第22話


         ※


「ふう……」


 俺は腕でぐいっと額の汗を拭った。今度こそ小型コンテナを開放し、主力の大型コンテナを破砕して、大型兵器を起動させられる。


「ユウ、アミ、二人共無事か?」


 口から泥をぺっぺと吐き出すユウと、大きく頷いて見せるアミ。大丈夫そうだな、これは。

 俺は最初に立って、ゆっくりと土穴から抜け出し、地面に腕をついて頭部をひょこっと出してみた。

 かつて地球に生息していたという、ミーアキャットにでもなった気分。


 先ほどと同じ三人編成を組み、俺たちはコンテナのあった方へと歩き出した。

 最初に踏みしめた地面は、ずばり密林のそれだった。ただでさえ、不吉な色の草木に取り囲まれた状態。

 加えて爆心地に近づくにつれ、熱くなってきた。俺たちが、ではなく地面が。

 太陽は相変わらずさんさんと照りつける。熱中症になりそうだ。


 幸いなことに、俺の心配は杞憂だった。この周辺にいた敵性生物は、焼き殺されたか逃げ出したかといったところ。誰も熱中症やら脱水症状やらを起こさずに済んだ。


 さて、問題はこのコンテナである。どこをどうすれば開封できるのか。

 まだ熱を帯びているコンテナ。どうしたものかと思案していると、唐突にピピッ、という電子音がした。

 どうやら人間を感知して展開するらしい。


 まるで展開図が描かれるかのように、ぱたぱたと倒れてゆく小型コンテナの外壁と天井。危うく俺も脳天から平べったく処理されるところだった。


 肝心の中身、小型兵器とは何なのか? 俺は立体図で表されたそれと、実物とを見合わせてみた。


「先輩、これは?」

「なるほど、小型の多脚砲台か」


 俺は何度か、似たような兵器を見かけたことがある。多脚、といってもあまり機動性能に期待できるわけではない。が、射程と弾数は今まで供与された武器とは比べ物にならない。

 どのくらい凄いのかといえば、ここから大型コンテナまで、いっぺんに道を空けられるくらいだ。

 脚部がついているのは、射角の微調整と機動性能の向上のため。

 こいつが小型であって、大型が別に出てくるというのなら、スモールモデル、通称『S型』とでも呼んでおくか。


 さて、問題はこのS型に誰が搭乗するか、ということだ。

 大佐によれば、S型は三機が投下されたとのことなので、皆に搭乗員となる機会がある。そのうちの最初の一機だが、さて、誰が搭乗員たり得るのか。


 ふと思いついて、俺は言った。


「ユウ、これに乗れ」

「えっ、あ、あたし?」

「これがマニュアルだ。S型はコクピット考えるだけで動かせるから、ぶっちゃけ読まなくても構わんだろうがな」

「了解です!」


 タイミングよくコクピットが展開した。大型のレーザー光線を担いだ右腕の反対側、頭部左側が座席になっている。


「俺とアミが援護する! さっさと乗り込め!」

「はい!」


 俺は散弾銃の残弾を、アミは刀の斬れ味を気にかけつつ、それぞれが限界を迎えたところでS型は射撃を開始した。

 明らかに実弾ではない。役二センチメートルほどの金色の球体が、加速しながら森林の木々に穴を空けていく。


 S型に搭載されているガトリング砲は、ギャラギャラと喧しい音を立てながら凄まじい量の弾丸を吐き出していく。弾丸は飽くまでも特殊エネルギー光弾だが、薬莢は排出される仕組みとなっている。


「いいぞ、ユウ! 俺は自分のS型とアミのS型を回収するから、陽動を頼む!」

《了解です! あたしの後方についてください!》

「了解!」


 それから先、俺たちには多くの魑魅魍魎が襲い掛かってきたが、そのほとんどがユウのS型に返り討ちにされた。

 さらに草木の中を進んでいくと、逆に襲撃を仕掛けようという意欲というか、攻撃性が敵の中から消えていった。


 そいつらもまた、いずれは殲滅しなければならない。だが、今は俺とアミの武装が乏しいし、ユウだけに戦闘を強いるわけにもいかない。まずは横たわった大型コンテナを開放し、新型の大型兵器とやらを回収しなければ。


「ユウ、大型コンテナの落下地点を表示してもらえるか?」

《了解! あたしたちの現在地を中心とした、半径十キロの最新地図です! あたしたちが目標地点に到達するまでは、距離にして約三キロ、時間にして約四十分ほどです》

「了解。アミ、そちらの武装は?」

「はッ、投擲用のナイフが残り五本、短刀が残り二本です」

「了解。いずれにせよ、早急に回収しなければならないな。大型兵器とやらを」


         ※


 それ以降、俺たちは言葉を交わすことなく、淡々と歩を進めた。

 雲の動きからして、次の酸性豪雨が来るまでざっと二、三時間。できれば俺とアミが大型兵器とやらに乗り込み、すぐにその場を脱して地下鉄の駅の跡に戻ることができればいいのだが。


