第19話


         ※


 ロボットの間から脱出した俺たちは、ようやっと貯蔵庫近くにまで戻ってきた。

 

「二人共無事か? ユウ? アミ?」

「はッ、アミ・カヤマ軍曹、無傷であります」

「了解。ユウはというと――」


 ああ、俺が担いでいたのだった。そんなことすら忘れてしまうとは。

 ユウのことすら意識の外にあっただなんて、忘れっぽいとかいうレベルじゃないぞ。

 俺は酷く冷静さを失っていたんだろうな。

 それでここまで駆け上ってきたのだから、よくもまあ躓くことなく足を動かせたものである。俺は気を失ったままのユウを、ゆっくりとその場に横たえた。

 すーぴーすーぴーと寝息が聞こえてくる。目立った外傷もない。


 いずれにせよ、この建築物の内部に多くのロボットたちが存在することは確定的となった。そして我々に敵対的な態度を取っている以上、その全てをジャンクと見做さざるを得ない。

 たとえハルの考えが、故障ではなく理論的に極めて優れているものだったとしても。


「タカキ准尉、ユウ軍曹は無事ですか?」

「ああ、辛うじてだけどな!」

「急ぎましょう、ジャンクに我々の居場所がバレるかもしれません!」

「おう!」


 俺は立ち止まったアミに後方援護を任せ、先だって通路を上り始めた。

 上り慣れたはずの坂道。しかしながら、俺は何故か息を切らしていた。ユウの体重がそんなに重いとは考えづらいし、突然俺の身体が悲鳴を上げたとも思えない。これでも人一倍、訓練はしてきたつもりなのだから。


 俺を先に行かせたアミの狙いは分かっていた。閃光手榴弾を投擲し、ジャンク共に俺たちの居場所を特定しづらくするためだ。

 精密かつ大胆な投擲になるが、確かにこの三人の中ではアミが最も適していると言える。


 俺はしゃがみ込み、ユウの額を抱きしめて顔を逸らした。数秒後、バン、という短い音と共に閃光手榴弾が爆発する。

 ヘルメットの防眩フィルターを頼り、俺はじっとして閃光が収まるのを待った。

 それからさらに数秒後、アミに促されるようにして、俺は貯蔵庫に足を踏み入れた。


         ※


 貯蔵庫は相変わらずひんやりとして、自然物の欠片もなかった。それ以前に、俺が地球の、本当の自然に触れたことがあるかと聞かれれば返答に困ってしまうけれど。

 

 改めて俺はユウを回収したが、流石に流血している時間が長かったのだろう、顔の半分が真っ赤になっていた。


「アミ、君は外傷治療のエキスパートだったな?」

「はッ」

「ユウを診てやってくれないか? ただ寝ているだけかもしれないんだが、額からの出血が酷いんだ」

「了解しました」


 それだけ言って、アミは医療キットを取りに行った。が、なにやら時間がかかっている。話し声も聞こえるな。

 アミが戻ってきた時には、ある客人を連れていた。コッドだ。


「いやあ、お久しぶりですな、准尉殿! ユウ嬢ちゃん! 元気そうで何より!」

「い、いや、ユウは寝てるから元気もなにもないですけど……」

「でもこの負傷、おでこでしょう? 派手に見えとるだけで、大したことありゃしませんぜ」


 ううむ、確かにその通りだが。


「コッド中尉、ここは人間たちが去ってから随分、いや、あまりにも多くのものが変わりすぎています。未知のウィルスや細菌が、空気中に浮遊している可能性がある。殺菌・消毒と傷口の細かな処理は必要だと、自分は考えます」

「ふむ」


 コッドは片腕を腰に当て、少しばかり考え込んだ。

 

