第7話 オークと傭兵団とペテン師と



「死霊…? 申し訳ないが…今、何と?」

「…………。コホン。…死霊王だ。我が名は死霊王エクスゾンビである」



 意味有り気に傭兵隊長に問い返されたが、仮面の魔術師は動じることなく、再び名乗りを上げた。



「…死霊王?」

「エクスゾンビなぞ、今迄聞いたこともない名だぞ」

「そもそもだ。ヤツは何者だ? ……人間、族だとは思うが? いや、獣人? それとも亜人?」

「にしても、不気味な恰好だなあ」

(……アント君? ――な訳ないか。全然違う・・・・もんね。はぁ~どこ行っちゃったんだろ? お昼になっても戻ってこないし、朝の事でどこかでいじけてなきゃいんだけど…)



 その場に居合わせた全員は、突如として魔法ギルドを訪れた珍客を“魔術師らしき怪しい男”としか認識できていない。

 姿だけでなく、自称悪霊王の声もおのおの、若い男の声色、壮年の力強い声色、掠れた老人の声色にと、全く違って聞こえていたのである。


 それも、その悪霊王が身に着けたる醜悪な面覆いの悪魔的効果・・・・・によるものだ。



 ざわつく公衆のことなぞ無視するかの如く、更に悪霊王は困惑する傭兵達へ歩み寄る。



 その挙動も実に芝居がかったものであった。

 傭兵隊長はおもむろに顔を顰める。



「伺うのだが、貴殿らは、魔術師をお求めではないのかな?」

「……魔術師、か。確かに。我が傭兵団“ヒポグリフの蹄”は、迫るこのロバリバの危機に立ち向かうべくこの場に居る」

「実に幸運なことだな! 貴殿らが求める最高の魔術師がここに居るぞ」

「…………」



 自信たっぷりに親指の先で自らの顔を指す死霊王。

 

 それに対して、ジロジロと遠慮なく胡散臭い謎のローブ男を見やる傭兵達がヒソヒソと言葉を交わし出した。


 そんなあからさまに受けの良くない様を見せられても、その男は余裕だった。


 それには、遠巻きで見ていた他の者達も呆れたり、逆に変に関心する者も居た。



(はぁ~。すっごい自信ね? …アレ・・で、ね? 魔力視を阻害するアイテムか何か身に着けてるのかしら? じゃなきゃ、あんな態度取れるわけないもん。…う~ん。ああまでとは言わないけど。アント君も、もっと普段から自信持てたら良いんだけど…)



 かくいう魔法ギルドの看板受付嬢のティナもそんな少数派のひとりであった。



 ――だが、そんな奇異の視線を独占し続けている男……いや、アントの心臓は今にも破裂しそうであった。



(お、おいっ!? 本当にコレで大丈夫なんだろうな? あ~ほら、めっちゃ不審がってんじゃんかぁ~)

『いいんだよコレで。寧ろ、ちょっと煽り足りないくらいだよ! 下手、揉み手なんて悪手中の悪手だからね? 交渉事は先ず出先にどれだけ相手の鼻っ柱を殴りつけて怯ませられるかさ!』

(メフィさん、ちょっと武闘派過ぎん? 魔法で売り込むんでしょ? ねえ?)



 余談だが、あれだけ悪魔のセンスに懐疑的かつ批判的なアントであったが、現在名乗り上げた架空の人物ペルソナ“悪霊王エクスゾンビ”の命名は彼である。



 「なんか強そう!」という彼の幼稚なネーミングセンスに、影の中の悪魔が腹を抱えて笑い転げてたのは言うまでもない。



「隊長? どうするんです?」

「あんな変なヤツを連れてくんですか? 団長、怒りますよきっと…」

「……いや、連れて行こう。中身・・は兎も角、あの外見なら…オーク共には我が傭兵団の魔術師よりもらしく・・・見えるかもしれん。それにどうせ、これ以上粘っても無駄だろうしな」



 傭兵達長が大きく息を吸う。



「諸君! この勇気ある魔術師が名乗りを上げてくれたぞ! 他にも此度のロバリバの危機を救おうと思う者はおられぬのか!!」

「「…………」」



 傭兵達長は大声で叫ぶと周囲をグルリと見渡した。


 だが、呼ぶ掛けの対象になりそうな者達は視線を逸らすだけで、ギルド内に漂う空気は傭兵隊長の声の熱量とは反比例するかのように冷ややかなものであった。



「チッ。腰抜け共め…」

「止せ。彼らは純粋なロバリバ市民でもなければ、我ら如きに強制される不自由さも無い。待たせてしまったな、魔術師殿? 街の外に我が団の馬車を待たせてある。御足労願えるだろうか。報酬に関しては、現地で陣を張っている団長との交渉になるだろうが…」

