第4話 狸に化かされて見せられた妄想
昨日の出来事は一体何だったのだろう。
学校で一番の美少女と名高い鈴原に公園に呼ばれて、そこで小説を更新しない理由を聞かれて、なんか凄い励まされて、それを通りかかった通行人に告白と勘違いされて。
未だに何が起こったのか理解ができない。
昨日の出来事は全部狸に化かされたとだと言われた方が納得できるが、それにしては現実味があり過ぎる。
俺は登校すると、教室の外から教室を覗いてみることにした。
教室の中を良く見渡してみたが、そこには鈴原の姿はなかった。
……もしかして、鈴原という女の子は本当は存在しなくて、色々と拗らせた俺が見ている幻想だったのではないか。
それなら、昨日のラブコメのようなイベントにも納得がいく。
うん、それだとしたら中々の重傷だよな、俺。
俺は大きくため息を漏らして、自分の席に着く。
そして、鞄を机にかけて、手慣れた仕草でスマホをポケットから取り出す。
朝のホームルームが始まる前、フォローしているWeb小説の更新がないかをチェックするためだ。
Web小説は朝の通勤時間や登校時間に合わせて投稿されることが多いので、こうしたチェックは欠かせない。
あっ、やっぱり、更新されている。
「ふーん、最近は異世界物が好きなの?」
「いや、好きというか異世界物って総合ランキングに多く入ってるから、自然と読んでしまう感じだな」
「あ、ランキングから見る派なんだ」
「いやいや、ジャンルから見ることも全然あるぞ」
俺は斜め後ろからかけられている声にそう返して、更新されている異世界物をスクロールして読んでいく。
「ん?」
今、俺は誰と会話をしているんだ?
あまりに自然に入ってきたから気づかなかったが、俺には朝から気さくにWeb小説のことを語り合う友達なんていない。
だって、基本ぼっちだもん。
いやいや、もんじゃないだろ。
冷静になって俺が振り返ると、そこには俺のスマホを覗き込んでいる鈴原の姿があった。
鈴原さんは『そうなんだー』と言って、俺の視線などお構いなしに俺のスマホを覗き見ている。
あ、あんまり男子のスマホを覗くのは良くないと思うぞ。色んな意味で。
「えっと、何してんの鈴原さん」
「んー? 登校?」
「いや、確かに鞄を肩にかけているし、登校してきたばかりなのは見て分かるけど」
鈴原は肩にかけた鞄をそのままに、こてんと首を傾げている。
ちくしょう、いちいち所作が可愛いな。
鈴原さんはむむっと考えた後に、あっと思い出したように笑みを浮かべる。
「おはよう、一……渡会君」
「ああ。おはよう、鈴原さん」
そして、なぜかニコニコの表情で挨拶をされてしまった。
いや、登校してきたなら挨拶をしましょうって言いたいわけではないんだけどな。
俺は速くなりかけた鼓動を無視しながら、小さく咳ばらいをする。
「それで、何か用かな?」
「あ、そうだった。昨日なんで急に帰るの? まだまだ話したいことあったのに」
「まって、鈴原さん。本当に待って」
俺が慌てて鈴原を制したが、登校時の鈴原に挨拶をしようとしていたクラスメイトの目は誤魔化せないみたいだった。
ちらっと周囲に目を向けると、鈴原と同じグループの女子たちが俺を見てひそひそと何か話しているみたいだ。
「え、あの二人って昨日一緒にいたの? ていうことは、渡辺君も鈴原さん狙ってんの?」
「いや、渡部君だから。名前間違えるとか失礼だよ」
いやいや、その理屈で言ったら二人と失礼だからね。俺、渡会だからね。
でも、失礼な女子たちのおかげで俺たちが注目を集めていることも分かった。
「えっと、人の目があるから、ね?」
俺がそう言うと、鈴原はハッとした顔でこちらに視線を向けている女子たちを見る。
「あっ、そうだったね」
うん、どうやら鈴原も気づいてくれたみたいだ。
クラスで鈴原と会話をしていたら、男女問わず視線を集めてしまう。特に話す内容もないのに親し気にしていたら、変な誤解を招きかねないしな。
俺が胸をなでおろすと、そんな俺の耳元に鈴原が顔を近づけてきた。
え? な、なに?
「じゃあ、また放課後に下塚公園でね。一会先生っ」
こしょこしょといった声でそう言い残すと、鈴原はそのままいつものグループの方に小走りで向かって行った。
……不意打ちで耳打ちは、あかんだろうが。
ゾクゾクっと体を走る感覚はいたずらに俺の鼓動を跳ね上げて、しばらくの間耳に悪くない違和感として残っていた。
その違和感のせいだろう。
その日はいつもよりも鈴原のことを目で追っていた気がした。
いや、普通に放課後にまた呼び出しを食らったから、鈴原を気にしているだけか。
ていうか、二日連続で呼び出しって何事だ?
俺は読めない鈴原の行動を前に、困惑せざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます