第5話 運命的な出会いの確率


「うわぁ……またいるよ」


 指定された下塚公園に行くと、時計台のすぐそばに俺を呼び出した張本人がいた。


 俺は二日連続で学校近くの公園に呼び出しを食らっていた。


 それも、二日連続で学校一の美少女である鈴原凛にだ。


 確かに、俺を呼び出したのだからその場にいるのが普通だろう。でも、本当にいるかね、普通。


「あっ、一会先生!」


 俺がどうしたものかと考えていると、俺に気づいた鈴原が手を振りながら俺のもとに駆け寄ってきた。


 なんだ、この青春を感じを得ない状況は。


 そして、なんだこのデジャブは。


「ちょい、先生は恥ずかしいってば」


「え、でも、一会先生じゃん」


「いや、そうなんだけど、先生と言われるような感じではないと言うか……」


 ただ俺のもとに駆け寄ってきただけなのに、髪が揺れるだけで光の残滓を振り撒くような女の子。


そんなこと放課後に二人きりとか、なんのラブコメだよと突っ込みたくなる。


 なんか変に緊張するから、じっと俺を見ないで欲しいんだけどな。


「えっと、それで何か話があるんだっけ?」


俺が早口気味にそう言うと、鈴原は思い出したように小さく声を上げる。


「なんで昨日、急に私を置いて帰っちゃったの?」


「いや、別に急ではなかっただろ」


 むしろ、自然な会話の切り上げだと思うのだが。


 しかし、そう思っているのはどうやら俺だけみたいで、鈴原は不満げな顔をしている。


「昨日、一会先生言ってくれたよね。小説を『気が向いたら書く』って」


「ああ、そう言ったな」


 何のことで呼び出されたのかと思ったが、やはり話というのは小説に関してのことだったみたいだ。


 昨日十分に励ましてもらったから、これ以上励まされてもなと思っていると、鈴原は寂し気に顔を俯かせる。


「それだと一会先生の更新を待っている身としては、結構辛いんだけどな」


 鈴原はそう言うと、いじけるように地面を蹴る。


 非常に可愛らしくていじらしい言動ではあるが、俺はその言葉に引っ掛かりを覚えて首を傾げる。


「えっと、その言い方だと鈴原さんが俺の小説の更新を待っているように聞こえるけど?」


「うん、そうだよ」


「……ん?」


 今、何て言った?


 こくんと頷いて俺を真剣に見る鈴原の目は、冗談を言っているようには思えない。


 え、本当に鈴原が俺の小説の更新を待ってるの?


 ……まてまて、状況を少し整理しようじゃないか。


 俺の書いている小説にも数人だがフォロワーがいる。


 底辺作家と言えど、モノ好きというのは一定層いるからだ。


 しかし、あくまで一定層。


 二桁しかいないはずの俺のフォロワーが、こうして俺の目の前に現れる確率はどのくらいだろうか?


 はたまた、同じクラスにフォロワーがいるなんて確率はどのくらいだろうか?


 そんな確立を求めるくらいなら、もしかしたら宝くじが当たる確率の方が高いかもしれない。


いやいや、さすがに信じられないよな。


「あ、信じてないでしょ」


俺がそんなことを考えていると、鈴原が不満げな顔で俺にスマホの画面を見せつけてきた。


 そこに表示されていたのは、『すずの音リン』のユーザーのマイページの画面。


 俺はその画面とにらめっこをしながら、首を傾げる。


「ん? 『すずの音リン』? すずの音……え、いつもコメントくれてる『すずさん』⁉」


 『すずの音リン』。


 俺の作品だけでなく、俺自身をフォローしてくれているフォローさんだ。


 そして、コメントだけでなく、評価を付けるときも凄い褒めてくれる俺の数少ないファンと読んでも過言でもない人物。


 え、ほ、本人なのか?


 俺が驚いて顔をスマホから上げると、鈴原はふんすっと得意げな顔をする。


「そうだよ。私が『すずの音リン』。一会先生がいつも『すずさん』って呼んでくれてるフォロワーだよ」


「いや、え、なん、なんで? え、こんな出会い方ってあるのか?」


 俺が驚きのあまり上手く言葉を話せずにいると、鈴原はより一層浮かべていた笑みを深める。


「あれ? また鈴原さんいる」


「え? また告白? んー……あれ? 昨日と同じ男の子じゃない?」


その声が聞こえた方に顔を向けると、そこには昨日も会ったと思われる女子たちの姿があった。


なんで二日連続でこんな所通るんだと思う反面、二日連続でこんな所にいる俺たちもどうなのかと思い、俺はぐっとツッコもうとした言葉を呑み込む。


 俺がいち早くこの場を離れようと後退ろうとすると、鈴原の手が俺の手首を掴んだ。


「ま、まって!」


 初めて触れられた女の子の手の柔らかさに、俺は体が熱くなるのを感じる。


 俺が鈴原の手からじんわりと伝わってくる熱に戸惑いながら鈴原を見ると、鈴原は自分でもその行動に驚いたのか、一瞬手の力を緩める。


「あっ……え、えっと」


「鈴原、さん?」


 そして、鈴原は朱を差したように頬を赤くしてから、意を決したように顔を上げる。


「ま、まだ話したいんだけど……ダメ、かな?」


 躊躇いがちの口調は不安そうで、普段とのギャップのせいで俺は何も言えなくなる。


 ……ダメなわけがないでしょうが。


 反射的に漏れそうになった言葉を必死に押さえ込んで、俺は口をつぐむ。


 さすがにその顔で、その言葉は反則過ぎるだろうが。


そう思いながら、俺はこちらに視線を向けている通行人の女子たちを見る。


 彼女たちは鈴原の行動が意外だったのか、目を見開いて俺たちの様子を食い入るように見ていた。


 いや、少しはバレないように見なさいよ。


 告白だと思っているのなら、なおさら。


「……場所を変えよう。人目がない所なら、話くらい聞くから」


 何よりずっと俺の執筆活動を支えてくれていたフォローさんの言葉だ。無碍になんてできるはずがない。


 俺がそう言うと、鈴原は目に見えて表情を明るくさせた。


 こうして、俺と鈴原の放課後は少しだけ延長戦にもつれ込むのだった。

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