第9話 お昼休みの数分


 朝から心臓に良くない日だな。


 そんなことを考えながら、俺はお昼休みになったのでいつもの場所に移動していた。


 旧校舎の非常階段の一階にある踊り場。


 ここは陽が滅多に当たらない構造になっているので、コンクリートでできている踊り場はひんやりと冷たく、床暖ならぬ床冷のような心地よさがある。


 それでも、三十度を超える気温の中外で食事をすると普通に汗をかく。


 それなら、普通に教室でご飯を食べればいいではないかと思うかもしれないが、ボッチの俺にとってお昼休みはもっとも教室にいたくない時間なのだ。


 多分、周りが騒がしくなる分、ボッチであることが際立つんだろうな。


 あの気まずい空間にいるくらいなら、少し汗をかいてでも外での食事をとる。


 別に友だちがいないことを恥じている訳ではない。


『あいつボッチじゃね?』という視線や気持ちを向けられることが嫌なのだ。


俺はコンクリートの床に腰を下ろして、その冷たさを感じながらコンビニで買ったパンのふうを開ける。


 早くも額には汗が流れている。


「ここ暑くないの?」


「そりゃ、暑いよ」


「もっと涼しい所で食べればいいのに」


 そんな最も過ぎる言葉を言われ、俺は小さくため息を漏らす。


「涼しい所は他の人が使ってるだろ。まぁ、パパっと食べれば問題ない」


 室内のエアコンが効いている場所なら、こんな熱い思いをしないで済む。


 でも、それではボッチだという目を向けられ続けられなければならない。


 周囲に人がいない場所を選んだ結果、ここに行きついたのだ。


 遠いし暑い場所なんてボッチ以外来ないだろう、安心安心。


「ん?」


 そこまで考えてみて、俺は小さく首を傾げる。


 今俺は誰と話しをしているんだ? というか、この感じ前にもあったな。


 俺が既視感を覚えながら顔を上げると、そこには懐かしむような目を俺に向けている鈴原がいた。


 なんでそんな目をしているんだ?


 というか、ひらめくスカートから覗く白い太ももがちらちら見えてるぞ。


 目が離せなくなるから少しくらい隠して欲しいんだけどな。


「鈴原さん、何してんの?」


「む、今二人きりだけど?」


 頬を膨らませながらの意味深な言葉に一瞬勘違いをしそうになるが、その表情に深い意味がないことを察する。


 俺たちの間で二人きりを強調するということは、そういうことだろう。


「……すずさん、何してんの?」


「飲み物買いに行ったら、一会先生がいたから追っかけてみた」


 鈴原はそう言うと、ニコッと満面の笑みを浮かべる。


 ……ちくしょう、可愛いな。


「一会先生はいつもここでご飯食べてるの?」


「ああ。ここはいいぞ、食事中に人も通らないからな」


「うん、確かに良さそうだね」


 鈴原はそう言うと、俺の隣に腰を落して紙パックの飲み物にストローを指す。


 ちゅーっと飲み物を吸っている桜色の唇を見て、俺は慌てるように鈴原から視線を外す。


 なんか見過ぎるのは良くない気がしたの。深い意味はない。


 ……うん、まったくない。


「私も今度からここでご飯食べようかな?」


「え? 鈴原さんがか?」


「むっ」


 俺が呼び名を間違えると、鈴原は俺にジトっとした目を向ける。


「……えっと、すずさんがここでご飯を?」


「うん。お邪魔じゃなければだけど、だめかな?」


「いや、やめたほうがいいんじゃないか? クラスですずさんを待っている人たちがいるだろうし、絶対に良からぬ誤解を生む気しかしない」



 一瞬、鈴原とお昼を食べてるという誘惑に負けそうになったが、この誘惑に乗ったときのデメリットを考えて、俺は鈴原からの提案を断ることにした。


「えー、うーん。まぁ、友達を待たせるのも良くないか」


「それに、すずさんと二人でお昼なんかしてるってバレたら、俺クラスの男子たちにミンチにされる自信あるぞ」


「ふふっ。ミンチって、大袈裟過ぎだよ」


 鈴原は俺が冗談を言っていると思ったのか、笑っている。


いや、割とマジで大袈裟じゃない気がするんだよ、本当に。


「一会先生がミンチになるのは嫌だし、ご飯は諦めようかな」


「ああ、そうした方がいいだろうな」


 今まで接点がなかった男女が一緒に食事をし始めたら、絶対に勘違いを生む。


 鈴原と一緒に食事をしたくないわけではないけれど、これは仕方がないことだろう。


 俺は少し残念に思う気持ちを乗せて、小さくため息を漏らすのだった。


 …………。


「あれ? すずさんまだクラスに戻らないのか? お昼休み終わるぞ?」


 もう話は終わりだろうとおもってため息を漏らしたのに、鈴原は平然と俺の隣で紙パックのジュースを飲んでいた。


 あれ、なんかさっきのため息とか恥ずかしいんだけど。


 鈴原はストローから口を話すと、ふふんっと得意げに笑う。


「まだ戻らないよ。飲み物飲み終わるまではね」


 俺が目をぱちくりとさせると、鈴原は照れるようにまたジュースを飲む。


「お昼ご飯は諦めるけど、たまに飲み物を飲みながら話すのは良いでしょ?」


 鈴原にちらっとこちらを窺うように見られてしまっては、断ることなどできるはずがない。


「まぁ、そのくらいならいいんじゃないかなと」


 体が熱くなったのを夏の気温のせいにして、俺は冷静を装いながらコンビニのパンを齧る。


 ……なんだ、このラブコメ展開は。


「あ、そうだ。一会先生って明日暇かな?」


「明日? 特に用事はないけど」


「それなら、明日どうかな?」


 俺が視線を鈴原に戻して首を傾げると、鈴原は少し距離を詰めて俺を見上げる。


「『モブ彼』みたいなデート、明日してみない?」


 キラキラとしている瞳から、鈴原が普通の男女のデートではないデートを望んでいることは明確だった。


 これは、デートなんて言葉よりも取材とかの方が正しいだろう。


 そして、鈴原みたいな可愛い子にデートを誘われて、断ることなどできるはずがなかった。

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