第24話 本当の初陣

「おはよう、死ぬには良い日だ」

「縁起の悪い事を言うんじゃないわよ!」

覚悟を決めすぎて朝からいいんちょのローキックをいただいた。へへっ得したぜ。

午前7時30分、駅前で集合してバスで王仁のゴブダンジョンへ向かう。ゴブダンジョンは下級クラスの中での上位ダンジョン。中級ダンジョンに挑戦する前の関門だ。俺達は下級の下位と中位を飛ばして上位に挑戦する。

下位、中位、上位の三段階なのはこの間に3回レベルアップ出来るからだ。その後は中級ダンジョンに行かないと魔石がドロップしない謎仕様。

つまり下位と中位を抜かした分だけスキルに頼れない不利な状況というわけだ。


「今日の挑戦は俺達の浮ついた気持ちを引き締める為だ。危険を肌で感じて今後に活かせればいい。今日の目標は無い、問題が無ければ昼に一度引き上げる。その後は状況次第だ。辛かったら無理はするな。下位ダンジョンから通ってもいいし、挫折して探索者を諦めるには十分間に合う」

玲司が訓示を垂れる。俺と蓮は引くことを考えていない、咲耶は澄まし顔で聞いているが俺と同じ感じがする。いいんちょだけが真面目に聞いていたが、そこはリーダーが声をかけるべきだと思う。



ダンジョン前に着き、装備店で着替えた。しっかり稼いでここに預けて帰らないとな。

「たっぷり稼いできなよ!」

激励だと思っておこう。



午前8時20分。いよいよダンジョンに入る。先に来たPTが侵入の申請をしていたので並ぶ。全員の顔に緊張が浮かんでいる、俺だってそうだろう。初級ダンジョンで簡単な狩りはしたが殺し合いなんてしたことはない。このダンジョンの中では魔物が俺達を殺そうと武器を用意しており、俺達はその魔物を殺して稼ぐのだ。興奮しているのか怖いのか、自分でも良く分からなかった。


「おい、お前その鎧はどこで手に入れた」

不意に声をかけられて振り向くと、同年代の男が後ろに並んでいた。白い立派な鎧を装備していて、いかにも金をかけたリッチマンだ。

「そこの店で買っただけだが、何かあるのか」

「……チッ」

それで会話は終わった。

歳が知りたいな。俺達は無理してここに初挑戦だが、こいつは何度も通っているんだろうか?チラチラ盗み見たが隣のチンピラが睨んでくるので無視することにした。トラブルはごめんだ。

「終わった、入るぞ」

今はダンジョンに集中しよう。




ゴブダンジョンの入口は狸ダンジョンと同じ。古墳みたいに地面が盛り上がって洞窟の入口が開いている。中はゴツゴツした岩の柱と広い空洞が広がるタイプだ。狸ダンジョンと同じで天井がほんのり光っているが、壁からの灯りが無いので少し暗い。見通しは良く開放感があるが、これだと死角から飛んでくる矢に対応できないのが分かる。

とりあえず入口から少し離れ、柱を背に固まる。

「鉄平が先頭だ、斜め後ろに俺と蓮、更に斜め後ろに松原と社妹。接敵したらどの方向でも最初に鉄平を前に出す。攻撃開始は鉄平が前に出てからだ。攻撃対象は攻撃しやすい相手で良い、攻撃の優先順位は前に居るメンバーからだ。」

これは前もって相談済みの内容の確認だ。今回はPTでの動きを確認する意味もあるので個人技は抑制する。

確認し、隊形を組んで前へ進んだ。


「来たぜ!正面からだ!」

さっそく正面からゴブリンパーティーが向かってくる。こちらと同じ6体、剣が3槍が3だ。

大盾を構えて正面を見据えた。こいつらは一番近い人間を襲う、俺が受け止めれば後ろの4人が倒してくれるはずだ。


「左からも来ています!」

「右からも来てるよ!」

なんだそりゃ!なんでいきなりこんなことになるんだよ!どうする!?

