第20話


         ※


 それから俺たちは、というか少なくとも俺は、平和な三日間を過ごした。

 毎朝、毎晩の警備任務にあたる以外は、特に銃器に触れる必要はない。ただし、念のため寝る前のメンテナンスは欠かさなかった。


 ユウはとっくに気を取り戻し、鼻歌を歌いながら家事一般を執り行ってくれている。


「あーーーっ! タカキ先輩、ズボンはちゃんと表裏を合わせてから出してください! 洗濯機に放り込むのに手間がかかるんです!」

「放り込む、って、お前なあ……。衣類は丁寧に扱えよ。そもそも備品少ないんだから」

「それはあたしの台詞です!」


 やれやれ。妙なところで頑固な後輩……じゃなくて部下である。


「ユウ軍曹、私の衣類も洗っていただけますか?」

「あ、大丈夫だよ、アミちゃん!」


 俺以外の人間の衣類だったらケチをつけないのか。まったく、都合のいいヤツである。

 俺はわざと大きな溜息をつき、くるりと振り返った。そして、そのままぶっ倒れた。


「ご無事ですか、タカキ准尉!」


 無事なわけがない。何せ、アミは素っ裸でボディスーツを差し出していたのだから。

 

「ぐは……」

「タカキ准尉、血が!」

「い、いや、気にしないでくれ、大丈夫だ……」

「んん? 先輩、どうかして――って、うわっ!」

「ユウ軍曹、私がすぐに准尉の外傷の処置を!」

「いや、大丈夫だよ、アミちゃん。先輩の出血、ほとんど鼻血だから」

「い、いやしかし……」

「天罰だよ、天罰! どうせ准尉は、アミちゃんが裸で出てきたから欲情しちゃったんだよ!」

「んなわけ……あるか……」


 どうしていっつもこうなるかなあ! 自らの運命を呪いつつ、俺は意識を手放した。


「って、気絶してる場合じゃない!」

「うわっ! 先輩が生き返った!?」

「他人をゾンビか何かを見る目で観察するな! 明日の午前中には大型戦略兵器が届くんだ! 同時に地表や地下施設を破壊するのに、どうしても必要な戦力なんだぞ? 洗濯が終わったら、三人で受け入れ態勢に入る!」

「了解しました、タカキ准尉!」

「うむ、アミ軍曹! それまで刀でも研いで待って――」


 と言いかけて、俺はアミの方を向いてしまった。そして今度こそ、色気にやられてぶっ倒れた。


         ※


 いろいろあったが、大型兵器がまともに機能できるようにするのはさして難しい工程ではなかった。

 強いて言えば、大型兵器を搭載したコンテナが降りてくる様子を見守り、火事や地割れが起こらないかどうかを確かめていればいい。


《こちらコッド。准尉殿、そちらからは北西方向がよく見えるはずです。異変があったらすぐにお知らせくだせえ》

「了解です」


 今俺たちがいるのは、現在攻略中の建造物の地上部。そこにある管制塔だ。

 管制塔といっても、誰かがどこかに指示を出すわけではない。単純に、高いところからコンテナが降ろされてくるのを観測する。目的はそれだけだ。


 ちなみに、これは第一管制塔と呼ばれているらしい。第二管制塔、というか第二管制室は、地下の通路上にもあるらしい。


 コッドが降着までのカウントダウンをしてくれている。残り三十秒、といったところで、ようやく俺の視界にコンテナが入ってきた。

 汚らしい灰色の雲海が上から真っ二つにされ、太陽光が差し込んでくる。逆噴射による青白い光と、柔らかい藍色の空。そうか、今は地球時刻で明朝だったな。


 降下してくるコンテナは、見ているこちらがまどろっこしくなるほどゆっくりと地表に近づいてくる。

 コンテナは綺麗な立方体だった。一辺の長さは十四、五メートルで、その内部に大型兵器が搭載されている。


「あの中に味方のロボットが?」

「そうだ、ユウ。これで上手く機動できれば、この戦争は間もなく終わる。俺たちが突破口になるってわけだ」

「先輩、それってあたしたちが先陣を切って未知の任務にあたるってことですか?」

「そういうことになるな」

「かーーーっ! 先輩、どうしてそんなに余裕アリアリなんですか? 言い方悪いですけど、あたしたちは毒味役です。これで死んだら犬死ですよ!」


 おおう、珍しくユウが絡んできたな。だが、反論は容易だ。


「こんなところに来ている時点で、俺もお前も、魂の半分はグリーンバック計画に捧げてきたも同然だ。今更泣き言はやめろ」

「う~~~……」


 口を閉ざしたユウの代わりに、アミが歩み寄ってきた。もちろん予備のボディスーツを着用している。


「タカキ准尉、少しよろしいですか」

「どうした、アミ?」

「ああ、今は作戦中ですね。失礼しました」

「緊急か?」

「いえ、そうではありません。よろしければ、また後程」

「了解。皆、無理はするなよ」


 敬礼するアミ。いつの間にかシリアスモードに入っていたユウもまた、それに倣って敬礼を欠かさない。


「よし。まずはあのコンテナに注目してくれ。あの中に、今回降下される大型兵器が収納されている。着陸と同時に、スティーヴ大佐からマニュアルが届くから、それに従って行動しよう。そして――」


