第32話 伝説の腹パニスト

名も知らぬお姉さんの家にお泊りしてしまった。

普通にお世話してもらい非常に気恥ずかしい。しかも深夜に洗濯乾燥してもらって料理まで。これが年上の包容力とでも言うのか、見た目は中高生にしか見えんのだが。


「お姉さんありがとうございました!今までちゃんと名乗っておらず失礼しました!俺、社鉄平です!」

「あぁいいよ、ちょっとお節介焼いちゃったね。これからご贔屓にしてもらえばいいから」

ありがてぇ、ありがてぇ。朝ご飯までいただいてしまい大変恐縮でございます。

「それで少年、なんで一人で突っ走ってたの?それくらい聞かせなよ」


ぐううう言いたくないでござる。しかしそんな事を言える立場ではない。

仕方なく掻い摘んで話した。


「ふーん、まぁその娘が特別凄いって考えたほうがいいよ。少年も十分将来有望だからね」

「いえそんなこと。俺なんて女子にワンパンされる程度ですから…」

ゲロ吐いて失神KOだぜ?思い出すだけで顔が熱くなる、お姉さんに話すのは拷問だったよ。

「あのさぁ、少年は昨日やっと下級だろ?それでソロで潜れる探索者がどれだけ居るか考えたことある?ここのダンジョンに潜ってるのは大半が下級で2回レベルアップしてPTも組んだ上で、更に他PTと疑似的な協力をしてゴブリンを狩ってるんだよ。もちろん自分のスキルを活かし装備も整えてだ」

「ここに来たのは元々あえて背伸びして来たんですけど、他PTの人も苦戦してるの見たこと無いですよ」

「そりゃそうさ、みんな怪我をしないように注意して注意して、安全に稼いで卒業していくんだよ。そんな連中が中級でやっていけるわけ無いからね。最初から安全にここまで稼いでそれで終わりなのさ。終わり方は色々だけどね」


それは知られたことだ。下級で3回レベルアップしたらもう下級ダンジョンでは魔石がドロップしない。中級からは宝箱が出るが、罠も設置されて魔物も強く、難易度は跳ね上がる。探索者は多いが中級以上の探索者はそれほど多くない。

しかし下級上位での稼ぎは十分に多い、レベルアップの高揚感も大きい。賢くやめるつもりでここまで来て、みんな素直にやめていけるかと言うと…。


「少年には間違いなく素質がある、有効なスキルを手に入れた事で格上に挑戦する素養もある。何より心が強い、魔物を恐れないのは危険ではあるけど探索者には必要な事さ。危険を避ける利口なやつは探索者になる必要がないからね、運と実力のある馬鹿が強い業界なんだよ」

「そうなんでしょうか…」

俺の心はあの拳にバキバキに折られてしまった。俺に素質があったとしてもそれは山宮には遠く及ばないんじゃないか?咲耶のスキルに比べて俺はなんだ?


「なんだいその顔は?ボロボロの装備でソロダンジョンなんて尋常じゃないんだよ、一時興奮してるくらいで出来る事じゃない。あんたは自覚が無いだけでもう並の人間じゃないんだ。必ず大物になるよ。お姉さんが保証してあげよう」

「まじっすか」

「大マジさ」

そうなのか、そうなんだろう。そう思おう。凹んでたって仕方ないじゃないか。俺はこれからもダンジョンに通うし、賢く立ち回ることは出来ない。どうせなら自信を持って堂々とかっこよく行こうぜ!


「ありがとうございますお姉さん!あっ、すいませんずっとお姉さんなんて。あの、名前教えてもらえますか」

「今更いいよ、それともお姉さんと仲良くなって慰めてもらいたいの?馬鹿なこと言ってないでそろそろ帰りな!学校あるんだろう」

午前7時丁度、正直このままサボりたい。だけど昨日からどこにも連絡してないんだよなぁ、やばいよなぁ。


「本当にありがとうございました。今日は帰ります。それとこれで装備の整備を出来るだけお願いします、もう色々駄目かも知れないけど。学校終わったらまた顔出します!」

昨日稼いだ内から300万円を置いて飛び出してきた。昨晩は最終的に600万を超える稼ぎになったのだ。もはや上級の稼ぎなんじゃないか?今になって考えると俺やばいな。俺凄い、稼げる男、防御力はまだまだだけど…。






