第21話【第五章】

【第五章】


 その日の夕刻。

 戦闘は、半ば籠城戦の様相を呈していた。弾薬の残量も乏しく、このまま押し切られる恐れもある。加えて残念だが、対空機銃は敵の攻撃で損傷し、使えなくなってしまっている。


「弾倉! ユウ、弾倉を寄越せ!」

「これが最後です! 私の分も、これがなくなったら――」

「どうした? どうした、ユウ!」

「こちら自動小銃の残弾なし! 表へ出て、アミちゃんを援護します!」

「りょ、了解!」


 ユウの言うことは理に適っている。だが、残弾を気にしなくてもいいはずの格闘戦にせよ、アミの剣戟戦にせよ、二人の体力の限界というものがある。

 アミの刀だって、もうまともな斬れ味を保ってはいられないはずだ。


 ふと、違和感を覚える。

 この戦闘が始まってから、俺たちの後方には誰も現れていない。地下階層から攻め上がってくるジャンク共がいないのだ。

 連中にとっては、俺たちを排斥する絶好の機会だというのに、何故だ?

 他のジャンク共も知らない、何らかの作戦があるのだろうか?


「畜生! ユウ、アミ、二人は最寄りの小型コンテナのそばに行って、安全を確保してくれ! 俺もすぐ向かう!」

《了解しました。ユウ軍曹を連れて小型コンテナに向かいます》

「ああ。もし俺が到達できなかったら、ユウかアミ、どちらかが小型コンテナ内部の装備で戦ってくれ。火器弾薬は十分搭載されているはずだ」

《了解!》


 小型兵器の場合、急いで乗り込もうにも、物陰から飛び出した瞬間に敵の集中砲火を喰らっては元も子もあるまい。二人のうちどちらが小型兵器に乗ろうとしても、それを援護する人員が足りない。

 俺もまた、ユウとアミに続かなければ。

 

 問題は二つ。俺自身がいい的になりかねないということと、たった今、背後を敵に取られているということだ。


「……どうして俺たちの隙を突かなかったんだ、ハル?」


 そこには、出入口のロックを易々と解除したジャンクの親玉、ハルが立っていた。

 一人きりだ。真っ当な勝負をお望みだったというわけか。


 俺はさっきまで使っていた対戦車ライフルをそっと床に置き、ホルスターに手を突っ込んだ。


「おお、平に平に! 本日のわたくしは、何も人間様に説教をしに参ったわけではありません。どうか、落ち着いてください」

「ああ、落ち着いてるよ。拳銃を手にするのはそのための手段だ。落ち着かないんでね」

「左様ですか」


 あっさりと俺の主張を認めるハル。


 俺はずっと部下二人の背中から目を離さなかった。二人共、自分より上背のある植物群をかき分けていく。

 二人の無事を祈ると同時に、俺はハルに問い詰めたかった。


「どうして俺たちの背後を取りながら、死傷させなかった?」


 相手がロボット、すなわち非生物である以上、どのくらい俺の意図を汲み取ってくれるか分からない。だが俺たちは俺たちで、安全確保をしておかねばならない。ハルたちの意見は重要だ。


「答えてくれないか、理由を?」

「お答えします。そもそも、あなたを殺傷することは目的ではないからです」

「ああ、そうか。……はあ?」


 俺は立ったままなのに、足を絡めて転びそうになった。


「いくらなんでも、そんな理由で?」 


 冗談だろう? 俺はこいつの同胞を散々破壊したというのに、おれたちを傷つける意図がない、だと?


「何をしに来たんだ、お前は? 時間稼ぎか?」

「滅相もない! この円筒形の建造物の正体が、だんだんと判明しつつあります。本当なら今、あなた方にお伝えしたかったのですが、なにぶん戦闘中でいらっしゃるようなので、後程またご連絡差し上げます」


 とのこと。


「そりゃあ……、まあ、どうも」

「それでは、失礼致します」


 また易々とスライドドアを開錠し、ハルはゆるゆると退室していった。


         ※


 まったく、余計に時間を取られてしまった。再び頭を回転させなければ。

 誰がパイロットになるかは知らないが、まずは最寄りの小型ロボットのところに行き着かなければ。

 

 今ここから携行できる兵器としては――。


「こいつか」


 俺はすっとその銃器を取って、大口径の弾薬を詰め始めた。散弾銃だ。

 ユウとアミの戦闘から見るに、敵は数が多いがそれほど頑強ではない。怯ませることができる、という作用も含めて考えれば、この銃から発せられる散弾は敵にとって大きな脅威となるだろう。


 俺は迅速に弾丸を込め、がしゃりといって初弾を装填。敵が俺のところに集まってくる前に飛び出さなければならない。


 胸に手を当て、呼吸を整える。よし行くぞ、と自分に発破をかけた、その時だった。


《動くな、タカキ准尉!》


 聞き慣れた、それ故に焦りの滲んだ声がした。スティーヴ大佐か?


