第38話 処刑場

「もういいだろう、さっさと行くぞ」

「あぁ。全員手筈通り頼む、大型が出たら優先だ」


3階層へ降りた。地下なのに随分と天井が高い。疎らな柱で支えられるとは思えないが、ダンジョンにそんなものは関係ないのか。

ここまでに見慣れた筈なのに、これまでにない不気味さだ。まるで巨大な生物に取り込まれたかの様、ただここに居るという事に強い忌避感がある。

降りてすぐに囲まれる事を覚悟していたが、魔物の姿は無い。

「静かだな。九条、とりあえずボス部屋の位置は分かるか?」

「真っ直ぐ進むだけだ」


薄暗い空洞を進む。先が見通せず、どこまでも空洞が広がっているかの様に錯覚してしまう。

何度も振り返り帰還の道を見失わないようにする。魔物への警戒、減り続ける物資、疲れ、不安、恐怖、こんな所に長く居たら頭がおかしくなりそうだ。

「止まれ、何か来るぞ」

九条の言葉に立ち止まる。周囲を警戒しても何も見えないが地面が揺れている。

「魔物が見えたらすぐに九条の後ろに下がるんだ!ここまでと同じ流れでやるぞ!」



ドズンドズンと地鳴りが迫ってくる!ホブゴブリンという奴か?

地鳴りが近づき薄暗い洞窟の先にシルエットが現れた!大きい!何だこれは!!

『ウゥォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!!!』

馬鹿な!!体高10mはあるぞ!

「でかい!なんだありゃ!」

「あ、あんなのどうするのよ!!」

「手筈通りやるんだ!矢とスキルを叩き込め!」

集中攻撃をするも効果が分からん、矢は刺さりスキルは皮膚を切り裂くが意に介さず、手に持った棍棒を振り上げて突進してくる。

「九条!やれるのか!」

九条は黙ったまま腰を落とし身構えている。あの棍棒を受け止めるつもりか?出来るわけが…いやスキルか!


『ウォ゙ォ゙!!』

「【大防御】!!」


ゴガン!!


受け止めた!真上から落ちてくるような強烈な大質量攻撃を九条は盾で受け止めた。物理法則など放り投げた異様な光景だ。

『ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!』

一撃を止められたホブゴブリンは構わず連撃を放ってくる。凄まじい破壊音が鳴り響き、一撃一撃に籠められた力を窺わせる。こんなものに人間が耐えられるのか!?

「ぐぅぅっぅ」

「いかん!攻撃しろ!顔面や首を狙うんだ!」

「おらよっ!」

蓮が振り下ろされた棍棒を足場にして駆け上り連撃を叩き込んだ。スキルで蹴りつけた皮膚は激しく裂け血が吹き出す。それでも連撃は止まらない。

「咲耶!頼む」

「【魔閃】!」

光線が容赦なくホブゴブリンの胸を貫いた。やはりこのスキルは破格だ。

「はっ!はっ!はっ!」

光が何度も体を貫くが奴は止まらない。攻撃範囲が細すぎるのだ。やがて死に至る傷ではあるが鈍いゴブリンは構わず暴威を揮う。

「【鳥糸】!」

【魔閃】の開けた孔に糸をねじ込んでかき混ぜてやる。どうだ!鈍いお前でも少しは効くだろう!

『ガァァァァァオ!』

「山宮!やつが怯んでいる隙に九条を下げるんだ!残りは撃ちまくれ!」






「化け物め、大型とは聞いていたがホブゴブリンがここまでの存在だったとは」

体中を穿たれ、切られ、打たれ、やっとホブゴブリンは倒れた。この1戦だけでこちらは疲労困憊、矢の残りも殆ど無いだろう。九条には見せたくなかった咲耶のスキルにも頼ることになった。

「九条はどうだ」

「意識は戻りませんが治療はしました。直に目覚めるでしょう」

九条は化け物の攻撃を受けても下がらず、最後まで一人で攻撃を受け止めた。意識を失ったのはホブゴブリンが消えた後だ。目覚めれば【回復魔法】にも当然気付かれるだろうな。高価なポーション等は持っていない。

