第2話 公園に呼び出し


 小説を書いてみようかな。


 そう思ったことがある人は少なくないと思う。


 ネットで小説を読むことができるようになり、Web小説原作の作品がアニメ化と化するようになり、今やWeb小説は身近な存在だ。


 そして、Web小説を読んだとき、一度は思ってしまうもののだ。


 ……Web小説なら、俺でも書けるんじゃね? と。


 純文学とかよりもハードルが低く、門戸も広い。


 一人称で会話ベースの小説で、語彙力が高くなくても何とかなる。


 そんな甘い考えのもと、アニメ化を夢見て小説を投稿した人も少なくないんじゃないかと思う。


 そして、それと同じ数だけ挫折をした人もいるはずだ。


 その中の一人が俺、渡会一。もとい、底辺Web小説家『一会』である。


「うわぁ……本当にいるよ」


 鈴原に指定された公園に行くと、俺よりも先に教室を出た鈴原の姿があった。


 教室を出るときに意味ありげな笑みを向けられたし、いないことはないとは思っていたけど、本当にいるかね普通。


「ていうか、俺に何の用なんだよ」


 普通のラブコメなら、学校一の美少女に呼び出されるなんてフラグビンビンのイベントだ。


 これがラノベなら次の展開を思い浮かべながら、興奮しながらページをペラペラとめくるかもしれないけど。


でも、それが現実で起こってしまうと、浮かれハッピー野郎でいるわけにもいかないのだ。


 放課後に呼び出されるということは、用件は二つに限られるだろう。


 告白かカツアゲか。


 ……財布に札あったかな?


「あっ、一会先生!」


 俺が財布の札をペラペラと数えていると、俺に気づいた鈴原が手を振りながら小走りで近づいてくる。


 いや、先生呼ばわりって。


 茶化してんのかなと思って鈴原を見るが、鈴原はウキウキ気分でにこりとした笑みを浮かべている。


 ふざけて言っている、わけではないのか?


 俺が何も言わずにいると、鈴原は俺の手元を見て首を傾げる。


 おっと、忘れていた。


 俺は思い出したように数えていた三千円を財布から抜き取り、鈴原に差し出す。


「ん? なにこれ?」


「え? なにって、口止め料だよな? 俺を呼び出したのって、創作活動をしていることを言われたくなかったら、口止め料を献上しろって話ではないのか?」


 それとも、こんなはした金じゃ話にならないと?


 俺が少し考えてから、キャッシュカードに手を伸ばそうとすると、慌てたように鈴原が俺の手を止めた。


「ち、違うよ! そんなことしないから!」


「え、まじで?」


 よかった。どうやら、キャッシュカードまでは手を出さないでくれるみたいだ。


 そう思って手に持った三千円だけ渡そうとしたのだが、鈴原にぐいぐいっとその手を押し返されてしまった。


 俺は首を傾げながら、ちらっと鈴原の表情を見る。


「もしかして、口止め料自体いらないってこと?」


「いらないよ! ちょっと、なんで本気で驚いてる顔するの⁉」


 マジで一銭もカツアゲしないの? 鈴原って、天使なのかな?


 俺が財布に三千円をしまい終えると、鈴原は俺にジトっとした目を向ける。


「むー。一会先生、私のことなんだと思ってるの?」


鈴原はそう言うと、ぷぅっと頬を膨らます。


 普通ならぶりっ子に思われる表情も、鈴原がするとただただ可愛くなるから不思議なものだ。


 あんまり直視すると心臓に良くなさそうだったので、俺は鈴原から視線を外す。


 うん。確かに、呼び出されるなりお金を数えるのは少し失礼だったかもしれないな。


「ん? でも、じゃあ、なんで俺は呼び出し受けたんだ?」


「呼び出しって……色々と話をしたかっただけなんだけどな」


「話?」


 わざわざ放課後に呼び出してする話。


 学校から離れた公園で、二人きりでなければ話せない。


 そこまで考ええしまって、俺は勘違い一歩手前までいきそうだった思考を強制終了させた。


「えっと、何から話そうかな」


 ……何からって、そんなに話すことあるのか?


 鈴原は少しだけ高揚感を覚えていそうな表情で、口元を緩める。


 勘違いするなよ、するなよ、俺の心よ。


 俺が自分の心を落ち着かせていると、不意に顔を上げた鈴原とぱちりと目が合った。


「最近小説書いてないでしょ? それって、なんでなのかな?」


 不安げに眉を下げた鈴原を見て、俺は別の意味でどきりとした。


 小説のこと、やっぱり触れるのね。


 まぁ、俺のことをペンネームで呼んでいる訳だし、それ系の話だよな、うん。


 どう応えるのがいいのかと考えて、俺は一つ引っ掛かりを覚えた。


 あれ? なんで鈴原が俺の更新頻度のこと知ってるんだ?

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