《これよりUN本機から、高高度爆撃を行う! 君らに送ったコンテナ類のそばに誘導されて落着、爆発する。コンテナは無事、あるいは軽微損傷で下りていくから、中身の確保を頼む!》

「了解、しかしどこのコンテナ近くに落とすんですか? 既にユウとアミは向かってしまって――」

《二人の位置は我々も把握している。そのコンテナの近くだ! このままの速度では、二人が到着するまであと十分。爆弾の想定規模には及ばない。だが、あと七分以内の距離に入ったら爆風が――》


 俺が何をすべきか。そこまで聞いてしまえば、答えを出すのはあまりに簡単だった。

 とっとと二人を追いかけて、これ以上コンテナに近づくなと怒鳴りつけてやればいい。


 今度こそ俺は、建造物の端から飛び降りた。

 クリーチャーやジャンクを見つけても、すぐには攻撃しない。

 気づかれていなければそれでいいし、仮に気づかれれば頭部を散弾銃で破砕する。

 頭部に銃口を押しつけて発砲するのがポイントだ。

 

 そうこうするうちに、俺は自分とは別な人間が戦っている気配を感じた。ユウとアミに違いない。

 声をかける前に、立体地図を展開。現在地点は、高高度爆撃の爆心地からして六、五分ほどの位置にあたる。マズいな。


「おい、おーい!!」


 俺は手でメガホンを作りながら叫ぶ。すると、アミが振り返った。

 かと思いきや、二本の刀のうち右手で握っていた方を思いっきりぶん投げた。


「うわ、わわっ!」

 

 回転することなく真っ直ぐに飛来する殺意。俺はしゃがんで頭を押さえ、慌てて殺意の範囲外に身体を押し込む。


「落ち着けアミ! 俺だ、タカキだ!」

「はッ、承知しております」

「ぬぁあ!? だったら攻撃しないで――」

「申し訳ありませんが、准尉の背後に大型の熊の怪物がおりましたので」

「ああ……」


 そういうことか。振り返るまでもなく俺は納得した。

 この遣り取りが耳に入ったのか、ユウは間近に迫った蜘蛛の群れを蹴散らし、大股でこちらにやって来た。


「やっと来てくれましたね、先輩! まったく、いざって時に遅いんだから!」

「今は黙って聞いてくれ。ここに爆弾が落ちる。コンテナを敵性勢力から守るためだそうだ。中身にダメージは及ばないそうだ」

「つまり、我々はここから一旦離脱すべきだ、と?」


 俺は胸に手を当て、呼吸を整えながら頷いた。


「しんがりは俺が務めるから、すぐにここから離れるんだ。いいな?」

「了解!」


 アミは振り返り、颯爽と駆け出した。しかし、ユウは立ち尽くしたままだ。


「おい何やってんだ、お前もアミと一緒に逃げろ!」

「待ってください! しんがりは先輩が務めるって言ったじゃないですか! あたしがその護衛をします!」


 何を言ってるんだ、こいつは? まあいい、いざという時に上手く立ち回ってくれれば。

 考えている間に、ようやく胸の鼓動が落ち着いてきた。


「分かったよユウ、好きにしてくれ」


 そう言うと、ユウは満面の笑みで、はい! と一言。

 さっきから察知していたのか、彼女が真横に左腕を突き出すと、大型の蟻のようなクリーチャーが破裂するところだった。


         ※


 三人で進んでいくと、やはり敵性勢力の遺体や遺骸が目についた。

 ユウとアミが駆逐したものも、俺が抹消したものも、区別なく転がっている。なんだかこんな光景にも慣れてしまったな。


「タカキ准尉、こちらへ」

「ああ」


 短い返答と共に顔を覗かせると、そこには土を掘り返したような横穴があった。

 きっと、今死体となって転がっている何者かの居住空間だったのだろう。どうでもいいが。


 時間的に考えれば、俺たちは既に、コンテナが降下した地点の半径十二キロの円内からは脱したはずだ。あとは、自分の身を何らかの遮蔽物の後ろに押し込んでやればいい。

 そしてその考えは、実に上手く作用した。


「ん? これは……」


 軽い地震があった。だんだん大きくなってくる。俺は頭部を腕で覆って防御。直後、微かな熱風が頭上を通り過ぎ、ざあざあと木々がざわめく音がした。

 ぎゅっと閉じた瞼の向こうは真っ暗なまま。どうやら爆風は回避できたようだ。

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