第10話 デートは原作通りに


 そして、やってきたデート当日。


 いや、デートと言う名のデートとは別の取材のようなものか。


 俺がまた『モブ彼』の続きを書くだけの熱を持てるように、『モブ彼』のようなデートをする。


 普通、底辺Web小説家のためにここまでするファンはいないよな。


 そんなことを考えながら、俺は集合場所の駅前でスマホを確認していた。


 スマホの画面には、鈴原とのメッセージのやり取りが表示されている。


『今日は期待しておいて!』


『期待?』


『そう、期待!』


 そんなメッセージの後に、鈴原から可愛い動物がサムズアップしているスタンプが送られてきた。


 ……まぁ、休日に鈴原と出かけるなんてクラスの男子が聞いたら羨ましがるだろうし、期待はするか。


 鈴原の私服、どんな感じなんだろうなぁ。


 ふむとそんなことを考えていると、ぽんっと優しく肩を叩かれた。


「はい?」


 俺が振り向くと、そこには私服姿の鈴原がニコッとした笑みを浮かべている。


「おはよ! 一会先生!」


「……鈴原、さん」


 俺は鈴原の私服を見て驚きを隠せないでいた。


 安そうな悪い意味で年季の入っていそうな七分丈のジーンズに、ワゴンセールでさらに売れ残っていそうなダサいキャラが描かれているぶかぶかなTシャツ。


 そして、黒色のリュックには何が入っているのか分からないくらいパンパンになっている。


「一会先生、今クラスのことかいないんだけど」


 鈴原は普段はかけていない眼鏡のフチをスチャッと動かして、不満げに俺を見る。


 いやいや、今はそれどこじゃないだろ


「ダサ過ぎないか、鈴原さん」


「ちょ、ちょっと、直球すぎるよ。……あと、恥ずかしいからあんまり見ないで」


「あ、ご、ごめん」


 鈴原はそう言うと、自身を抱くようにして服を隠す。


 その仕草がなんだか艶めかしく、俺は思わず視線を逸らす。


なぜだ。服を着ているのに羞恥の表情のせいか、ダサい服を着ててもえっちに感じるのは。


「か、勘違いしないでよ。いつもはこんなにダサくないからね!」


「え、それなんてツンデレ?」


「いや、ツンデレとかじゃなくて、本当だから!」


 突然のツンデレ口調に俺が戸惑っていると、鈴原は急いでスマホを取り出して操作する。


 そして、バッと俺に勢いよくスマホの画面を見せてきた。


「ほら、これ見て!」


「これは……『モブ彼』の五話目? あ、服を買いに行く回か」


 鈴原のスマホの画面には俺の処女作、『モブ彼』の小説が表示されていた。


 なぜこのタイミングで見せてたのかと首を傾げたが、そこに掛かれてい文章を読んで俺はハッとする。


「もしかして、今日着てきた服装って……」


「そう! 静原玲ちゃんの雰囲気に合わせてみたの!」


『モブ彼』のヒロインである静原玲。


『モブ彼』の五話目で彼女の私服がダサいことが判明する。服がダサいと陽キャになったときに苦労する。


 そう思った主人公と共に、静原玲は服を買いに行くのだ。


……そう言われれば、今の鈴原の服装は陰キャ時代の静原玲の服装とどことなく似ている。


 クラスで憧れの存在の彼女そう見えるのは、着ている服のダサさのせいだろう。


 それにしても、よくこんな服持ってたな。


「えっと、ちなみになんで静原玲の雰囲気に合わせたの?」


 わざわざダサい服を着て駅にやってくる理由が分からない。


 なんだ? 新手の羞恥プレイか何かなのか?


 鈴原の考えが分からず言葉を失掛けていると、鈴原はこてんと首を傾げる。


「だって、今日は『モブ彼』のデートを再現するんでしょ? それなら、ちゃんと形から入らないと」


「ああ、そういうことか。ん? いや、待ってくれ」


 俺は一瞬納得しかけてから、表情を引きつらせる。


「確か、そのデート回って主人公が静原玲に似合う服を選ぶ回だよな?」


「うん、そうだよ」


 鈴原は俺の言葉に頷いてか、満面の笑みを俺に向ける。


「私に似合う服選んでね、一会先生」


 ……まじですか。


 女子のファッションとか、まじでわからんぞ。


 そんなことを考えて冷や汗をかきながら、俺は鈴原から向けられる笑みに引きつった笑いを返すのだった。

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