第2話

「きゃっ!」

「声を出すな。でなければ絞め殺す。お前の目的は何だ?」

「ふぇ、えええ……」


 なんなんだコイツは。改めて思ったが、体躯が華奢すぎる。UNに乗艦しているにしては、あまりに不似合いだ。

 それに、殺気など微塵も発していない。俺の勘違いだったか。


「うぅぅ、ギブ! ギブアップ! 離してください、タカキ准尉!」

「俺の名前を知っているのか?」

「はっ、はい! だから、う、腕を……腕を放してください……。っていうか、どさくさに紛れて胸を揉まないでください!」

「んなことしてねえだろうが、馬鹿野郎!」

「げほっ! けほ……」


 なんだか相手をするのが馬鹿らしくなってきたので、俺は少女から手を離し、立ち上がって拳銃を向けるだけにした。


 芝居にしては真に迫っていたな。後頭部を銃口で軽く押し、ツインテールに結われた髪の根元に拳銃を突きつける。少しは姿勢が楽になっただろう。


「もう一度訊く。お前は何者だ? どうして俺を殺す? 生憎薄給でな、金ならないぞ」

「ちっ、違います! バディとしてご挨拶に……!」

「バディ?」


 俺は低く、呻くようにして単語を発した。

 バディ? こんなガキが俺のバディだって? 大佐は何を考えているんだ?


 すると、思ったより機敏に少女は立ち上がり、こちらに振り返って敬礼した。


「申し遅れました! 本日付けでUNに配属になりました、ユウ・セガワ軍曹であります!」


 なんとまあ、軍属だったとは。俺は大佐のゴリ押しがあったから、十八歳になる前に入隊できたが、コイツ――ユウ・セガワ軍曹の背格好は、どう見ても十代前半だ。どんな伝手で軍の、それも惑星探査部隊に入れたのか。


 だが、今の俺が何をすべきなのか、一つは思いついた。


「では、ユウ・セガワ軍曹」

「は、はいっ!」

「明日の一三〇〇に、我々は地球に降下後、各員に割り当てられた坑道の探索任務を開始する。極めて危険な任務だ。よって俺、キョウ・タカキ准尉に同伴することは禁止する。皆が揚陸艇で発艦する間、ずっと自室に籠っていること。いいか?」

「はッ、了解しました!」

「用件は以上だ。就寝準備に入れ」

「はッ! ……は?」


 いや、だからな?


「これは命令だぞ、ユウ軍曹。分かったらさっさと自室に戻って大人しくしてろ」


 俺は軽くユウの頭部に手刀を喰らわせ、くるりと背を向けた。しかし、彼女の気配が消え去る感覚はない。

 仕方ないので、窓ガラスの反射越しにユウの様子を観察することにした。


 やや茶色みがかった髪を、軽くポニーテールにまとめている。

 目は黒い。東洋人だろうか。眼鏡の向こうから真摯な瞳で俺を見つめていた。

 童顔ながらやや手足が長く、機敏かつ器用な印象を受ける。武装は、二十二口径と三十八口径のオートマチックが一丁ずつ。


 と、いう風に見受けられたのだが、どうだろう。

 つい気になって、俺はユウの方に振り返った。


「お前、武装はそれだけか?」

「えっ? いえ。主武装は自動小銃です」

「ほう」


 扱いきれるのか? そんな疑念が湧いてきた。

 むっとした表情を作るユウだが、それを見て、俺は自分が疑わしい目で睨まれていることを察した。


「火星で製造された五・五六ミリ自動小銃の軽量型を使っています。実戦はこれが初めてですけれど、訓練ではかなり高得点を出しています」


 訓練、ね。まったくご苦労なことだ。


「はっきり言っておくがな――」


 俺の声の調子が変わったのに気づいたのだろう、ユウはぐっと息を呑んだ。


「未知の惑星の調査任務ってのは、過酷なものなんだ。慣れない重力下、気圧下で、宇宙服をずっと身に纏って、嫌な汗をダラダラかきながら得体のしれない怪物をぶっ殺していく。中には馬鹿でかかったり、素早かったり、弾丸の通用しない怪物だって存在している。――お前は、そいつらを殺せるか?」

