11〜20話

第11話 招待

「へー。それで招待されちゃったの! すごい、おとぎ話みたいな展開」


「笑い事じゃないよ……。いやもうマジで嫌なんだけど。王様って! なんかやらかしたら処罰されちゃうんでしょ!?」


 ヴォルクの招待の翌日。ケイは休憩室で、ラスタと小声で悲喜こもごもな会話を交わしていた。


「いや、侯爵様が一緒ならそんな滅多なことにはならないでしょー。ココちゃんも一緒?」


「ううん。ココは小さいし、ヴォルクさんのとこで預かってくれるって。でも私、こっちの常識も礼儀作法も知らないし、何話せばいいかも話していいかも分からないよ……!」


「だから大丈夫だって。どうせ挨拶だけでしょ。……服は? さすがに侯爵様が用意してくれるんでしょ?」


「うん、何着か堅苦しすぎないドレスを用意しといてくれるって言ってたけど……。私、結婚式すらやってないのにいきなりドレスなんて大丈夫かな。顔こんな地味なのに」


「あー……、うん……」


 じっ、とラスタの赤茶の目がケイのぼんやりとした顔を見つめた。まつ毛ビシバシのゴージャス美女は、ケイの言葉を否定も肯定もせずその顔を見て思案する。


「え。まさか髪結いと化粧も付くわよね?」


「…………。いや、言われてない……。えっ、どうしよう。一人で着られる? ていうかメイク道具大したの持ってないけど!?」


「あー……。侯爵様、そういうとこ抜けてそうだものね。いや一人で着れるわけないでしょ」


 呆れたようにラスタに言われ、ケイはうなだれた。着替えはともかく、この地味な顔をどうにかしないと絶対にドレスに負けてしまう。勝てないことは分かっているが、せめてヴォルクに恥だけはかかせないようにしたい。

 持っている数少ないメイク道具を思い浮かべて絶望の表情を浮かべるケイに、ラスタは大きく息を吐いた。


「いいわ、あたしが手伝ってあげる。貸し一つね。そうと決まれば院長に休みもらわないと」






 それから数日後。侯爵邸に馬車で招かれたケイとラスタは、敷地内の別邸に通された。ココは先に寄った本邸の方で預かってもらっている。

 初めて訪れる壮麗な邸宅にきょろきょろするケイと違って、ラスタは落ち着いた様子だ。館のあるじのような振る舞いの彼女をケイはなかば尊敬のまなざしで見上げる。


「なんでそんなに落ち着いてるの?」


「あたしは前にも配膳のお手伝いで来たことあるからね。……あ、ここね。はい、あとはやっとくから時間になったらお迎えお願いします」


 案内役の使用人にラスタが手を振り、支度のために用意された部屋に入る。するとそこには、色とりどりのドレスが数着並べられていた。


「すごーい……」


「……わね。あつらえじゃないにしろ、これ全部一級品よ? さすが侯爵家。持ってるものが違うわ」


 あちらの世界のドレスとはデザインがだいぶ異なり、全体的に古風な印象だ。と言っても、ケイが歴史や美術の教科書や映画で見たことがあるようなデザインでもない。

 どちらかというと東欧寄りの、肌の露出が少ないドレスの数々はファンタジーの世界のもののようでケイは思わず見とれた。そんなケイを横目に、ラスタはてきぱきと準備を整える。


「さ、ものを選ぶのはあとよ。まずは脱ぎなさい! それから決めるから」


「えっ。いきなり!?」


「体型見ないと選びようもないでしょうが。ほら脱いで。経産婦の女同士なんだから恥ずかしいことなんてないでしょ」


「いや普通に恥ずかしいよ!? 分かった、自分で脱ぐから引っ張らないでって!」


「そうそう、さっさとそうすればいいのよ。一応コルセットも着けるからね。脱いだらこっちに来て――」


 上着を無理やりまくられそうになり、ケイは慌てて飛びのいた。下着姿になってラスタの前までいくと、彼女は大きく目を見開く。


「……あんた。なにそれ」


「え?」


「胸! なにそれ!? そんなの聞いてない!」


「は?」


 ラスタが驚愕したように叫ぶ。ケイが自身の胸元を見下ろすと、ラスタはそのふくらみを鋭く指さした。たわわに実った、丸い果実のような胸元を。


「はぁああああ!? そんなの持ってるならさっさと言いなさいよ! ていうか見せなさいよ! いっつもゆったりした服着てるから全然気付かなかった!」


「えっ。いや、見せるもんじゃないでしょ!? 全然良くないよ、こんなの!」


「良くないわけないでしょ!? 何その宝の持ち腐れ! 顔は地味なのに胸だけ豪華とかどんな落差よ!?」


「ひどっ! 本当のことだけどヒドい!」


 ケイの胸は、人より少しばかり大きかった。膨らみが目立つのが嫌でいつもゆったりとした服を着ていたし、こちらの世界に来てからもそうだった。つい背中を丸めて縮こまってしまいそうになるのを、なんとかこらえてこの歳まで生きてきたのだ。

