彗星の弾丸

海湖水

彗星の弾丸

 「よお、久しぶりだな」


 目の前で、かつての相棒がそこに立っていた。

 20年は共に仕事をした仲だ。付き合いも、知っていることも他の奴らとは桁が違うほど多い。


 「おいおい、これは現実か?お前は死んだろ?」


 自分のつい疑う。そろそろ年か?

 幻覚が見えるようになったら、もう仕事もたたむべきかもしれない。

 そんなことを考えていると、かつての相棒は、またしても口を開いた。

 

 「そんなことより、今は目の前の敵なんじゃねえか?」


 その通りだ。

 廃工場、暗闇の先に、敵が隠れている。

 悲しいことにこの業界、俗に言うなら「殺し屋」の業界というものは、よく同業者での殺し合いも起こる。

 大体の場合、その殺し屋に恨みがあるやつが殺し屋を雇うか、または……。


 「正直、お前がいなくなってから困ってるんだよ。こっちは伝説の看板を守らなきゃなんねえんだ。死にに来る馬鹿どもの相手をするのは楽じゃねえ」


 自分の場合は、恨みのあるやつもいるだろうが、名を上げるために殺しに来る奴が一番多い。

 なんせ、かつての「殺し屋界の伝説」の片割れともなれば、殺せば依頼も殺到する、人気の殺し屋になるだろう。

 

 「相手は銃、こっちは素手。さすがに分が悪いかぁ?」

 「舐めるなよ、お前と違って、ありがたいことに現役の期間は長かったんだ」

 

 そう言うと、相棒は少し笑い、向こうの殺し屋の方を見る。

 なるほど、ならばやって見せろということか。幻影にしては中々に贅沢な野郎だ。

 とりあえず、近くにある金属の10センチほどの棒を持ち、敵に向かって投げつけた。高速で打ち出された金属の棒は、敵の隠れている壁を貫通し、体に刺さった。


 「まあ、来世ではもっと頑張って出直してきな」


 敵も殺し屋だ。痛みをこらえ、銃を構える。だが、それはあまりにも遅い。

 自分の指が、眼球を押しつぶす感触がした。

 正直、気持ち悪い感触に、つい顔をしかめてしまう。

 そのまま突き放すかのように蹴りつけると、敵は数メートルは吹き飛んだ。

 

 「ほお、弱ったもんだなぁ。昔は目つぶしなんてしなかっただろ?」

 「これは若造にはよく効くから使っているだけだ。とどめを刺したら離れるぞ」

 「今のお前、周りから見たら、虚空に話しかけるジジイだぜ」

 「うるさい。もう一度死にたいか」


 軽口を相棒と話し合いながらとどめを刺す自分の姿は、なるほど、老いているようだ。あの頃とは何もかもが変わってしまった。

 昔は自分がとどめを刺す必要はなかった。それは相棒の仕事だったからだ。

 素手で戦う必要もなかった。それは相棒の仕事だったからだ。

 気づけば、全て自分でできるようになっている。しかしそれでも相棒にはまるで届かない。


 「お前、このまま残り続けるのか?」

 「いや?無理じゃねえか?さすがに幽霊とかよりは幻覚とかそっち方面だろ?」

 「そうか……。寂しいな」

 「流れ星にお祈りでもしたらどうだ」


 そういう柄じゃねえ。笑いながら返す自分の心にはいつの間にか、昔の記憶がよみがえっていた。


 「おい、何してるんだ?」

 「いやぁ、願い事でも、と思ってねえ。殺し屋なんてクソみたいな職業。願いながらじゃねえとやってらんねえよ」


 あの時も自分は願わなかったか。あいつは、願わないとやってられないだとか言っていた。それは、自分もやっと意味を理解し始めたころだ。


 「オーケー、願い事くらいはしてやるよ。まあ、流れ星はねえから、これで代用するが」


 さっきの暗殺者が持っていた銃を手に取ると、もう意識のない暗殺者に銃弾を撃ち込む。

 

 「お願いだ、銃弾の流れ星サマよ。できれば地獄に落としてくれ」

 「なんでそんなこと願うんだよ!!」


 そうつっこんだ相棒の言葉を、今は笑って受け止めよう。

 幻覚だとしても、昔に失った、大切な思い出なのだから。

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彗星の弾丸 海湖水 @Kaikosui

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