「大した奴だ」

「えぇ、しかし彼も3層は初めてだったようです」

くだらん見栄を張ったな。だがこいつが余裕を見せた事で行けると感じたのは間違いない。


「九条を起こして鉄平を探そう。ホブゴブリンがリポップする前に見つけたい」

鉄平、生きていろよ。お前一人ならあのデカブツ相手でもなんとかやり過ごせるよな。

下級ダンジョン。甘く見ていたと認めるしか無い。上層で稼いでいるのと下層を攻略するのでは雲泥だ。

これが本物の戦い。ダンジョン攻略者が尊敬を集めるのも当然だな。





「小型の魔物の姿が見当たらないな」

「事前の話じゃここまで出た魔物にホブゴブリンてのが混ざるって話だったが、随分違うじゃねぇか」

これは何か異変なのだろうか?わからないことばかりだ、あの化け物だってホブゴブリンなのかわからない。全く別の魔物がゴブリンの代わりに現れた異常な状態なのかも?

「九条が起きたら早く移動しよう、まずはボス部屋を見ておきたい。とりあえず警戒を絶やさずに……」


周囲を警戒していると遠くに大きな影が見えた気がした。馬鹿な、あんな物が複数居てたまるか。ここは下級ダンジョンだぞ。そんな事があるはずがない、そんな中で鉄平が生きていられるわけがないのだから。




ドズンドズンドズンドズン!

「畜生、ふざけやがって!!九条を叩き起こせ!2階層まで引くぞ!」

大きなシルエットが近づいてくる、九条が起きてもこのまま戦うのは不可能だ。

「山宮!抱えられるか!?」

「なんとか!でもすっごく重い!」

「起きろ九条!死ぬぞ!!」

階段までの距離は短いがホブゴブリンが早い、間に合わない!

「仕方ない、俺がちょいと時間を稼いでくるぜ。一番近いやつに攻撃するってのは変わらない様だしな」

「待て!やめろ!無茶だ逃げるんだ!」

「急いで逃げてくれよ」

「蓮!やめろ!!」

「あばよ」

「レン!もどってこい!!」

馬鹿な!こんな事が!何故こんな!いや、最初から無茶な事だった、俺が間違えたんだ、今もさっさと引き上げていればよかったんだ!俺の判断ミスだ!!


「水島くん!左からも来てるよ!」

「…っ!」

やってやる!薄汚い魔物風情が!ダンジョンなんぞが!

「俺が行く!お前らは引け!やってやるぞ!」

「馬鹿!しっかりしなさい!」

「松原?」

「あなたが抜けてどうするのよ!水島君は3人を家まで帰らせなさい!2人は助っ人だし咲耶ちゃんは後輩だからね。わ、私はパーティのリーダーだから、だから」

「なにを…」

「しっかりしなさいよ!私の頑張りを無駄にしたら許さないから!」

「やめろ!俺が行く!」

「じゃあね」



……託された事だけは絶対にやる。この3人は何があっても返す。

「山宮、手伝うからこのままひきずるぞ!」

「私も手伝います」

くそっ!重い!何キロあるんだ!

「起きろ!起きろ九条!」

「ぐっ、なんだ、なにが」

「よし!九条立て!逃げろ!逃げるんだ!!」

さっきからもう1体走ってきているのが見えている。

九条が無事でよかった。九条ならきっと3人で脱出できる。

「頼むぞ九条、まっすぐ脱出するんだ。振り返るな、俺も後で追いつく」

「そんな、水島くんまで!みんな…」

「いけ!」


ホブゴブリンに向かって駆け出した。来い化け物、ダンジョンに縛られたお前はルール通りに俺を狙うことしか出来ないんだろう。

少し時間を稼ぐだけでいい、階段はすぐそこだ。

化け物の足を避けて回り込み、別方向へ引っ張る。すぐに方向を変えて殴りかかってくるはずだ。引っ掻き回して目玉くらいは抉ってやる。

が。

『ブォ゙ォ゙オオオ!!』

「なっ!?何故だ!こっちに来い化け物!」

何故俺に反応しない!見えていないのか?気付かなかった!?馬鹿な!こんな時に!

「やめろ!こっちに来い化け物!ここにいるぞ!!」



化け物は俺を無視して進み、巨大な棍棒を叩きつけた。

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