初級探索者時代

第25話 コテ…コラ…コルテラルダメージ!

「疲れた、昼には早いがどこかでお茶にしよう」

19個の魔石を換金して19万円になった。流石にお高い。魔石は多くが発電に使われているらしく、需要の尽きない高エネルギー体だ。

露店で大きなカップの飲み物を買い、ベンチに座り込む。鎧は脱がず、ヘルメットだけ外して息を吐いた。


「やっぱぜんぜん違うな」


狸を蹴り飛ばしていたのとは違う、本当の戦いだった。

ゴブリンは弱い、ただの中学生である自分たちでも装備を整えたら倒せてしまう。だがそれでもこれは殺し合いだった。負ければ死ぬのだ。

いいんちょの顔色を窺う。何かを真剣に考えている様だが恐怖は浮かんでいない。咲耶はいつもの澄まし顔だ、こいつはなんだかんだで精神が頑丈なんだよ。


「でも大したこと無かったよな!」

「鉄平の言う通りだぜ、簡単に倒せて拍子抜けだ!」

蓮が合わせてくれる。俺達は勝っただろ?ならこんな所で悩む必要なんて無い。

「まぁ待て。鉄平の防御力を突破出来ないのは予想通りだったが、魔物の密度が高い。さっきのも更に応援があったら危険だった」

「そうよ、弓は大丈夫そうに見えたけど魔法は受けたくないわね」

「槍の突きもそれなりの威力に見えました。このチェインメイルでは穂先は防げても体制は保てないと思います」

「俺が前に出れたらいいんだが」

「挟まれたらどうにもならんって事かぁ」

やっぱり対策が必要か。面倒だな、俺1人なら平気なのに。


「他のPTはどうやってるんだ?」

「平均的なPTは弓を防具で受けて無視、杖は詠唱中かその前に仕留める、剣槍は近づく前に減らしてから前衛が処理している。だが俺達には難しい」

動いている的に当てる腕がないか。たぶん俺はボーガンも撃てないから数を減らす貢献も出来ないな。

「俺か玲司が前に出るか?それで3方向行けんだろ」

「いや、俺達はスキルを覚えただけの初級だ、下級まで上げて身体能力を上げないと危険だ」

蓮も黙ってしまう。前でやりたいって顔はしてるが、3体以上の同時攻撃は受けるの前提じゃないと厳しい。


「いいか、俺達は専業探索者になるんだ。100回潜って100回無事に戻れる備えをしてそれでも危険が伴う仕事だ。今のまま潜るのはただのギャンブルでしかない」

玲司の言葉は重い。やれるだけやろうぜとか根性論では生きていけない世界だ。失敗は挫折ではなく自分と仲間の死、全てそこで終わってしまう。

「では生き残る事だけを目標に、怪我を前提にしてはどうでしょう」

咲耶がちょっと怖いことを言い出した。


「怪我は私が治療します。先程の攻撃を見る限り急所に受けなければ致命傷にはならないでしょう。炎に巻かれ槍に突かれ剣に切られても治療出来ます。囲まれたら兄を最後尾にして血路を切り開き立て直せばいいのです」

「さ、咲耶ちゃん?それは危険すぎないかな?」

「先程の手応えからして、敵を倒すのに時間はかかりません。一突き、一打の合間に打ち倒せるでしょう。攻撃を防がず相打ちにするのです。それだけを甘んじて受ければ被害を拡大させずに脱出が可能なはずです」

「駄目だ危険すぎる。治せない怪我を負ったらどうする」

「ゴブリン達は貧弱に過ぎます。兄には攻撃が通らないと確信したから囮にしたのでしょう?その程度の攻撃で致命傷を負うなど考えられません。危険だというなら先程の兄こそ最も危険でした。なにより、致命傷に至らないすぐに治せる怪我を恐れるなど、そんな考えは初級探索者の物でしょう。我々は下級を踏み越える為にここに来たのではありませんか?」

「……本当に治せるのか」

「我々の装備は弓が刺さらないように全身を守っています。ゴブリンの力で切り裂くことは難しいでしょう。打撲なら骨折しても治せます」

俺で試したからね。ちなみに折ってくれたのはかあさんです。どこで覚えたの?


「いいぜ、その時は俺が先頭だ。俺のスキルは単発で斬撃を飛ばすよりも近接で連続蹴りの方が使いやすい。怪我を治してくれるなら薙ぎ払ってやるぜ」

「私は、正直自信ない。そのやり方だと貢献は出来ないと思う」

いいんちょが眉をへにょりとしてイジケたことを言い出した。いいんちょは昔からちょっとハートが弱いのだ。だがらこういう時に励ますのは慣れてるぜ!

「いいんちょはまだスキルを持ってないんだ。いや持っていたとしても何時も活躍するなんて無理だろう。俺なんて攻撃自体出来ないしな。出来ないことを考えるんじゃなくて誰かの長所を活かしていこうぜ。俺はいいんちょがリーダーやってくれて嬉しいといつも思ってるぞ!ありがとういいんちょ!俺達が頑張れるのはいいんちょのおかげだぜ!」

「そ、そう?そっか、私リーダーだもんね!」

ちょろい


「では問題ありませんね?よろしければ再開しましょう」

咲耶の宣言に玲司も返す言葉がなかった。俺1人を囮にしたことを咲耶は怒っていそうだが、本当は玲司が一番気にしているんだ。だから自分たちが傷つく作戦を受け入れたんだろう。




こうして再アタックが決まった。

見た目は何も変わっていないが、俺達の心はほんの少し前とは違う。

自分が傷ついても、仲間が傷ついても、勝って生き残る覚悟ができた。

俺達はもう小遣い稼ぎの初級冒険者じゃない。たぶん

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