第40話 強者と弱者

「へっ、一人か。鉄平は何を考えていたんだろうなぁ」

仲間は逃がした、仲間の為にやれることはやった。後は俺の好きなようにやるぜ。

考える事が無くなって頭がはっきりする。要はこいつをブチのめせばいいんだ、後のことは知らん。


「おりゃあぁぁ!」

正面から突っ込んだら案の定上から棍棒を叩きつけてくる。体がデカすぎるから横薙ぎがやり難いんだろ?サボりやがって間抜けが!

「おりゃりゃりゃりゃ!」

【襲爪】の連続蹴りでデカブツの体を切り裂いていく、だけどこれじゃ効かねぇんだよな。なんとか首辺りまでいかねぇと。

「だがその前にっと」

デカブツの体は脆い。タフだが皮膚が弱いんだ。分厚い筋肉の盾と痛みに鈍感なせいで効いているのか分からんが、筋肉の無い部分はどうだ?

狙いは伸ばした腕の内側、肘の内側を切り裂く。ごっつい血管が浮いて見えてんだよ、人間と同じならここを切っちまえば。


「こいよデカブツ!打って来い!それしか能がねぇんだろうがよ!」

言葉が通じているとは思わんが挑発する。少しだけ距離を取って、ほら、叩きつけて来い。さっきと同じでいいんだぜ。

『アアアァァンンンアア!』

なんだその声?怒ってんのか?笑っちまうからやめろよこんな時に。


ブオン!


来た!この叩きつけに合わせて前に出る!どれだけ威力があっても当たらなきゃ関係無い。ビビることはない、やられたって俺一人だからな!

「キャエエアアァァ!!」

迫る死を皮一枚ですり抜けたその先の無防備な腕、柔らかな肘の内側を渾身の蹴りで切り裂いた。

『ブゴオオオオオオ!』

ははは!効いたようだな!靭帯が切れた痛みに悶えてやがる。これじゃ只でかいだけの間抜けだ。ウドの大木っつうんだったか?切り落としてやる。


今度は悶えるデカブツの膝裏を断ち切って倒れさせる。タフだと思っていたのに痛みに泣くガキの様なやつだ。皮膚の神経が鈍いのか?咲耶のスキルで怯まなかったのは?

そんな考察をしながら、倒れたデカブツの目玉と首を切り裂いて距離を取った。暴れているがこのまま消えるだろう。

慌てなければ十分対処できる敵だった。ここは下級ダンジョンなんだ、こいつも所詮下級のモンスターなんだろ。


今の戦いは良かった。これがダンジョン、これが攻略か。

「鉄平よ、生きてろよ。ダンジョンはこんなにも楽しいぞ」

気分良く顔を上げたらドロリと血が垂れてきた。ギリギリ当たってたか。

暗くなる視界の中で玲司が凄まじい形相で走ってきていた。



――――――――――



「寝るな蓮!何度もやってられるか!」

前のめりに倒れる蓮を受け止めて頬を張りまくる。モンスターが消えていく所は見た、生きているなら咲耶が治せる。だから寝るな、寝かせてたまるか。

「気を入れろ!松原がまだ見つかっていない!寝るな!」

「ぶっ!智子がぶっ!どうなぶっ!やめろっ!」

「よし、頭以外に怪我はないか?咲耶急いで治してやってくれ」

蓮は一人でアレを倒したのか。どうやって?動きが遅いと言ってもスケールが違う、ただ手を振るだけで広範囲が死地になるはずだ。


「智子が見つかってないってどういう事だ!どうなったんだ!」

「お前と同じだ」

「っ!そうか、あいつならそうするだろうな」

二人が敵を引いてくれたのは無駄じゃない、あの時囲まれていたら全員死んでいた。

だが今なら戦える自信がある。何が変わったのか?それは戦う意志だろう。今あの化け物が目の前に現れたら、俺は涎を垂らしながら殺すかもしれない。手段は選ばない、敵は殺す。それが俺の意志。




「戦闘音は聞こえない、松原が逃げていると信じて探すしか無いな」

大声を上げるわけにはいかない、別れて探す事も出来ない。もどかしい気持ちを押し殺して周囲を捜索する。

松原が逃げた方向だけは分かっている、見つからないという事はそれだけ遠くに逃げ続けているという事だ。そうに違いない。


「……おい」

九条が何かを指差している。

松原は逃げているんだ、ここにはいない。

「智子ォォォォォ!」

やめろ、大声を出してまたホブゴブリンが来るかも知れない。

「ともちゃん……」

「回復させます」

何を言っている、あんな、あんな……

あんな状態で人間が生きているわけがないじゃないか。



そこには人形が落ちているだけだ。弄ばれて、半分に千切って捨てられた人形が。







「絶望する必要はないわ、やる事は変わらないもの。必要なものは全部揃ってる。奇跡かもね」


ここに来る前に別れたセリナが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る