第8話 レーザービーム



(ってうおい!? あんな事言って大丈夫なんだろなっ!)

『なんのことかなぁ~?』

(わざとらしぃーんだよ! こんな数のオーク相手じゃ流石に無理――)

『アント』



 悪魔の力(※未確認)と引き換えに課せられた、日に三度の“意図せぬ言葉”によって、悪霊王の皮を被ったアントは…もはや、引き返したくとも引き返せず、逃げたくとも逃げられない、のっぴきならない状況になっていた。


 自身の影の中の悪魔にすかさず苦情というよりかは泣きつく小心者の青年であったが、諸悪の根源たる悪魔幼女がまるで子供に言い聞かせるようにして遮った。



『いいかい、ボクの可愛い可愛いアント。このオーク共如きを、ボクがどうにかできない……ボク達には、“無理”だと。そう言いたいのかな? だが、言ったよね? 悪魔は…?』

(……嘘を吐かない)

『正解だよ。マイ・パートナー。ほら、あのオーク共とボク達を小馬鹿にしているあの連中に見せつけてやろうじゃないか! さあ、とびっきりのアドリブを頼むよ?』

(…わかった。どうせ、もうここまできたらどうしようもないからな。自棄だ自棄っ!)




 その瞬間、小心者の青年アントは悪魔の言葉のままに腹を括り――真の悪霊王エクスゾンビとなった。




「まあ。言葉だけでは信じるものも信じられないだろう。では、諸君らに一つ。軽く手品・・をお見せしようじゃないか」



 そう言って、その場の目の届く範囲の者の視線を集めると、指をパチリと鳴らす。



「さあ、楽しいショー・タイムの始まりだ」

『さあ、ボクの楽しい食事時間・・・・の始まりだよ』




 ****




 ロバリバの街から徒歩で半日ほど掛かって辿り着く僻地だが、巨人族の血を引く巨躯の持ち主であれば三割の時間で辿り着けもする。



 ズゥゥゥン。



 ギルドから討伐依頼を出されていた巨大モンスターが地面へどうと倒れ、そのまま息絶える。


 と、言ってもそれをやってのけた者の背丈から比べれば1メートルほど体長は低かったのではあるが。



「ゲコゲコ! よっ! 流石はロバリバいちの大魔術師でゲス! 本来なら冒険者がレイド討伐で何とかの大型魔獣も余裕で討ち取られたでゲスよ」

「止めろ。俺は弱い者いじめをしているようで好かん。できれば、自身よりも大きな獲物が望ましいのだが…」

「ゲ、ゲコ…ですが、そんな魔獣なんてもう竜種くらいしかないと思うでゲスが?」

「しかも、今回は魔法も使わずただコング様が棍棒で殴り殺しただけでガス」

「こっコラ!? 余計なことを言うんじゃないでゲス!」

「…………」



 仕留めた大型魔獣の亡骸に腰を下ろすは、全長4メートルを超えるギルド魔術師のコング。

 その足元では相変わらず、そのコングの共回りだの弟子だの言って付きまとうカエル人間フロッグキンの兄妹。

 兄のドルマと妹のアスパラが騒がしく飛び跳ねていた。



 余り見慣れたくはない光景だが、彼らにとっては普段の日常のひとコマである。



 ――が、今日ばかりは違っていた。



「むぅ!」

「ゲコ!?」

「キャア!?」



 突如として、怒雷の如き爆音が響いたかと思えば……空が夜になった。


 いや、そうではない。


 世界が黒と赤だけに塗りつぶされたのだ。


 驚愕したのは三人ばかりではなく、周囲から一斉に鳥が飛び立ち、獣たちが混乱から悲鳴を上げている。



「兄貴ィ! 怖いでガス!」

「案ずるなでゲス! ゲコが一緒でゲスから! コング様、これは一体…ま、魔術・・でゲスか…」

「……違う。そんな生温い・・・ものではないぞ。俺にも判らんが、魔術というよりも、これは神々の――」

「あ! 兄貴! コング様! アレは何でガスか!?」