「こ、ころ……」

「当然だろう、それが俺たちの任務なんだからな。いや、任務じゃない。日常、か」


 やはりまだガキだな、というのが、ユウに対する俺の所見だった。

 全身を震わせ、額に脂汗を滲ませ、半歩後ずさるユウ。


「いいか? 俺は何も、おまえを怖がらせたいんじゃない。実戦とはどういうものか、そこで十分な働きができるのか、お前に伝えようと思ってるんだ」


 殺すことが俺たちの日常。逆もまた然り。


「お前が何を想像しているのかは分からん。だが、この部屋に飛び込んでくる前と比べたら、まだ少しは現実味を感じているんじゃないか?」

「そっ、それは!」


 涙の粒を零すまい。その一心で、ユウはキッと俺を見上げた。


「確かに……確かに私は、実戦の経験はありません! でも、守りたい人はいます!」

「誰だ?」

「弟です!」


 その気迫と回答の早さに、俺は一瞬、狼狽えた。軽い電流が、足の裏から頭頂部へと駆け抜けたかのようだ。

 スポットライトを浴びた女優よろしく、ユウは一気に語り出した。


「私の弟は生まれてこの方、世界を見たことがありません。聞いたことも、嗅いだことも、皮膚で感じたことも! 美味しいものを食べる喜びだってないんです!」

「そ、それは……」

「私に残された唯一の家族こそ、ケン……弟なんです! お願いします、私を同行させてください! ケンが目覚めた時に、これでよかったと思える世界を守りたいんです!」


 まさか、ほぼほぼ俺と同じ理由でこの任務に馳せ参じていたとは。正直、純粋に驚いた。

 言いたいことを言い切ったのか、ようやくユウは泣き出した。いや、未だに涙を落とすまいと必死になっている。


 いい加減大人げなかったな、俺も。


「……分かった。命令を撤回する。いいか、ユウ・セガワ軍曹」

「くっ……は、はいっ……」

「今回、第十七次地球降下作戦・東アジア担当のキョウ・タカキ准尉に同行し、現地の捜索任務を支援せよ」

「えっ」


 気が緩んだのか、ついっと涙の粒がユウの頬を伝っていった。


「そ、それ……」

「明日には地球に降りるんだ、お前も準備しろ。俺はもう寝るぞ」


 振り返り、わざと素っ気なく対応する。窓を覗き込むと、光の反射でユウの姿が見えた。

 彼女は敬礼するでもなく、泣き喚くでもなく、深々と頭を下げていた。


「ありがとうございます!」

「礼など言うもんじゃない。さっさと休め。それから、銃器のメンテナンスは手を抜くなよ」

「はい!」


 今日一番の返事を残して、ユウはさもスッキリしたという顔で俺の部屋から退室していった。


「……他人のことは言えない、か」


 俺の呟きが、誰にも聞かれなかったことを祈るとしよう。


         ※


 翌日。

 俺たち地球降下部隊の面々は、UN内の大会議室に集合していた。壇上に立つのは、スティーヴ・ケネリー大佐だ。


 彼が語ったことは、さして真新しいことではない。それこそ、宇宙空間を渡り行く人生を選んだ人間にとっては、耳にタコができるというものだ。

 しかし、ここが一種の分水嶺でもある。先人の言葉を何回でも真剣に聞けるか、聞き慣れたからといって蔑ろにするか。

 どちらが長生きできるかは、言うまでもあるまい。


 演説が終わって大佐が降壇する直前に、俺は大佐に視線を投げた。これこそ以心伝心というやつで、大佐はぐっと頷いて見せた。

 それに気づいたのは、当人である俺と大佐の他にはユウくらいのものだろう。

 まあ、ユウが望むのなら、後で過去話をしてやるのもやぶさかではない。


 三々五々、会議室に集っていた連中が散っていく。自室に戻る者、戦友と語らう者、早く地球の姿を見たいといって窓に貼りつく者。


「あっ、キョウ先輩!」

「おう」


 早速やってきたユウに向かい、俺は軽く手を上げて見せる。……いや、待てよ。


「おいお前、なんて言った?」

「えっ? キョウ・タカキ氏のことを先輩、と」

「ちょっと待てえええええい!!」


 俺はユウの両肩を引っ掴み、反対側の壁に押しつけた。


「誰が先輩だよ、誰が!」

「だ~か~ら~、あなたのことを先輩、と」

「駄目! 先輩呼ばわりはナシ!」

「えぇ~?」


 いやいや、文句を言いたいのはこっちだ。ふざけやがって。


「遊びじゃねえんだ、下手すりゃ死ぬんだぞ? そんな現場なのに――」

「死ななければいんでしょう?」

「うぐ」


 いや、そう言われてしまうと何も反論できないのだが。


「まあいいや……。で? お前はどうする?」

「先輩は?」

「ふむ。銃器のメンテナンスは終わってるから、久々に地球でも眺めることにするか。

「あっ、私も同行します!」

「じゃあ、この窓から外を覗いてろ。すぐに目に入る」

「うわあ! すごく楽しみです!」

「……」


 ま、楽しい眺めだとは決して言えないがな。

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