駅に向かうバスに乗る、いつもガラガラなのに今朝は働きに向かう人達でいっぱいだ。面倒だが急いで家に帰ろう。

この人達が毎日バスに揺られながら出勤して、夜まで働いて、それを週に5日、12ヶ月続けてやっと稼げる額を、俺は昨晩だけで稼いだんだ。

それが異常だって事はちゃんと考えておこうと思う。



「ただいま!おはよう!昨日はごめん!」

家に帰ってまず謝罪する。咲耶はもう登校の準備も済ませた様子で、俺も早く着替えなくてはと部屋に向かう。

「待てい!」

武士かよ。

「兄、昨日はどこへ?」

「あーちょっとダンジョンで修行して遅くなっちゃって。お前も見てただろ?悔しくてさ、気がついたらバスが無くなってて」

「無くなってて?」

「お姉さんの家に泊めてもらったんだよ」

「っ!!」

「あ、あのな」

「………汚らわしい」

「えっあっ」

行ってしまった。汚らわしくは無いだろ、君もいつか恋を知るんやで。いや俺は何も無かったけど。

「鉄平くん」

あ、かあさんにもちゃんと謝らないと。振り返って見たかあさんは……






「おはようセリナ」

「おはよ鉄平。随分くたびれてるけど、またダンジョン行ってたらしいわね」

「あぁ。セリナもダンジョンに行く時は絶対連絡するようにな。遅くなる時もだぞ、みんな心配するからな。家族には必ず、なるべく俺にも連絡するんだぞ」

「何言ってるの?」

報告!連絡!相談!はい復唱!!


「静香さんすっごい怒ってたわよ、また夜中までやってたんでしょ」

「それがさぁ、昨日は気づいたらバスが無くなっちゃってて、装備屋のお姉さんが部屋に泊めてくれたんだよ。疲れてボロボロだったから助かったわ」

「………」

「色々優しくしてもらって、励ましてもらっちゃってさぁ。でへへ、年上っていいよな」

「………」

ほんとお姉さんには感謝だわ。何かお土産持っていこうかな。おかげで体も元気だし気分もいい。今日も1日がんばるぞい!



「あ、そうだ。お前ちょっと俺に腹パンしてみろよ」

今日の俺は腹筋カッチカチやぞ。

「は?いやよ」

「ちょっと殴るくらいいいだろ」

「嫌って言ったでしょ?」

ちょっとくらいいだろこいつ…!はぁ、まぁいいや。無理強いは良くない良くない、怒りをコントールするんだ。頼んで断られたからキレるとか最低じゃねぇか。

「ほらぁ!この腹殴ってみろよぉ!できねぇのかぁ?あぁん?」

「なんですって!鉄平のくせに!!」

はははっ、こやつブチ切れおった。滅茶苦茶怒ってる人を見ると逆に落ち着くよね。コレこそが俺の新スキル【挑発】だ。

防御力が欲しくてダンジョンをさまよっていたんだが、もっと来いもっと来いと考えていたのが良くなかったのかもしれない。固くなるスキルじゃなくて敵がいっぱい来るスキルを得てしまった。

タンクに相応しいスキルではある。それにどんなスキルでも活かして行く覚悟が今の俺にはあるのだ。

ウォークライ?知らない子ですね。

それにしてもこいつ怒りすぎじゃね?えらい効いたな。


「お腹出しなさい!」

「ふふっまぁいいぜ」

馬鹿め、俺はレベルアップしたのだ。今回の変化は気休めじゃない、探索者の体を舐めるなよ。

「来なよ、Baby」

「しゃあ!」


ドパァァァァン!!


「おげぁぁあ!!」

俺の体は殴られた部分を中心に『く』の字にへし曲がり水平に吹き飛んだ後、乾いた雑巾の様に転がって止まった。

「おぅぉぉぉ……ば、馬鹿な……こんな、ことが………」

し、信じられん…レベルアップとスキルに支えられたこの俺の腹筋を……この威力は山宮を超えているのでは……。


「死ね!」


プリプリ怒って行ってしまう。なんとか追撃は勘弁してもらえたようだ。

肩を怒らせる金髪美少女の後ろ姿を見ながら俺は倒れた。(3日連続)

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