 そんな胸をありがたがるラスタに対し、ケイはぶすっと反論する。


「……いいことなんて全然ないよ。重いし、肩凝るし、走ると痛いし。シャツの前は開いちゃうし、似合う服少ないし! 授乳してるときなんてもっと膨らんでほんと大変だったんだから!」


「なにそれ自慢?」


「自慢じゃない! とにかく、胸が大きくて良かったことなんて一度もない!」


 最後は本気の怒りをブチまけたケイにラスタが気圧される。彼女は目を閉じてため息をつくと、上がったケイの肩を両手で撫でた。


「……大切な自分の体のこと、そんな風に言うもんじゃないわ。少なくとも、いいことは一つあるわよ。……あんた、きっとドレスが似合うわ。あたしが最高の女に仕立ててあげる」




 それから約一時間後、本邸から馬車がやってきてケイとラスタは並んで出迎えた。

 馬車から飛ぶように降りてきたのは本邸にいるはずのココだった。そのあとで、なんとヴォルク本人が直々にケイを迎えに来た。


「うわ~! ママきれい! おひめさまみたい!!」


「……っ」


 予想以上の反応を返してくれたココに対し、ヴォルクはケイを見るなり目を見開いて固まってしまった。


 今のケイは、若草色のドレスを身にまとい、まだアップにはできない長さの髪にパールの髪飾りをつけていた。襟元はレースで覆われ露出は抑えてあるが、腰を締められたおかげで豊かな胸が強調されている。

 そして極めつけは顔だ。元の薄い顔立ちは言い換えれば自由自在なキャンバスとなり、濃い目のメイクが施されている。パーツは地味だが配置は悪くなかったため、ゴージャスではないがミステリアスな美女に仕立てられていた。


 己の仕事に胸を張るラスタと対照的に、ケイはヴォルクの反応に不安になってしまう。


『ねえ、やっぱり化粧濃すぎじゃない? ケバいって絶対……!』


『それぐらいじゃないと負けるから! 大丈夫大丈夫、360度どこから見ても完璧だから!』


 小声で囁き合うも、ヴォルクはいまだ無言のままで。ケイはたまらずこちらから話しかけることにした。


「あの、こんにちはヴォルクさん。ココまで連れてきてくれてありがとうございます。ご迷惑はかけませんでしたか?」


「あ……ああ。いや、大丈夫だ。使用人と楽しく遊んでいたようだ」


「うん! ココ、おいしいおかしもらった! おじちゃんもやさしかったよ!」


 おじちゃんはやめて!と再び叫びそうになったが、ケイはぐっとこらえた。ここでココの機嫌を損ねては面倒だ。

 ケイからの声掛けに我に返ったようなヴォルクがラスタに向き直る。


「ラスタ、手間をかけた。私の気遣いが足りずすまない」


「いえいえ。楽しかったですし、仕事扱いにして下さってこちらこそありがとうございます。どうですか侯爵様。あたし、いい仕事したと思いませんか!?」


「うむ……。そうだな」


 ラスタの圧に押されたようにヴォルクが苦笑する。言わせてしまって申し訳ない…とケイが目を閉じると、ツンとドレスの裾をココが引っ張った。


「いいなぁ。ココもドレスきたい……」


「そっか。ごめんね、ママだけ着ちゃって。今度探してみようか」


「うん! ココね、プリンセスみたいになりたいのー! おじちゃんち、プリンセスのえがたくさんあったね!」


 キラキラした目で無邪気に見上げられ、ヴォルクがしゃがみ込む。ココと目線の高さを合わせると、大きな手でその柔らかな頭を撫でてくれた。


「……ぷりんせすとは?」


「あ。えーっと、お姫様…ですね。元の世界でココがハマってて……たぶんドレス着てる人はみんなプリンセスに見えるんだと思います」


「なるほど。うちにある昔の肖像画をじっと見ていたのはそういうことか」


 ココを見つめるヴォルクの目は相変わらず優しい。その目尻にうっすらと浮かぶ笑い皺にまたしてもときめきそうになり、ケイは腹に力を込めた。……いけない、いけない。


「侯爵様、そろそろ――」


「ああ、出立しよう。ココのことをよろしく頼む。ラスタも気を付けて帰ってくれ」


 御者の声に促され、ヴォルクが立ち上がる。かっちりとしたダークグリーンの上着をまとった彼は、あつらえたような揃いの色味のドレスに身を包んだケイに手を差し伸べた。


「行こう。何も緊張することはない」



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