「鉄平だけ残して後ろに下がるぞ!走れ!鉄平は攻撃しなくていいから足止めだ!」

「えぇ!?社君はどうするのよ!」

「鉄平に攻撃は通らないはずだ、さっさと距離を取るぞ!」

「兄!耐えろ!」

「鉄平、お前なら平気だろ」

「すぐに助けるからね!」


みんなが走って距離を取ったことでゴブリンの目標が俺に集中した。

3方向から襲われて慌ててしまったが、こうなると落ち着いてきた。俺は自分の身だけを守ればいい。さっきまでと比べて随分簡単に思えた。むしろ下がったみんなが他の魔物に襲われないか心配だ。

落ち着いて観察する、正面には剣3槍3、広い空洞なので接敵までまだ10秒はある。右からは杖2弓2剣2、左からは杖2弓2槍2、これは同時に襲われたんじゃなく同一PTなのかもしれない。弓ゴブの射程は最大で100m程と聞いている、多分既に射程に入っていると思うがまだ撃ってこない、タイミングを合わせているのか?頭が悪いと聞いていたのにな。杖ゴブの魔法射程は20m程しかないのでそこで狙われると思う。

ゴブリン共がギャッギャと騒いでいる、何だこの小さく馬鹿な魔物は、こんな奴らの攻撃が俺に届くわけがないとスキルが教えてくれる。

魔法の射程が近づき、俺はバイザーを下ろした。ガシャリと金具がはめ込まれ、戦いの始まりを告げた。


『ギャアウ!』

杖と弓ゴブリンが立ち止まり集中砲火を浴びせてくる。両サイドからの攻撃なので盾は使えない、その場で踏ん張りながらも棒立ちで受けた。カンカンと矢を弾く音が響き、火の玉が直撃して小さな爆発が起こる。鎧の表面を撫でる非力な感覚に俺は失望した。

「今だ撃て!」

立ち止まって攻撃をした杖と弓ゴブリンにボーガンの矢とスキルの刃が飛ぶ、立ち止まっていたゴブリンは良い的でしか無かったようだ。命中してあっさりと消えていく。

『ギャギャ!』

近接ゴブリンが3方から同時攻撃を仕掛けてくる。馬鹿正直に受ける必要もない、近づいたところで3歩バックステップするだけで前方向に固まる。少しずれて包囲すればいいのに、まっすぐ駆けてくる所は本当に知恵が足りない。3方向からの襲撃や弓ゴブの動きに比べて奇妙なチグハグさを感じた。


「オラァ!!」

盾で薙ぎ払い、突き出された剣と槍を一度に打ち払い弾き飛ばした。体制を崩したゴブリンに追撃すべく腰に備えていたナイフを抜く。

「くらえ!」

ナイフを突き刺そうした瞬間!

「な、なんだ!?」

体が動かない!腕も上げられず呼吸が苦しい!毒か!?たまらず倒れ込んでしまった。

「お兄様!?」

「鉄平!そのまま倒れてろ!」

動きたくても動けねぇよ!

なんとか首を回して見上げると、ゴブリンに矢が突き刺さり蓮のスキルで切り裂かれるのが見えた。

「シャア!」

更に玲司の指先からそれぞれ糸の様な物が伸び、最後のゴブリンを切り裂くのが見えた。畜生!お前もスキル取ってたのか!カッコイイじゃねぇか!それの練習の為に今日まで引き伸ばしたんじゃないだろうな!


「お兄様!お怪我は!?」

あぁ、咲耶は毒は治せないんだったな。すまん、俺はここまでかもしれん。

「どこをやられた!」

「分からん、すまんが起こしてくれ」

3人がかりで起こしてくれて座り込んだ。フェイスガードを外して心配そうに覗き込む咲耶の方を見た瞬間、その後ろで鈍く光る矢が飛んでくるのが見えた!

「伏せろ!」

飛び上がってなんとか腕で矢を弾くことに成功した、こんな所で装備を外すんじゃない!

「鉄平おまえ動けるじゃねぇか!」

あ、ほんとだ。いやそれよりあのゴブリンを倒そう。

慌ててそちらに目を向けるとゴブリンの首が後ろから斬り飛ばされるところだった。


「なんだ、平気そうじゃないか」

誰だ?手伝ってくれたのか?ダンジョンで声を掛けられるのは初めてだ。

「お前、入口で会ったやつか?」

「おい!気安く喋ってんじゃねぇぞ!礼をしろ!」

隣のチンピラがいきなりブチ切れてきた、なんだこいつぶっ殺すぞ。

「だまれ、行くぞ」

それだけで連中は去っていった。ややこしい事にならなくて良かったが一体何なんだ?


「兄、助かった。動けるのか?」

「鉄平、平気なのか?」

「あぁ、守らなきゃと思ったら体が軽くなったんだよ。なぁこれ、もしかしてさ」

「攻撃する時にスキルが切れちゃったんじゃないの?」

凄くそんな気がします。

「待て、今は一度立て直そう。魔石を回収したら出るぞ。警戒してくれ」




午前8時35分、俺達の短い初陣は終わった。





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