「考えを改めさせられましたな」

「えっ?」

「この区画で未知の病気に晒された人間はいませんがね、だからこそ油断しないでいようという准尉殿の判断、あっしは正しいと思いますぜ」


 医薬品を多めに持って来てちょうどよかった。

 そう言って、コッドは立体画像を展開し、一旦この場を後にした。


「では、タカキ准尉。これよりユウ軍曹の傷の具合の確認と処置を行います」

「よろしく頼むよ」


 そう言った俺に頷いて見せるや否や、アミはとんでもない奇行に出た。ユウの胸倉を引っ掴み、衣類を破いてしまったのだ。なんの躊躇いもなく、だ。


「ぶふっ!?」


 こんなに勢いよく鼻血を噴出させたのは、ごく久しぶりのことだ。……などという自分の過去はどうでもいい。


「おいアミ! 乱暴だぞ! 見えちゃいけないものも視界に……」

「では交代されますか、タカキ准尉? そう困難な手術ではありませんが」

「い、いや……。遠慮しておく……」


 俺は立ちあがってくるりと半回転。

 どうして額の傷を治すのに上半身をはだけさせる必要があったのか? 知りたくもない。


         ※


 振り返ってみると、やや離れたところにコッドがいた。

 調味料品のコンテナのそばにあぐらをかいて、何らかの立体画像に注目している。

 立体キーボードは凄まじい勢いでキーを叩かれ、コッドの要請に応えようとしている。しかし彼の腕前を見る限りでは、コッドの相棒としてはレスポンスが遅すぎるようだ。


 俺が見つめていると、コッドは背負っていたリュックサックから小型無線機を取り出した。俺たちの機材はトランク型の容器に入れられていたが、大きさはさして変わらないようだ。

 さっさとアンテナを展開し、空咳を繰り返してから、コッドは語り出した。


「こちらコッドリー・レブン。スティーヴ・ケネリー大佐に繋いでもらえるか?」

《現在、大佐は会議中――、失礼、会議終了。そちらの位置座標を確認、三分以内にお返事します》

「頼む。以上」


 俺はこの短い遣り取りを、ぼんやりと眺めていた。


「まったく、最近のジャンクの横暴ぶりには怒りを禁じ得ませんな。元はただのプログラム言語でしょうに……。ねえ、准尉殿?」

「あ、ああ、俺もそう思います」


 表面上コッドに賛同してみせたが、嘘だ。

 ジャンクがただのプログラムだったとしたら、クリーチャーや人間はどうなんだ? 俺たちだって、遺伝子やらDNAやらといった文字列に還元されてしまうではないか。


 そんな主張が喉元までせり上がってきたが、今は議論すべき時ではないだろう。

 スティーヴ大佐のお言葉を頂戴できなければ、次に何をすべきか分からない。


 かといって、はいそうですかと素直にアミやユウ、そして俺の身体をジャンク共にくれてやるつもりもない。

 おかしいじゃないか。ジャンクには、クリーチャーにはない知性がある。甘い言葉で誘っておいて、結局は産業廃棄物として処分されるのがオチだ。

 

 俺はぎゅっと拳を握り締めて、大佐からの折り返し通信を待った。


         ※


 コッドが最初に通信してから、約二分が経過した。

 

《あー、あー……。聞こえるかね、コッドくん?》

「はッ、折り返しのご連絡、ありがとうございます」

《うむ。お互い通信状況は良好だな。早速だが、本題に移ろう。まず、タカキ准尉。そこにいるな?》

「はッ」

《報告書はまた後で出してもらうが、それよりも尋ねておきたいことがある》

「尋ねておきたい? それはまた何故?」

《何故、ではなく何を、だよ。この場合はね。こほん、タカキ准尉、ここ数日働かせすぎで恐縮なんだが、今回は念入りに情報収集をしておきたい。君は今日、初めてジャンクと遭遇したんだな?》

「はッ、仰る通りです」

《どんな印象を持った?》


 印象? 印象、か……。


「洗練された知識を持ち、身体より頭で勝負する傾向がある、と」

《ふむ。他には?》

「これは、ハル、と名乗ったリーダー格のジャンクの言葉を解釈したものですが……。強いカリスマ性があるように思われます。それこそ何となく、ではありますが、ハルがいるといないのとでは、ジャンク全体の士気が大きく左右されるだろうと思います」

《ふむふむ》


 ああ、そうか。そういうことか。

 別に特別なことではないのだが、なんというか、頭の中が随分と整理された気がする。

 やはり他人と話す、ということを欠かすのはよくないな。


《それではタカキ准尉。まずは君に伝えておこうと思うのだが》

「はッ」

《我々は現在、大型ロボットを地球に降下させ、厄介なクリーチャーやジャンクを叩くという作戦を立案しているんだが――、君はどう思う?》


 俺はすっと手を顎に遣り、視線を落としてそのまま語り出した。

 

「問題はその機動性、ですね」

《ほう?》

「ただ巨大だというだけでは、格好の餌食にならないとも限りません。周囲を中型のロボットで護衛する必要があります。それに、隠れ潜む敵を捕捉・攻撃するための鋭敏なセンサーや、それに対応したドローンも付け加えなければ」

《ふむ……、なるほど。貴重なご意見、感謝する。次回の会議は、明後日の明朝行われるから、早ければ三日後にでも、そちらに必要な機材を届けられる計算になるな》

「ありがとうございます」

《いやいや、それはこちらの言葉だ。君らこそ無茶するなよ。無理に戦わなくとも構わん。今まで送ってもらったデータも、資料にさせてもらうよ》

「了解です」


 こうしては通信は終了した。

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