愚鈍な僕は普通の君を好きになった

@otonasihikari

愚鈍と普通

『この世には2種類の人間が存在する』なんて話はよく聞く事だ。例を挙げれば「天才」と「凡人」、「聖人」と「悪人」だったりするが僕の持論としては、1つは世間一般で言えば「陰キャ」、「チー牛」と揶揄されるかもしれないこの世に多く存在する者。僕も本、ゲーム、パソコン等々を好み「陰キャ」の要項は充分果たされていると自負している。

それじゃあもう1種の人間は何かと言えば、聡明な君たち読者ならばもうわかると思う。そう、この小さな箱のような教室を取り仕切りカースト上位と言われる位置に鎮座する「陽の存在」。世間一般では「陽キャ」、「リア充」に相応する者たち。そしてこれら一部は頭の回転が悪く一瞬の目立ちたい欲求で簡単に人生を壊すことのできる「覚悟」を持った存在だろう。僕はこの「陽の存在」を大変尊敬している。理由は先ほども述べたとおりだ。


「しかし、イヤホンをしても貫通する声量というのはいかほどか……」


ノイズキャンセルの機能が備わっているはずのイヤホンで音楽を聴きながらゆったりと朝の授業が始まるまでの時間を浪費しているはずが、音楽が少し聞こえずらい程度には彼らの声量が大きい。自分が輝いていると思い込む男、己が1番愛らしい生物だと信じてやまない女、そのどちらもを包み込む包容力を持つ優しげな男にその男に擦り寄る気持ちの悪い「陽キャ」もどき女。どれもこれも見るほど眩しい愚鈍の輝きで目が痛くなる。耳をノイズキャンセルで保護しているはずなのに耳を貫通して脳みそをガンガンと刺激してくる。


「この学校に入学したのは間違いだったか…?」


正直ここまでバカ騒ぎする連中が跋扈ばっこする魑魅魍魎ちみもうりょう巣窟そうくつとは思っていなかった。と言うのも入学してしばらくはとても静かだったのだ。中間テストを越してから皆々緊張がほぐれたのかとても騒々しくなっていって今やこの有様だ。僕の机は度々占領される、本を読んでいると邪魔をされる、中々二人組を作れないともう不便で不便で仕方がない。僕が人付き合いができない「陰キャ」なのが悪いのだろうと自分に言い聞かせて怒りをしっかりと沈めて生きてきた。だからなのだろうかあのバカ、阿保、愚鈍に人造スピーカー共がただただ鬱陶しく感じるようになった。ストレスとまではいかないが……静かにして欲しいとは思う。


「というか、このイヤホン壊れているのか?ノイズキャンセリング機能は死滅したのか?また今度にーさんに頼まないとな……」


イヤホンも耐えきれていない。彼らの声はノイズキャンセリングという最強の防護壁すら突破する矛なのだろう、感心だ。


「おーい貴様ら〜HRだぞ〜自分の席にさっさと座れ」

「うぃーすカノちゃんせんせー」

「今日も綺麗っすねぇ〜」

「うっせー黙れさっさと座れ」

「「うぃーっす」」

「アホめ…」


漸く長い長い生き地獄のような時間が終わってホッとため息に近い安堵の吐息を漏らす。華都はなみや先生も毎日大変だなと頬杖をつきながらボヤッと思う。

窓際で横を見れば街を眺めることができる最高の席で1日に何回も行う「瞑想」をする。思考が纏めて今日1日を虚無の感情で過ごすため編み出した僕のルーティーン。効果的だがあまりにも人間としての何かを捨てている感覚がして人にはあまりおすすめできないな。君たちはやってはいけないぞ。

すると瞑想中は普段話を聞き流す程度なのだが、今日は聞き逃せないとても稀な単語が耳を掠めていった。


「きょーは転校生をしょーかいすんぞ」

「「「「おおおおおお!!!」」」」

「転校生……」


頭の中に思い浮かんだのは男か女かと言うことでは無く、どんな子なのかと言うことでと無く、ただただ「これ以上増えるな」と言うことだけだった。本当に増えて欲しくない。頼む大人しい人来てくれ。


「はいってくれー」

「………」

「初めまして皆さん、私の名前は黎嶺燐くろみねりんです。よろしくお願いします」

「普通の子だ…」


黒髪で少し癖っ毛で凛とした雰囲気を纏っていて、かつ可愛げのある容姿と柔らかい笑顔。僕が感じたのは「普通」という感想と今までどんな異性にも感じたことがなかった「可愛い」という感想だった。今まで人間を二分割としてきた僕にとってその感情は全くの未知であり、とても興味深いものだった。


「そーじゃー黎嶺は陰愚痴かげぐちの隣でよろしー」

「え?」

「よろしくね!えと…陰愚痴くん…?」

「よろ…しく…お願いします黎嶺さん」


名乗っていませんでしたね、僕の名前は陰愚痴累かげぐちるいです。

これからも何卒、僕の愚かな物語をよろしく頼む。むず痒いかもしれないが、飲み込んでくれ。








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