 頭の中で計画の追加・修正を行っているうちに、もうじき見えてくるとユウが知らせた。

 散弾銃の残弾は、ざっと一、二発といったところか。

 顔を上げると、クレーター状の凹凸が地面にできていた。中心にあるものこそ、件の大型コンテナだろう。


「俺が最初に近づいてみるから、アミは俺の背後を警戒してくれ。ユウは土の出っ張りに陣取って、敵が来たら即座に迎撃できるように頼む」

「了解」

《了解!》


 俺はクレーターの凹んだ部分に向け、軽く足を滑らせながらその中心部に到達した。

 泥と植物の葉や蔦に塗れていたが、コンテナ自体に問題はない。俺はパスワードを打ち込み、コンテナがゆっくり展開していくのを眺めていた。


 そして、後方にバッタリと倒れ込んだ。


《先輩! 何やってるんですか、クリーチャーが!》

「分かってる! だからわざと転んだんだろうが!」


 何かが自分を横から狙ってくる。

 それを察していた俺は、わざと無防備な格好でこれを回避。しかしそれ故に、敵の巨大さ、素早さが実感されてしまった。いや、もちろん知っておくべきことなのだが、同時に恐怖心もまた跳ね上がってしまった。


「野郎!」


 俺は怪獣から見てコンテナの反対側に滑り込んだ。そしてようやく気づいた。

 こいつは蛇だ。俺たちが侵攻作戦を遂行中の建造物に巣食っていたやつ。

 金属と生体組織から成るキメラのような化け物だ。


《こんのぉっ!》


 ユウがガトリング砲を思いっきりぶっ放す。流れ弾など一発もなく、蛇の頭部に集中する。流石にこれには参ったのか、蛇は頭を引っ込めた。

 今更だが、大型コンテナのそばに大きな穴が開いていた。


「あいつ、トンネルを掘ってここまでやってきたのか?」

《先輩! タカキ准尉!》

「ユウ、どうした?」

《コンテナに亀裂が入ってます! 蛇が戻ってくるまでに、あたしが乗り込んで操縦できるかどうかを確かめます!》

「なっ!」


 俺は息が詰まる思いがした。いくら脳波で操縦できるとはいえ、なんの訓練もなく戦えるのか。だが、コクピットから脳波を送って操縦するという体験をしたのはユウだけだ。


「分かった。お前の代わりに俺がS型を預かる。いいな?」

《了解です!》

「よし。アミ、ユウの脳は疲弊している可能性がある。操縦が上手くできないかもしれない。ユウが大型兵器を起動させたら、急いでここを離れろ。いいな?」

《了解》


 アミに頷いてみせた直後、再び地鳴りのような振動が俺たちの足を震わせた。

 

「来やがった!」


 俺とアミは急いでクレーターを滑り降り、ユウの駆るS型がコンテナの外壁を裂くのを見守った。あっさりと破り捨てたユウは、さっさとS型から下りて俺の下へ駆けてきた。


「よし、ユウはあの怪獣、あー……そうだ、サイクロプスに搭乗しろ!」

「サ、サイ……?」

「大昔の伝説に出てくる、一つ目の化け物のことだ! ほら、頭部に一つだけ赤いランプが点いてるだろ?」

「あれが目なんですか?」

「……だと思うんだが。連続で済まないが、また戦ってくれるか?」

「もちろん!」


 俺は自分の心臓が、ぞわり、と奇妙な脈の打ち方をするのを感じた。決心して戦いに向かおうとするユウの心意気に感銘を受けたのかもしれない。それと、一抹の不安も。


「ユウ軍曹、命令だ。サイクロプスの全兵装を使用して、あの蛇型の怪獣を駆逐せよ」


 ユウは口を真一文字に結んで、ザッと右手を上げた。正直、こんな見事な敬礼は見たことがない。

 俺も返礼したが、それはユウの覚悟に報いるものだったろうか?


 実際のところはさっぱり分からない。だが、俺の頭蓋の中のどこかで、何か大切なものがちらつくような錯覚に見舞われはした。


「タカキ准尉、お早く」

「すまない、アミ。俺たちは周辺の警戒と援護に回ろう。S型は座席が一つしかないんだが……」

「構いません。わたくしは外で戦います。まだ少しばかりの武器がありますので」

「分かった。くれぐれも無茶はするなよ」

「了解」


 コンテナが割れてサイクロプスが立ち上がったのは、その直後のことだった。

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