「「っ!!」」



 自慢のスキンヘッドを掻きながら顔を顰めるコングの言葉を遮るように、兄ガエルにしがみついて震えていた妹ガエルがとある一方を指差して飛び跳ねる。



 それを見やったコングと兄ガエルも言葉にならない。



 暗黒の世界の中で、ひと柱の光が天から地面を突き刺している幻想的な光景があった……。



 ****




「これは一体どういう真似だ!?」



 一瞬での世界の変わり様に混乱極まる傭兵団とその他大勢。


 その中で先程の余裕など消し飛んだかのような形相で、それを平然とやってのけた魔術師に喰ってかかるのは、あの傭兵団随一の魔術師を豪語するジェラルドである。



「ふむ。どうやら、お楽しみ頂けているようだな?」



 まるで、その慌てふためく金髪の魔術師の醜態が面白くて仕方ないとばかりに、死霊王が胡散臭い手品師そのままのように振る舞って見せる。



「ふざけるな! どんなイカサマ・・・・をした!? 闇暗ましダークネスの魔術か? だが、こんな超広範囲で幻視魔術を行使できる者なぞ…いいや! そもそも全く出力した魔力が視えなかったんだぞ!? まさか貴様! 私達に変な薬を…っ」

「馬鹿なことを言うなジェラルド! 薬だと? そんなことは現実的でないくらいお前も判るだろうが!!」

「……で、ですがっ」



 流石は歴戦の傭兵の長たるはマイスト。

 これ以上の混乱を避けるべくジェラルドを叱りつけ、同時に他の団員らを一喝する。



「……死霊王殿。俺には魔法の類はサッパリだが、貴殿の力の有無・・は確認した。だがこれから如何するつもりだ?」

「ん? 如何する、とは?」

「横から失礼。獣人種オークには完全に闇を見通す能力もあります。目下の軍勢を構成する殆どがそれに当たります。流石に現在はアチラも状況の変化に混乱しているでしょうが、次期に好機とみて攻めてくる可能性があります…」



 団長に代わって傭兵隊長が畏まって答える。


 赤と黒だけの視界上では判り辛いが、団長マイストの表情は強張り、死霊王アントを連れて来た傭兵隊長に至っては敬語になっていた。


 だが、この中で一番に表情筋がガッチガチになっていたのは当人(の中身であるアント)である。


 直前に影の悪魔から『ちょっと軽く脅かせてやって、場を盛り上げようよ!』なぞ囁かれていたが。


 すわ、こんな天変地異レベルの事象が起こるとは予想だにしていなかったからである。


 しかも、陣幕での士気は盛り上がっているというよりは、この異変について行けず盛り下がっている…が、アントは無理もないと心の中で嘆息した。


 自分だって小便を漏らしそうになっているのだから。



「なるほど。では、貴殿らの不安を払拭するとしよう」



 死霊王をこれから散歩に出掛けるような気楽さで傭兵団に背を向けて崖へと歩き出す。



「まさか、本当にひとりでオークと渡り合うつもりなのか!?」

「無論。コレ・・単なる余興デモンストレーションのようなものだ。この死霊王の“魔法”を信じて頂く為に、な?」

「は、ハッタリだ! こんな大規模の魔術を行使しておいてまだ余力があるとでも言うのか!?」



 そう、やや距離を空けて吠えるのはやはりあのいけ好かない虚栄心溢れる魔術師の男である。

 なお、その脚は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えている。



「ほほう? まだ、この死霊王の力を疑うか? …それにしても、大丈夫か? 体調が優れぬようだ。だが、安心するがいいさ。貴殿の出番はないと思ってよろしい。オークの軍勢は我が片付けよう。貴殿は幕内にてゆるりと休まれるが良いだろう」



