第3話 底辺Web小説家


 鈴原には俺が小説を書いていることだけでなく、まともに小説を更新していないことまでもバレていたらしい。


 前者はまだしも、どうして後者までバレたのだろうか?


「もしかして、鈴原さんもWeb小説とか読むの?」


「え? 普通に読むけど」


 俺の問いに、鈴原は何でもないことを言うように首をこてんと傾げる。


 クラスのカースト上位の奴って、Web小説を読んだりするのか?


 ……まぁ、最近はWeb小説が原作のアニメなんかもあるし、珍しくはない、のか?


 俺は小さく頷きながら、考えを整理する。


 投稿サイトを使ったことがあるのなら、作者名で調べればその作者の更新頻度も分かるか。


 もうペンネームはばれている訳だし、俺が公園に来るまでに調べれば簡単に分かることだ。


いや、でも、知ったところでどうするんだ?


 俺が小説を書こうが書くまいが、鈴原には関係ないだろうに。


 俺がむむっと考えていると、鈴原は俺の顔を覗き込む。


「ねぇ、なんで小説書かなくなったの?」


「いや……なんでって、別に普通の理由だけど」


「普通の理由って、なに?」


 ずいっと近づいてくる鈴原の圧に耐えかねて、俺は思わず後退る。


 しかし、鈴原はそんな俺の反応など気にする素振りも見せず、さらに顔を近づけてくる。


 な、なんなんだこの圧は。


 あまりにも真剣な表情でじっと見つめられたので、俺は折れる形でぽろっと言葉を漏らす。


「PV数が伸びないし、ブックマークも増えない、評価だって低い。そんな状況なら、書かなくなるのは当然だろ?」


「か、かもしれないけど、もったいなくない?」


 鈴原は食い下がるようにそう言うと、ハの字にしている眉をさらに下げた。


「もったいない?」


「うん、もったいないよ。せっかくお話書けるのに……それに、一会先生の更新を待っている読者もいるよ!」


 鈴原は俺を励ますように、小さくガッツポーズをする。


なんで鈴原はこんなに必死なんだ?


 いや、もしかしたら、大した理由はないのかもしれない。


 理由はないけど、鈴原は俺を励まそうとしてくれているのだ。


 誰に対しても分け隔てなく接する鈴原にとって、俺は夢を途中で諦めて落ち込んでいるクラスメイトとして映っているのかもしれない。


 それなら、今の鈴原の行動にも納得がいく。


 納得はできるのだが、これは結構勘違いをしている。


それなら、そうではないことくらいは訂正しとかないと。


「鈴原さんにそう言ってもらえるのは嬉しいけど、俺は全然そんなレベルじゃないんだよ」


 俺は情けないと思いながら口元を緩めて、スマホをポケットから取り出す。


 そして、慣れた手つきで『一会』のマイページを表示させると、処女作をタップして作者画面を鈴原に見せる。


「一日のPV数、ブックマークともに二桁。評価なんて目も当てられない」


 俺が画面を見せると、鈴原は俺の作品があまりにも悲惨だったからか、顔を伏せてしまった。


 まぁ、作者本人も直視したくないくらい酷いしな。


「こんな状態の作品を書き続けても仕方がないだろ。俺の小説なんて他の作品の劣化版だ。別に俺の小説でしか得られないものがあるわけでもないし――」


「そんなことないよ!」


 俺が自嘲するようにそう言うと、鈴原が大きな声で俺の言葉を遮った。


「す、鈴原さん?」


 俺は突然の感情的な声に驚いて、目をぱちくりとさせる。


 しかし、その声に驚いたのは鈴原も同じだったのか、弱弱しい声を漏らしてから顔を赤くさせる。


「あ……ごめん、急に大きな声出しちゃって」


「いや、それは別にいいけどさ」


 それから、鈴原はちらっと俺を見た後、すぐに視線を俺から外した。


そして、耳の先を赤くさせてキュッとスカートの裾を握る。


「でも、先生の小説を読んで、人生変わったっていう人もいると思うから。そんなこと言わないで欲しい」


「人生が変わったって、そんな大げさな」


 ただの底辺Web小説家の駄作。


 そんな小説に一人の人生を変えるほどの影響力はない。


 考えるまでもなく分かることなのに、俺に視線を戻した鈴原の瞳に宿った熱が俺の判断力を鈍らせる。


「あれ? 鈴原さんじゃない?」


「あ、本当だ。男子といるってことは、また告白されてるんじゃないの?」


 俺たちがそんなやりとりをしていると、公園のすぐ近くを通りかかった同じ高校の女子たちからそんな声が聞こえてきた。


 わざわざ公園で二人で会っているという状況を前にすれば、俺が鈴原を呼び出したと思わない方が不自然だ。


 本当はただ鈴原が俺のことを励ましてくれているだけなのにな。


 とはいっても、視線を集めてしまったわけだし、これ以上誤解が広がらないようにしないと。


「えーと、励ましてくれてありがとうな。いつか、気が向いたら続きを書いてもいいかもな。それじゃ!」


「え、ちょ、ちょっと!」


 俺は雑に鈴原に別れを告げると、逃げるようにその場を後にした。


 俺たちのこと見ていた女子たちからしたら、俺が振られてその場から逃げ出したように見えるだろう。


 うん、顔を覚えられるより前に早くこの場を離れよう。


「……気が向いたらじゃ、やだよ」


 後ろにいる鈴原が何か呟いたような気がしたが、俺は上手く聞きとることができなかった。


 都合の良い聞き間違いをするものだ、本当に。


 そんなことを考えながら、俺は足早にその場を離れることにした。




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