クラスのS級美少女は俺の熱烈なファンだった。いや、俺ただの底辺Web小説家なんだけど。
荒井竜馬
第1話 スマホを落しただけなのに
学校の休み時間をどう過ごすのか。
これは友人が少ない、ほとんどないないと言っても過言ではない俺にとっては重要な問題だ。
休み時間に話すような友人はいないし、毎回寝たふりをするのは無理がある。
そうなると、残された手段はスマホをいじるくらいしかないのだ。
俺はそんなことを考えながら、手慣れた手つきでスマホで小説の投稿サイトを眺めていた。
あっ、この小説更新されてたんだ。
こんな感じで、ボッチの俺の休み時間は小説投稿サイトを巡回で終わる。
寝たふりをするよりもこっちの方が休み時間を有効利用できるしな。
そんなふうにぼぅっとしながらスマホをいじっていると、俺の隣を一人の女子が小走りで通り過ぎる。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、俺は思わず顔を上げる。
その女子は軽やかな足取りで黒板のすぐ前にいる女子グループに合流すると、すぐにパァッとした笑みを浮かべていた。
彼女からは夏の清涼感や青春の一ページを感じずにはいられない。
クラスどころか、学校一の美少女だと噂されている女の子。それが、俺の視線の先にいる鈴原凛(すずはらりん)という人物だ。
……本当に、アニメとかラノベから出てきたような女の子だな。
俺はそんなことを考えながら、スマホをポケットにしまって立ち上がる。
新しく更新されている小説を読むよりも先に、トイレにでも行っておくとするかな。
俺はどうせすぐにスマホを見るだろうと思って、画面を消さずにそのままポケットに雑にしまうと、教室の扉の方へと向かう。
そして、教室を出る寸前、俺はちらっと教室の方に振り返ってみた。
すると、クラスのほとんどの男子たちの視線は鈴原に向けられていた。
……まぁ、あれだけ可愛い子がクラスにいれば男子なら目を離せなくなるよな。
一学期のうちにあと何人鈴原に告白して振られるだろうか。
高校に入学して初めての夏休みが近づいてきているわけだし、夏休み前の駆け込みラッシュが始まるのもそう遠くはないだろう。
まぁ、俺には関係のない話だけどな。
そんなこと思いながら、俺は教室を後にした。
「ぎゃっ!」
「おっと、わりぃ!」
そして、廊下に出た瞬間、俺は運動部の鬼ごっこに巻き込まれて、体を軽く跳ばされてしまった。
「大丈夫か? えっと、渡辺くん」
「ああ、問題ない。……名前以外はな」
同じクラスのサッカー部員、森山は俺に手を伸ばしながら不思議そうに首を傾げる。
いや、なんでしっくりきてない顔してんだよ。
しばらく待ってみても思い出しそうになかったので、俺はため息まじりに口を開く。
「渡会だよ。俺の名前は渡会一(わたらいはじめ)だ。」
「あれ、まじか。名前の順で一番最後だから、渡辺かと思ってたわ」
「いや、なんだその覚え方」
名前の順で渡辺よりも後の名字なんて、ほどほどにあるだろう。
例えば、和良地さんとか……そう言われれば、他に思いつかないかもしれない。
「まぁ、名前は置いておくとして、怪我とかしてないか?」
「怪我はしてないから問題はないぞ」
俺がそう言うと、森山は安心したように胸をなでおろしてから、もう一度謝って教室に入っていった。
……なんか、嵐みたいなやつだな。名前の件は置いたままみたいだし。
俺はそんなことを考えながら、ほこりを払いながらトイレに向かおうことにした。
しかし、俺はすぐにその動きをピタリと止めた。
「スマホが、ない?」
さっきポケットに入れたはずのスマホの感触がない。
まずいな、雑にしまいすぎた?
慌てて辺りを見渡すが、スマホの姿は見当たらない・
廊下にないということは、もしかして、教室の中か?
俺がひょこっと教室の中を覗くと、そこには思いもしなかった光景が広がっていた。
え? なんで、鈴原が俺のスマホ持ってるの?
鈴原は目を見開いたままじっと俺のスマホの画面を見ている。
俺のスマホを拾ってくれたみたいだけど……え、なになに? なんでそんな顔してんの?
普通、拾ったスマホを食い入るように見ることなんてある?
一体、鈴原に何を見られているのか。俺はそのことが気になって、少し近づいてみようとした足を一歩踏み込んだ。
ガンッ!
「いっつ」
そして、俺はそのまま肩を教室の扉にぶつけてしまった。
その音を聞いて、鈴原はびくっと体を跳ねさせてから顔を上げて俺を見る。
うわっ、急にこっち見るなよ。ドキッとするだろ。
俺は整い過ぎている顔から一瞬目を逸らして、鼓動を落ち着かせる。
よっし、もう大丈夫だろう。
「えっと、鈴原さんが拾ってくれたのかな? それ俺のスマホなんだけど」
「え、これのこと?」
「うん、それのこと」
鈴原は俺と俺のスマホを交互に見てから、ぱちくりとした目を俺に向ける。
そして、鈴原は口元をニッと緩ませてから、俺に近づいてスマホを手渡す。
スマホを渡すだけにしては、近すぎる距離で。
いやいや、本当に近すぎるだろ。可愛らしいお顔がすぐ近くにあるんだけど。
「す、鈴原さん」
「放課後、下塚公園に来て」
「え? し、下塚公園?」
内緒話でもするかのような声量でそう言うと、鈴原はこくんと頷く。
下塚公園というのは学校から駅に向かう方向とは逆側にある公園だ。
……え、今、俺は学校一可愛いと言われている女の子に呼び出しをされてるのか?
突然過ぎるラブコメ展開についていけず俺が固まっていると、鈴原はこそこそ話をするときのように手を口に添えて、俺にしか聞こえないような声と共に笑う。
「待ってるからね、一会(いちえ)先生」
鈴原の言葉を聞いた瞬間、全身からぶわっと良くない汗が噴き出した。
黒歴史を突かれたような小っ恥ずかしい感情が、一気に体を熱くさせる。
な、なぜ鈴原がそのことを知っている?
俺が口をパクパクとさせていると、鈴原は俺の考えを察したのか、ちょんちょんっと俺のスマホを指さした。
スマホに表示されていたのは、つけっぱなしになっていた小説投稿サイトの画面。
不運にも、その画面はマイページが開かれており、そこには『ペンネーム 一会』と書かれた一文が。
『一会』。
それは、俺が昔小説を書いていた時のペンネームだった。
「は、はは、」
引きつった俺の笑みに対して、鈴原は静かに笑みを深める。
鈴原の浮かべている笑みが天使の笑みなのか、悪魔の笑みなのか。
それはきっと、神様にも分からないんじゃないかと思うのだった。
スマホを落しただけなのに、俺は学校一の美少女に呼び出しを食らう羽目になった。
……俺のペンネームという爆弾を人質にされて。
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