「月の中の子どもたち」の自主企画参加用
堕なの。
理系と文系の正しさ、後受験
私は数学が好きだった。流石に、勉強は苦痛ではない。数学はご褒美。というほど酔狂な人間でもなかったが、私なりに数学を愛していた。それは確約された正しさが存在したからだろう。もちろん、数学というのは一定の証明されていない公理の上に成り立ってはいるが、その公理の上での正しさは絶対を約束されていた。だから私は数学が好きだった。
そんな私には姉が居た。私とは真逆の文系の人間だった。姉は特に小説が好きだった。勉強で言うと、言語文化の物語文である。私からしたら、解説を読んでも理解の出来ない異世界の言語だったが、姉はそれを好んで読んだ。いわゆる文学少女と呼ばれるやつで、小説を読んでばかりで勉強をしないところには親も先生も手を焼いていたことを何となく覚えている。
私は、国語なんかより、数学のほうが素晴らしい学問だと思っている。だって、国語は人によって感じ方が違うものを扱う。それなのにも関わらず、その文章を元に問題を作り上げる。まだ、指示語が示すものを書け、とかなら分かる。だが、人の気持ちなど分かるわけ無いだろう。登場人物本人でも作者でもないのだ。たしかどこかの大学の入試問題で、作者と少し揉めていたような気もする。そんな不確かな学問よりも数学のほうがよっぽど素晴らしいと思うのである。
「誰が読むかよ」
姉に半強制的に押し付けられた小説をベッドの上に放り投げた。小説なんて嫌いだという気持ちと、単純に気に食わないという気持ちがあったからだ。そもそも私立理系に進学しようとしている高校三年生に小説を渡すこと自体が間違っている。時間の無駄にしかならない。私はベッドにダイブして、小説のあらすじ欄を覗いた。どうやら数学嫌いの男の子の話のようだ。なぜ数学嫌いの人間のことなど理解しなくてはならないのか。姉には苛立ちを覚えた。
「正しさは大切ですか?」
小説を読まずにページだけさっさと捲っていれば、そんなセリフが目についた。大切に決まっているだろう。この世は数式が説明してくれる。どこかの偉い学者がそんなことを言っていた気がする。
「小説は僕の人生を豊かにしてくれる。それを幼い頃からの積み重ねで痛いほど知った。そして大きくなってから、数学の大切さを身にしみて感じた。もしかしたら、世の中で成功するためには、国語より数学の成績が必要なのかもしれない。でも僕は、絶対的な正しさ追い求めるのではなく、不定形の個々人が持っている正しさを大切にしていきたい。ある種正義とも呼べる人の数だけ存在する正しさを、守っていきたい」
そんなセリフで締め括られていた。陳腐なセリフだ。何も響くことはなく、右から左に流れていく。そのあまりの陳腐さに、姉に文句を言いたくなってきて電話をかけた。
「何あの陳腐な終わり方」
「全部読んでないのにまた。それで、正しさは何か分かった?」
「は? 分かるわけないじゃん」
「じゃあ、正しさは何だと思う?」
なぜ哲学的な話をしているのか。そもそも哲学科に行った姉が理系に進もうとしている私と話して得るものなどあるのか。疑問は尽きなかったが、どうせ答えてくれないため素直に従うことにした。
「客観的に見て正しいものだよ。数式や、自然現象を表した公式。この世で本当に起こった事実そのもの」
姉の笑い声が聞こえる。けして下品ではないが、気分が良いものでもなかった。姉はひとしきり笑った後、こういった。
「私立文系を受けることは正しいと思ってるの? 親に流されただけじゃないの?」
こういう神経を逆なでするところが嫌いなのだ。それに正しいもクソもないだろう。受けろと言われて受ける。それ以上でもそれ以下でもない。
「どっちでも良いよ。正しくなきゃいけないなんて決められてないし」
姉の言葉を待たずに電話を切った。頭に浮かんで消えてくれないのは姉の声と、あの小説の陳腐なセリフだった。
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