 だが、この言葉には流石に我慢ならなかったようである。



「よくも私をそこまで愚弄しおって…っ!? い、いいだろうっ! やって見せるがいい!! その強がりを評して、オークを1体仕留める毎に金貨1枚を支払ってやるわ!!」

「……金貨、か。なかなか太っ腹ではないか?」



 身勝手なことを言い放つジェラルドに対して、痺れを切らした隊長が掴みかかり襟元を絞め上げる。



「コイツ! いい加減に…っ」

「いや、それでいい・・・・・

「だ、団長…?」



 それを制止するのは顔を手で覆ったマイストであった。


 そして、静かに死霊王に向って頭を下げる。



「もはや、この現状では死霊王殿に頼る他ない。仮に、彼がこの場に居なくとも我らは半壊か最悪全滅する可能性すらある。部下の命が助かるなら安い買い物だろう。…………。一度は、この場より退けと言ったが。お願いできるだろうか…! この通りだ…」

「良かろうとも。…ふむ? 報酬はキリ良く金貨千枚としておくとしよう。なに、すぐ終わる・・・・・。貴殿らは跡片付けのことだけ考えるが良いだろう」



 軽く手を振って応える死霊王は呆然とする面々を置いてさっさと崖の端へと向かう。


 ぶっちゃけ、中の人がもう逃げたくて仕方なかったからである。

 頭の中は金貨千枚という一生掛けて稼げるかどうかの大金と、崖下のオークの軍勢のことゴッチャゴチャになっていた。



『はっはっはっ。死霊王の初報酬としてはそこそこ及第点ってとこじゃないかな? それにしても君も欲が無いねぇ~。もうちょっと値上げしても良かったんじゃないかい?』

(おまっふざけんなよ! 金貨千枚なんて一等地に屋敷建てられるぞ!? やべぇ~もう逃げられね~って…)

『逃げられない、だって? クックック…。それはアント、君のことかい? それとも、これからボク達に倒されてしまうオーク達? もしくは、後ろの君から金貨を毟り取られる善意ある傭兵団の連中かい?』

(…………)

『あ~拗ねないでよ? …折角、これから“君の望みが叶う”ってのにさ。さあ、ボクに委ねて…心も…身体も……君が使うんだ。ボクと君の“悪魔法”を…!』



 ゆっくりと、本当にゆっくりと。


 目前の恐るべき軍勢などまるで気にも留めない様子で死霊王は杖を持たない方の手を暗雲たる天へとかざす。


 そして、口からは地上の者では全く理解できない言語が零れ出す。



「『れいざあびいむ』」



 そして、その手が振り下ろされた。



 

 ****




「ブギィ! な、なんだこれはぁ!?」

「急に夜になったブヒか?」



 この突然の変化に開戦を今か今かと待ち構えていたオークの軍勢にも混乱が生じていた。


 だが、対するロバリバ側ほどではなかった。


 何故なら獣人種のオークは闇を完全に見通す眼を持つ種族だからである。

 それに引き換えて種族的な色盲であったのだが、それが功を奏して、例え世界が赤と黒だけの世界になっても“それがどうした”くらいの感想しか見いだせないのだ。


 しかし、急に絶対的な光量が消失していること自体は流石に察せる。


 彼らは幾たびの戦いを生き延びて来た歴戦の戦士だ。

 この程度では動じないし、これが敵陣からの魔術的効果であると直ぐに見抜いていた。



闇暗ましダークネス? 我らオーク相手に使うのは解せないが…だが、こうも広範囲となるとはな。隠し持っていた大型魔道具の使用を誤った…というところか?」



 この状態であっても冷静なオークが居た。

 このオークの衆で魔術師の纏め役でもある獣人魔術師レイモンである。


 彼は魔力量の乏しい獣人種のオークでも異例のレベルという魔力量を生まれ持ったオーク族の英傑であった。

 このファーランド国と隣接する獣人亜人混合国デカントは“10年に一度はクーデターが起こる”とまで揶揄される不安定な火薬庫のような国…いや、荒くれ者達の集団である。

 そして、そんな動乱の最中で獣人種オーク族の地位を守る族長らが退位をせざるを得ない状況となり、泣く泣く多くの獣人種オーク達が住む場所を無くし、命からがら国境を超えて来たのである。