 俺は二人に背を向けながら、再び空を指さした。が、示したのはコンテナではない。それより速く落下してくる物体、コンテナ数個だ。


「あの小型のコンテナには、大型兵器の護衛を行う別な兵器が搭載されている。これもマニュアルは必要だから、俺たちは立体映像を展開しながらこの貯蔵庫を出て、できるだけ早急に中型コンテナの兵器の下へ行かなくちゃならない」

「タカキ准尉、つまりこれ以上我々に危害が及ぶ恐れはない、と?」

「その通りだ、アミ」


 そう言いながら、俺はその場にしゃがみ込んだ。コツコツと床を叩いてみる。


「問題は、ここに潜伏しているクリーチャーとジャンクをどうやって倒すか、ということだな。大型兵器の性能の高さが立証されれば、あとは護衛機は不要になるだろうし、それに搭乗してこの建造物内の敵を殲滅するのはそう難しくないだろう」

「了解しました」


 緊張感を保ったまま敬礼するアミ。

 そう気を張ることもないだろうにな。少なくとも俺たちの生存率は上がったのだから。

 ――などと考えていた俺は、直後に自分の愚考を後悔することになる。


         ※


「せ、先輩、あれ!」


 俺は慌てて振り返り、外部カメラで捉えられた外の様子を目にした。その目に飛び込んできたのは、爆発炎上する大型コンテナ。

 事故か? いや、違う。あの爆炎と黒煙の上がり方は……!


 俺は床に置くタイプの映写機を担ぎ上げ、斜め下方向の映像が映るように調整した。

 そこに映されていたのは、地上から白煙を纏って放たれる地対空誘導弾だった。

 一発二発の規模ではない。俺が愕然としてへたり込む間に、さらに十二、三基のミサイルがコンテナを迎撃し、ダメージを与えていた。


「ああっ、コンテナが!」


 ユウに肩を揺すられ、俺はなんとか立ち上がった。


「タカキ准尉、あれを」


 敵の地対空誘導弾は、逆噴射用の推進器を破壊しようとしている。


「アミ、この動きは……!」

「准尉のご想像の通りかと」


 アミの言わんとすることは分かる。ジャンク共がコンテナを、そして中身を破壊しようとしているのだ。

 情報が漏れている。それだけのことを認識するのに、かなりの時間を要してしまった。

 

 俺たちと交流があって、最も接触時間が短かったのは、誰あろうコッドリー・レブンだ。

 彼が俺たちを売った? いや、だったら先に、彼が俺たちを抹殺する機会はいくらでもあった。では、やつの狙いは何だ?


 いや、だから戦場で不要な考えに囚われるんじゃない。俺は自らを叱咤した。

 情報漏洩の件はまた後日だ。それよりも、俺たちの今するべきことを考えなければ。


 そんな俺の背を押すように、コンテナの接地する轟音が響いた。コンテナはぐるん、ぐるんと短い丘を転がり落ち、やがて停止した。

 ジャンク共はコンテナを開放するのに苦戦している様子。


 となれば。

 

「ユウ、通常のものでいい、対空機銃でジャンク共を破壊しろ!」

「えっ? それじゃあコンテナの中身が!」

「ジャンク共の手に俺たちの技術が落ちたらどうなる!? 敵に乗っ取られないようにするには、多少の損傷はやむを得ない! やってくれ!」

「りょ、了解!」


 ちなみに対空機銃というのは、この建造物の入り口付近に配備されていたものだ。建造物の中身ばかり気にしていた俺たちは、特に認知してはいなかった。


「撃てるか、ユウ?」

「大丈夫です!」


 ユウの言葉に対応するかのように、対空機銃の砲身が赤い光を帯びた。斜め上方を向いていた砲身が縦方向にぐるり、と回転し、水平方向、すなわちコンテナに群がるジャンクたちに狙いが定められる。


「対空機銃、射撃準備完了です!」

「よし! 射撃開始のタイミングはユウに任せる! アミ、もしユウに接近する敵がいたら、俺たちで食い止めるぞ!」

「了解!」


 こうして、この日使用された火器弾薬は、今までの最大量を更新した。

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