていたのだろう。


 桜の根本、彼女が身体を刺された場所にはなにも残っていなかった。


 彼女の遺体もないし、血溜まりができているというわけでもない。


 ただ少ないながらも花見をしに来た団体が、花の下にレジャーシートを敷いて弁当を食べているくらい。


 普段と変わらぬ光景ながらも、僕は違和感を感じた。


 確か、桜の根本にレジャーシートを敷くのは――。


「すみません、もう少し桜から離れていただけますか」


 無気力で無感動な僕にしては珍しく、団体に積極的に声をかける。


「どうしてですか? 私たちは花見をしに来ているんですが」


「桜の花のすぐ下には、根が広がっています。そこにレジャーシートを敷くと、桜が弱ってしまうんです」


 言いながら、枯れた木を指差す。


 彼らは、少し顔をしかめながらも、素直に僕のお願いに従った。


 それから数日、毎日丘の桜を眺める。意識すれば、ほとんどの団体客が桜の真下で花見をしていることがわかった。


 僕はそれをいちいち注意した。それが、美しい桜を見るための行動だったかは、わからない。

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