「……結構。時間が惜しい。早速、案内を頼むとしよう」

「承知した」



 死霊王が鷹揚に頷く様を見て傭兵隊長がニヤリと笑う。


 まあ、その死霊王アントのローブの中身は大量に噴き出した汗でぐっしょりだったのだが、分厚いローブ生地と言葉に表しがたい強い香でそれに気付く者はいなかった。



「あ~あ、本当に行っちゃった…」



 ギルドを去って行く傭兵達を見送ったティアがそう複雑そうな表情で言葉を漏らすのであった。




 ****




「で? コイツを連れてきたと」

「はっ」

「「…………」」



 ロバリバの街から悪路を馬車で3時間ほど揺られて到着したのは、東ファーランドのロバリバ近郊で活動している傭兵団“ヒポグリフの蹄”の陣幕である。


 傭兵団の規模は非戦闘員を含めて三百人ほどのなかなかの大所帯。

 しかも、団員の半数が妻子持ちという傭兵団と呼ぶにはマトモな連中だった。

 その家族の多くがロバリバ近郊の要塞や村々で各団員の無事を祈り、その帰りを待っている。

 それもそもはず、彼らは元は西ファーランドのとある貴族家が所有していた良く気鍛えられた騎士の出自。

 その貴族家が戦災で没落したが為に暇を出され、己が家族を引き連れて国内外を巡り、現在ここ東ファーランドへと腰を落ち着けているという遍歴もあった。


 そして、その没落した西の貴族家の元筆頭騎士であり、傭兵団“ヒポグリフの蹄”が団長マイストが悪霊王と対峙していた。


 その胸には高価なミスリル細工の装飾品こそあれ、他は常時戦場といった雰囲気の粗野で無骨な戦士然とした出で立ちでる。

 壮年の顔に深く刻まれた刀創をやや不機嫌に引きつらせながら、目の前の自称魔術師を睨んでいる。



「ふむ? 魔法が使えない俺にはサッパリと判らんが…ジェラルド。コイツをどう見る? 使えるだろうか」

「ハハハ。冗談は止してくれませんか? コイツは単なる謝礼目当てのペテン・・・ですよ。私には魔力のひとかけらさえ視えません・・・・・

「…………」



(ってうおおおお!? 速攻でバレとるぅううう~!?)

『落ち着き給えよ、アント。はボクに任せて…君は強気でいればいいからさぁ~』

(ホントかよぉ~…)



 マイストに名を呼ばれて尋ねられた、ジェラルドなる若者が端から馬鹿にしたような態度で死霊王をくさす。


 まあ、彼の目は確かだったという事実は変わらないだろうが。



「ほう? 我をペテン師と?」

「はっ! そんなことすら理解できない故に偽物なのだよ? 魔術師を騙る貴殿に、この傭兵団で最も魔術に長けたこの私が特別に一つ知恵を授けてやろう。私のような真の魔術師の才覚ある者は普段から“魔力視”という他者の魔力を計る技能を鍛えているのだよ。貴殿には一切出力できる魔力を確認できない……つまり、魔術師の資質すら持たない凡夫だという証明だ! 隊長殿もこの危機的状況でどこで油を売っていたのかは知りませんがね。連れてくるのなら、もう少しマトモな者を連れてきて下さいませんか。……この者の正体くらい、あなた程度・・の魔力視でも流石に看破できたと思いますが?」

「…………」

(なんだ、この隊長って人も魔術師だったのか…。なら、なんで俺を連れてきたんだ?)



 この辺一体では珍しい金糸の髪を掻き上げながら、嫌味ったらしくこの場にアントを連れてきてしまった傭兵隊長をなじる。


 隊長はただむっつりと、反論もせずにジェラルドの言葉を受けるのみである。



「ケッ! 相変わらず嫌なヤローだぜ…」

「隊長や俺達の苦労も知らずに。幾ら魔術がお得意だからって…新入りのくせして」



 だが、その隊長の部下らしき傭兵達は我慢できずに不満を口から漏らしている様子。


 どうやら、ジェラルドとやらは団の中ではかなりの嫌われ者のようである。

 この一見、アントの公開処刑のような場においても、尊大な彼に好意ある目を向ける者は居ないようだ。



 それでも、変わらず耳元で悪魔から『それでも男か! 言い返せ!』との催促があるものだから仕方なくアントは再度声を上げるしかない。


 つまり、悪足掻きのデマカセだ。



「ふーむ…私が魔力を隠している・・・・・、とは思わないのかね?」

「馬鹿なことを言うな! 確かに魔術師の高等技術にその業はあるとも。だが、それは自分のレベルが隠蔽対象よりも遥かに高い場合のみ有効なんだぞ? 言っておくが、私は魔力量が千の大台を超えた優れたるレベル4だ。この場に居る他の程度の低い・・・・・魔術師ならば兎も角、この私が魔力を見間違うことなどある訳がない!」