 少なくとも、この集団も国境を超える前ならば現在の軽く20倍以上の数がいたのだ。

 多くの者が難所で、もしくは他の悪意ある“同国”の者による攻撃で命を落としたのである。


 全てのオーク達が国外追放の憂き目に遭ったわけではないが、このレイモンも自身の種族を冷遇する者達を見限って国を出たひとりである。


 そもそも、レイモンは他のオークと比べて別段好戦的なわけではなかったし、できれば自身の魔術を楯にした交渉か、もしくはこのファーランドでの庇護を求めたり、穏便に事を済ませたいところではあった。

 だが、他の生き延びたオーク達はそんな理知的な彼を頼ってこうして集ってしまい、それなりの大所帯にまでなってしまったのである。

 そうなってしまったからには、早く手を打たねば、遅かれ早かれオーク達に待っているのは飢え死にしかない。



 この恐らく、無差別範囲にまで拡散された闇暗ましダークネスも恐らくは、悪足掻きか、時間稼ぎとレイモンらは講じた。

 その理由は相手側からの奇襲なり、追加の魔術による攻撃の気配が一切ないからである。


 最早仕方なしと、各戦士長達が千に迫る戦士達に出撃の激を飛ばし、レイモンが周囲の手勢である獣人魔術師に補助と長距離攻撃魔術の準備をさせ始めたその時である。



 今迄、何の動きも見せなかった小高い崖上にひとりの魔術師らしき姿が現れた。


 奇妙な面覆いを付けていて種族までは判らないが、ロバリバ…人間側につくならば、恐らく人間族かそれに近しく親しい種族だと予想した。



「人間族の魔術師か? にしては、まるで亜人族の呪術師か何かのような出で立ちだな。……それにしても、不気味・・・だ」



 そう、レイモンが呟く。

 何故かそのちっぽけな存在から異様な嫌悪感を感じてならない。


 近場の勇敢なオークの戦士達もまた、その姿を見て「なんだあの変な輩は」と嘲る声を漏らす。



 だが、次の瞬間レイモンの全身の毛皮が総毛立った!



 その男がユラユラと片手を天に向かって伸ばすと、近くのオークから「何の余興が始まったのか」と声が上がる。


 だが、レイモンの魔力視でも正体が掴めなかったが…まるで得体の知れない生き物のようなものがゲラゲラと自分達オークを笑いながら空へと飛んで行く錯覚を覚えたのである。



 ――そして、世界は突如として白一色・・・に染め上げられる!



 意気揚々と攻め込もうとしたオーク達が驚愕と紛叫に塗り替えられた。



「抜かった!? 先のは我らを釣る為の罠であったか!! だ、だが、我らの軍勢まるごと範囲に収められるほどの広範囲攻撃魔術だと!? し、信じられぬ。こんな所業は最早、“魔王”――」

「ブギィー! レイモン!!」



 驚愕して思考が停止しかけたレイモンに向って何度も共に死闘を生き抜いてきた古参の戦士長のひとりが叫ぶ。



「我ら戦士を見捨てて構わんっ! この魔術を何とか凌げ!! お前達魔術師を失うことは我らの敗北だ! ここでおめおめ全滅なぞ許されんぞ!!」

「…~っ! 防御魔術だ!! 全力で生命障壁オーラ・シールドを使え!!」



 他のオーク達が光の中に消え去っていく中、レイモンの絶叫で魔術師達が防御魔術を発動し、自らの肉体が橙光の膜に包まれる。


 生命障壁オーラ・シールドは魔力の消費は激しいが、物理・魔術どちらにも対応可能な防御面だけなら使い勝手の良い魔術だ。

 少なくとも、自身の魔力を使い切るまでならドラゴンのブレスさえ防ぎ切れる。



 だが、異なことに…レイモン達を包む光はあろうことか生命障壁オーラ・シールドと鎬を削るどころか、ジワリと抵抗なく光の膜を溶かして消してしまうのだ。



(な…何が起こっている!? 身体が灼ける痛みもない。魔力すら感じない…。ま、まさか…この魔術は……いや、コレ・・は攻げキデ ス ラ ナ  イ――)



 なおもオーク達に降り注ぐ極大の光の柱。


 その中に居た全てのオークも。

 驚愕も、怒りも、絶望も。


 そして、最期に意図した稀代のオーク魔術師の疑念すらも。



 全てを光の中に消して飲み込んでいったのである。



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