開花

 桜だけ、美しい。


 家族を亡くして一年が過ぎて、桜の季節になって、やることもないしせっかくだし桜を見に行こう、と丘に登る。


 その丘の頂上には、桜が咲いていた。まだ開花したてで、蕾のほうが多い。


 人が多いわけではない。知る人ぞ知る花見スポットといったところだろうか。


 それでも何名かは桜を眺めていて、何名かは弁当を食べていた。


 その木は、去年までよりも弱っていた。その姿を、弱りきってこの世界とつながることを諦めた僕と重ね合わせてしまう。


「桜、好きなの?」


 木の周りを歩き回っていた女性が、突然僕に声をかける。


 見たところ、僕と同い年くらいだろうか。


 変に親しげに声をかけてくるから、もしかしてどこかで会ったことがあったか、と記憶を探ってみる。


「あなたは」


「わたしは、そうだな……桜の妖精?」


 本当とは思えない内容に、僕は耳を疑う。


「ふざけてるんですか?」


「冗談。わたしは、まあ君と似た者だと思ってよ」


 僕は「桜の妖精」みたいな冗談はあまり言わない。


 わかっていないくせに僕のことを見透したような態度に、やっぱり人間ってこういう生物なんだ、と確かめる。


 でも、彼女のそんな態度、気にしても仕方ない。


 僕は彼女をよそに桜へ情熱を注ぐ。まだまだ咲き始めだけど、蕾の中で咲くいくらかの桜が特別美しい。


「待ってよ、わたしの質問に答えて」


 美しい桜を見る時間が削られて、僕の心は少しだけ動く。それも、よくない方向に。


 これ以上構われるのも時間の無駄なので、仕方なく僕は重い口を開く。


「桜は、好きではないです。ただ、この桜は美しい」


 眼前の、仲間の少なさ故に切なげな桜花も、どこか風情を感じさせる。


 だが決して桜が好きというわけでもない。


 桜だから美しいと感じるわけじゃなく、美しいと感じるものが常に桜なだけ。


「やっぱり、わたしと似てるのかもね」


 僕の言葉を聞いてどういうわけか意味深に笑った彼女は、僕から見ての桜ではなかった。

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