第11話 経験

 俺は夕飯をお預けにして不知火燈叶と二人でリビングの掃除をすることになった。


 不知火は何やら先ほどからフッフッと息を荒げ掃除をしている。どんだけ掃除が好きなんだよ…他人の家を血眼で掃除する様子はかなり不気味である。


 幸いゴミは貯まっていたものの、何となくまとめていたためゴミ袋(大)にまとめて突っ込み床に掃除機をかけるぐらいで済んだ。物量はそこそこあったので純粋に手伝ってくれるのはとてもありがたい。


 掃除の際見ててわかったが、不知火燈叶はかなり手際がいい。やはり妹がいるからなのか家庭的ってやつだ。


「うん、リビングは綺麗になったな」


「本当に助かるよ」


「当たり前だろ、…彼女なんだから」


 と言うと再び頬を赤らめる不知火燈叶。毎回そのセリフ言うたびに照れ隠しなのか目をそらされてしまう。「彼女だから」を理由に何でもしてくれそうな雰囲気まである。


 今目の前にいる世話焼きツンデレメガネっ子は仮にも俺の彼女だ。とてもあの不良で名高い不知火燈叶とは似ても似つかないので、正直まだまだ受け入れられない。

 

 一体何を企んでいるのだろうと思ってしまうのは俺の性格のせいだろう。俺は俺自身のスペックをわかっているつもりだ、人前では普通を演出してるがひねくれ者の俺を恋愛対象として好きになるやつの方がヤバいとまで思っている。実際噂通りなら不知火燈叶もちゃんとヤバい分類になる。


「…まさかとは思うが、不知火さんってその見た目で恋愛経験が無かったりするのか?」


 ビクッと不知火燈叶の肩が跳ねた。


「…うるさい。なんだよその見た目って!!は、羽柴だって今まで彼女の一人もいなかったんだよね?ね??」


 もの凄い勢いででこちらを睨み距離まで詰めてきた。若干涙目にもなっており、特に「ね??」の圧が凄い…これは図星だな。


「一応俺は恋愛経験あるぞ?中学生の頃だけどな」


「ウソぉ!!?」


 目を見開いた上に口まであけて驚き顔をされてしまった。


 実は中学の頃は陸上部に所属していてそこそこ足が速かった。陰ながら応援していたと後輩に告白され、舞い上がった俺は勢いで付き合うことになったのだが。


 学生特有の悪ノリ。周りが事あるごとに俺とその後輩をニヤニヤしながらくっつけようとする、いわゆる茶化しが大嫌でつい思ってもないことを後輩に言ってしまった。そもそも相手のことを全く知らなかったから彼氏らしいこともすることなくそのまま一週間足らずで自然消滅。今思えばあれは周りのみんなにいじめられていたんだと思う。


 実際これがきっかけで恋愛に奥手になってしまったのだ。あまりいい思い出じゃないから思い出したくもない。


 逆に不良ギャルが恋愛の一つもしてこないわけがない気もするんだけど。


 俺の偏見だが特に女子高校生という生き物は恋愛が大好物で、ちょっと可愛かったり大人びている同級生なんかは年上の男性に憧れがあり大抵ヤンチャなお兄さんや、大人の男性と付き合ってたりするもんだと俺は思っている。


「へ、ヘェ〜ふーん?そうなんだ?まぁアタシはついこの間まで高学歴高収入イケメンと付き合ってたし??」


 ひきつった表情でカタコト語る不知火燈叶は俺と目を合わせてくれない。これは言うまでもなく黒確定だろう。


「まさか不知火燈叶が恋愛をしたことがないなんて意外だな。」


「っな!」


 おっと、つい考えていることを口に出してしまった…


「まぁ、そこ別に張り合う必要なくないか?なんだその高学歴高収入イケメンと女子高校生が付き合ってるとか胡散臭すぎだろ!仮にもカレカノだったら普通はそういうの喧嘩の着火剤にもなりかねないからやめたほうがいいと思うぞ」


「...ねぇ仮にもってどういうこと?アタシたち恋人同士だよね??」


 しまった。


 言及してきた不知火燈叶の声はワントーン下がっている上に体が震えているので怒らせてしまったのかと思いきや、よく見るとにも泣きそうな表情をしていて動揺してしまう。


「えっ、いや今のは言葉のあやと言うかなんというか…すまん俺が悪かったです」


 実際には俺が不知火と付き合っているという事実をいまだに受け入れられなくてぽろっと発言してしまった言葉だ。まさかそんな反応をされるとは思わないじゃん?焦る焦る。


「いいよ、アタシも悪かったし。じ、じゃあ…アタシの事どれぐらい好き??」


 えっあれっー??!不知火さんさっきからキャラ変わりすぎやしませんかね?もしかして放課後になると別の人格が出てくる病気だったりするのか?一周回って怖くない?喧嘩のしすぎで頭でも殴られちゃったのかな?


 デレデレ過ぎて困惑してしまう… 


「ど、どれぐらいってこんぐらい?」


 とりあえず場を収める為めいっぱい大げさに両手を広げて見せる。


「嬉しいっ!!」


「うぉっ!??」


 機嫌が直ったかと思うと急に不知火燈叶が抱き着いてきた。両手を広げていた為、抱き着かれた衝撃でこちらも抱き返したような体制になる。


「・・・ちょっと不知火さん??」


「・・・///」


 恥ずかしい事に俺は異性と付き合ったことはあるものの実は手すら繋いだこともない。どうしていいかわからず棒立ちになってしまう。というか放心状態だ…


 徐々に不知火燈叶の熱い体温とトクントクンと早まっている鼓動を感じた。学校では人当りがキツく強そうな印象の不知火燈叶も、こうして腕の中におさまると密着している部分全身柔らかくて力を入れたら壊れてしまいそうだ。


 パッとみ須本さんより控えめだと思っていた不知火燈叶の胸も凄まじい破壊力がある。決して小さいとは言えない二つのふわふわは密着していることでかなり主張されていて、よくアニメや漫画でヒロインの胸を背中に感じるサービスシーンがあるが主人公の反応は決して大げさではなく、胸への意識を無視できるものではなかったのだ。


「し、不知火燈叶さん??」


 全身がみるみるうちに火照っていくのがわかる。俺も現役男子高校生だ。本当は欲に負けていつまででもこうしていたい気持ちではあるが、流石にこれ以上は色々とまずいので不知火の肩を両手でつかみゆっくりと引きはがそうとするのだ、が。


 あ、あれ?ビクともしない…ちょっと待って?柔らかいどころかだんだん締め付けられるような痛み。まるでしなやかな縄で縛られているような…


「不知火さん??おーい?」


 よく見ると俺の胸に顔をうずめている不知火の顔面はゆでダコのように熱く赤く、目はバキバキにかっぴらいて何やら息までも荒い。えっ、怖い怖い怖い!!!


「フ―――ッ、ッふぅうう」


「ええっ!?不知火さん!!痛ッ…お、おい!!」


 ダメだ全然聞こえてない。どうやら掃除している時も聞こえてきたが不知火燈叶は興奮すると猫がキレた時のようにフーッフーッいうらしい。


 それどころかどんどん俺を抱きしめる両腕の締まりはきつくなっていく。これはハグとか可愛いものじゃない…相撲の決め技、鯖折り!?


「おい不知火やめっ、ぐぅあああああああーーーーーーッ!!!」


 二人きりしかいないこの一軒家に俺の悲鳴が響き渡った。

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