 “レベル”というのは一定数の魔力限度量を示す階位だ。

 要するに魔術師としての大まかなランクでもあり、魔法ギルドから認可・教習される魔法群の取り扱いもレベルによって異なってくる重要な事柄である。


 魔力量100以上でレベル1。200でレベル2、400でレベル3、800でレベル4、1600でレベル5…といった具合に百から始まり、レベル毎に倍々になっていく。

 レベル3までは魔力量に余り大差なく、比較的にに見られがちであるという傾向があるのだが、実は世の大半の魔術師がこのレベルを占めていた。


 そこまでは、一応は魔法ギルドの所属であるアントも知っていたのだが。


 ジェラルドの傲慢に過ぎた言葉は、あからさまに他の魔術師の怒りを買っていた。



「その辺にしておけ。そのレベルとやらは実戦で是非とも証明して欲しいもんだ」

「勿論だとも団長。魔術勝負だけなら、私はあの巨人族コングにだって勝てる自信があるんだ」



 また余計な事を言うジェラルドに、コングの偉大さを知るその場に居たギルドの冒険者と魔術師の視線はますます険しく、冷ややかになったのにすら愚かな金髪男は気付きもしないのだった。



 マイストは嘆息し、悪霊王に顎をしゃくると「ついてこい」と、一言。


 アントだってこんな奴の相手をこれ以上したくないので素直に従う。




 ****




「ブギィイイイイイ~!」

「ブゴォ! ブガォオオ!!」

「…………」



 アントが仏頂面の団長に促されるまま、陣地のある崖の下を見やると――大量のイノシシ達が鳴いていた。


 とてつもない数だったのもあるが、そのイノシシは人型で、それぞれ粗野であるが武器と鎧を身に纏っていたことも頭を悩ませる問題だろう。


 既にその前後には毛皮や木枝で作られた広い野営地が築かれてもいる。



「凄い数だろう? 獣臭くて堪らん。だが、最初はの隣国デカントの国境を超えて来やがった百に満たない程度の集団だったんだが…あれよあれよという間に他の連中と合流してデカくなってここまで来ちまいやがった。…恐らく、ざっと千以上・・・はいるだろう」

「…ほう。なるほど。貴殿ら歴戦の傭兵団がギルドまで助力を求めるわけか」



(はあ!? なんじゃあコリャアア!? 街の人口よりも多いじゃねーか!)

『いいねぇ~いいねぇ~。アント。なんだか食欲が湧いてこないかい?』

(こねぇーよ!?)



 渋面のマイストの言葉に悪霊王の仮面を着けた小心者は必死に逃げ出したいのを耐える。


 この光景に動じない死霊王を見てマイストが「ほう」と少なからずや感心していたが、その悪霊王のローブの下ではアントの脚がガックンガックン震えている。



「正直、このままでは勝ち目が薄い…いや、無い・・。オーク共も馬鹿じゃない。こちらの数は団員、要塞から借り受けた兵と有志で参加してくれている冒険者を合わせて四百足らず。魔術師の数も貴殿を数に入れても十。大してアチラは倍は居ると物見からの報告だ。この崖を迂回するルートは女男爵様の騎士が抑えてくれているが…今日にでも陽が落ちれば、奴らはこの崖を這い上ってロバリバまで攻め込んでくるだろう。夜になれば夜目が効くオーク共の独擅場だ」

「…………」



(うん。詰んでるな。これは無い。これは酷い。この場にあの・・女男爵が居ればちょっとは風向きが変わるかもしれんけど…この雰囲気から察するに間に合わない感じだろう)



 マイストは大きく息を吐いて悪霊王を見やる。


 その顔には疲れた笑みがあった。



「謝礼が目当てならば、残念だったな? 我が団が全滅すれば、そんなものも残らん可能性がある。…これで現状が判ったろ? 見逃してやる。今直ぐこの戦地から去れ。職業傭兵と違ってお前がここで死ぬ理由なぞない。早く――」

「待って下さいませんかね?」



 何と寛大な事か、マイストはニヤリと笑って目の前の魔術師詐称の男を見逃してくれると言うのだ。


 これにはアントも感動し、即座に「はい、帰ります。すみませんでした」と素で口を滑らせるところだったのだが…また、あの傭兵団の傲慢魔術師がやって来るではないか。



「仮にも、魔術を扱う者で“王”を名乗った不埒者を見逃すことはないでしょう? なに、崖の上の案山子代わりに立たせるだけでも役に立ちます。どうせ、頭の悪いオーク共には見分けがつきません。逃げ出そうとしたら、崖の下に蹴り堕として奴らの気を惹かせるという手もある」

「ジェラルド…」



 そんなことを平然と言ってのける男に、寛大な団長の顔にも怒りと嫌悪感が現れたので、慌てて隊長とその部下達が割って入ろうとしたその瞬間である――



「『心配御無用。こんなオークの群れ如き…われだけで十分だ。諸君らはゆるりと構えているが良いだろう』」

「「……はあ!?」」



 突如として、死霊王の口から自信たっぷりに言い放たれた言葉に周囲が驚愕し、同時に呆れかえる。



 だが、例によってその“言葉”は――死霊王の中の人であるアントが意図して発した言葉ではない。


 恐らく、その言葉に最も驚愕していたのは発言者本人であることは…当人とその影の中でほくそ笑む悪魔しか知り得なかったであろう。


 

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