親友を失うとき

 俺には友だちが少なかった。だが別に、居なかったわけではない。子供の頃の俺には、何よりも大切な友達がいた。親友だった。今アイツと一緒に居ないのは総て俺のせいだ。俺もアイツも幼かった。というより、単に俺がガキだった。よく言葉選びやら行動やらを間違えて悲しませていた。それに気づきもせず寄っかかり続けた報いが今の俺なら、因果応報という言葉は正しい気がした。

 その日の俺はいつにも増して苛立っていた。それは生理で起源の悪くなった姉の不機嫌をモロに受けたからに他ならない。懐炉持ってきて、ホットミルク持ってきて。やっぱり要らない。なんで出来ないの。生理前半の姉の言葉は凶器だった。俺はそれにさらされ、そこで得たストレスを外に放出していた。その放出先が、専らその親友だった。

 親友は心優しいやつだった。荷物が重くて困っているやつが居たら手を貸してやり、宿題を忘れたやつが居たら自分の宿題を見せてやり、具合が悪い人が居たらすぐに気づいて気まずくならないように保健室に案内していた。そして何より、俺の不機嫌をいつだって受け止めてくれた。そんなアイツに、俺は半分くらい依存していたんだと思う。

「姉貴がダルいんだけど」

 俺の話はいつものように姉への愚痴から始まる。こんな事があったあんな事があった、ここが面倒くさいあそこが気に入らない。親友はいつだってそれをしっかり聞いて共感を示してくれた。

 だが、その日の親友は空元気だった。どうやら具合が悪かったようで、三時間目には保健室にも行ったようだった。だが、そのこと俺は知らない。

「今日のお前と一緒に居ても楽しくないんだけど」

「そ、そっか。ごめんね」

 だから、そんなひどいことが言えてしまえた。いつも俺を思って、優しくしてくれた親友の手をこちら側から切ったのだ。俺の脳裏には未だにあの日親友が傷ついていた顔がこびりついている。その日から、俺と親友の距離は離れていった。初めは心配していたクラスメイトも、一週間も立てば別のことに興味が移って俺達には話しかけなくなった。

 それによって実は傷ついていた事なんて、誰にも言っていない筈だった。だが女の勘か、姉にだけはバレてしまった。姉は馬鹿にするように鼻で笑ってこう言った。

「あんた馬鹿じゃん。あの子みたいな良い子そうそう居ないよ。早く謝ってきなさい」

 言い方はムカついたが確かにその通りだった。俺は急いで靴を履いてアイツの家に向かった。とっくに遅いということを、あの時はまだ知らなかったから。

 アイツの家について、呼び鈴を鳴らすも誰も居ない。不自然に空いたドアが気になって中を覗いてみれば、そこには凄惨な現場が広がっていた。血だらけのアイツの家族。奥に進んでいくと、リビングにかろうじて息のあるアイツが居た。

「おい!」

 急いで駆け寄るってアイツの手を取ると、アイツは弱々しい声を発した。

「避けて……ごめん。ホントは、それ、謝りたくて。でも、機会がなくて。だから……ごめん。ごめん」

「違う、俺の方がごめんだ。死ぬな、死ぬな、お願いだ」

 アイツの手が脱力するのが分かって、急いで救急と警察に連絡をする。そこから先は余り覚えていなかったが、いつもは憎たらしい姉がずっと背中を擦ってくれていた熱だけは覚えている。

 俺が悪かったのだ。アイツは俺に謝るために俺の家に行こうとして、そのときにドアを開けたらちょうど家の目の前に居た殺人鬼に家に押し入られてしまった。俺があんな事言わなければ、こんな凄惨な事件は起こらなかった。未だに夢に見る。アイツの手が脱力する瞬間に、どうしても死にたくなる衝動が襲ってくる。そうして起きて、あの事件が夢でないことに絶望する日々が続いている。

 アイツは植物状態になった。死ななかったのは良かったが、植物状態のほうが残酷な気もして俺はずっと曖昧な感情を抱えていた。

 少し前に買った花を持って病室に行く。そして今日も、静かな体に責められに行くのだ。

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