第4話 悪魔幼女
「あ…悪魔となんて契約できるか!? どうせ俺の魂を騙して奪うつもりだろう!」
「む! 実に心外だなぁ~?」
思わず激昂するアントに初めて悪魔幼女の表情がクシャリと歪む。
一瞬、その可憐な貌に隠された獣性というか非人間たらしめるものを見せたのでアントは思わず震え上がった。
するとその様を見た幼女は機嫌が直ったのか、単に猫を被ったのか…またニッコリと微笑んだ。
「そんなものは単なる勝手な地上人の被害妄想でしかないよ。ボクら悪魔は常に
「(愚かな知識神…あの絵本に書いてあったムスペルブルのことか?)……教会の神官が言ってたぞ。悪魔は神々の敵で、追放された悪い神の手下。人間の魂を奪う為に人をたぶらかして、その…破滅に追い込むって…」
「はっ」
幼女はわざとらしく長い両手をブンとやって天を仰いで見せた。
まあ、この不可思議な球体空間に
「だぁ~かぁ~らぁ~…それは単なる地上人の
「エリートぉ~? そんな偉いヤツがなんで地上で乞食なんて…」
「そ、それはぁ…………まあ、趣味と食事を兼ねた
「怪しい…」
何故か慌てて汗を掻くコミカルなエリート悪魔にジト目を送るアント。
その視線に耐えかねたのか悪魔幼女が口を開く。
「止めてくれ! ボクは
「へ…?」
幼い頃から教わった、魂を奪う為に人を誑かしては道を踏み外させるという“悪魔”とはまるで違うことを言われてアントは些か混乱する。
「おっと。では、改めて。――君、ボクと契約して悪魔法使いになってよ!」
「また突然だな!? てか何! その、悪魔法使いって…。悪い魔法使いってこと?」
「悪魔ほど純粋な存在はいやしないよ。ボク達に善悪の概念なんて端から無いからね。悪魔の力を悪とするも善とするも君達次第なのさ? そもそも、知識神から魔法を習い損ねた奴らにでも使える魔法。つまり、君の周りで日夜使いまくってる魔法群を教えてやったのもボクら悪魔だし」
「そうなの!?」
「本当だよ。因みに悪魔は嘘は吐けない。吐かないじゃなくて、
「…………」
「今の地上で“王”だの“魔王”だのと気取る連中の始祖は、知識神から授かった魔法を独り占めしてたからねぇ~。ま。それは今も大して変わらないのかな? さて――」
おどけて振る舞っていた悪魔がガラリと雰囲気を変えたのでアントは金縛りなったように動けなくなってしまった。
「君…“魔法を使いたくはないか?” おっとっと、もう使えるなんて冗談は止しておくれよ? 悪いが、地上人から見ても、悪魔から見ても……君が何とか日に1回しか使えないものなんて、魔法の内には入らないさ」
「…っ!」
アントの拳から、強く握りしめられる音が無駄に広い空間に響く。
悪魔は完全にアントという獲物を品定めしていた。
「怒ったのかい? ごめんね? さっき言ったが、君がボクにくれたものは捧げ物として頂いた。だから、こうして君をボクの
「は? でも、あんなにがっついて…」
「うーん、残念だけど悪魔は物質界…地上の食物じゃこの空腹も喉の渇きも満たせないんだ。味は美味しかったよ? 君がボクを見つけた時。あの瞬間こそボクの
「…………」
アントは悪魔をただ訝しげに睨むことしかできないでいる。
「ボクは君と仲良くしたいんだ! …この言葉が嘘、じゃないのもう判ってるだろ?」
「俺に…いや、俺の…何が望みなんだ?」
アントが苦し紛れに吐いた言葉に悪魔は噴き出しゲラゲラと笑い出す。
「……悪魔の望み? アッハッハッハァ! おっかしぃんだぁ~! そんなの初めて聞かれたよぉ~? 違う違う! ――“君が願って、ボクが叶えるんだ”」
突如、真顔になった悪魔がアントの瞳をゼロ距離で覗き込んだ。
その狂おしいほど赤い水銀の瞳がドロドロと濁っていく。
「“魔法を使いたい”のは君の願いだ。悪魔であるボクは人の本心を嫌でも知っている。影の住人だからね。そして、その君の願いを叶えるべく提供するのが悪魔法…つまり、ボクが君に代わって魔法を使うって方法さ。勿論、代償付きでね」
「悪魔の魔法だって…?」
「オフコース!(※言うまでもないだろう) 言っとくけど、地上で流通する魔法なんざ目じゃない。君がボクの
「…………」
どうにも目の前の悪魔の言葉が詐欺師の常套句にしか聞こえないアント。
だが、同時に思った。
コイツの言う通り、このまま無能の魔法使いとして負け犬のような人生を送るのか?
不意に送り出してくれた故郷の村の家族達の顔や、ロバリバでこんな自分を庇い、親切にしてくれた恩ある者達の顔が浮かぶ。
その様を見てニヤリと悪魔が口端を歪めた。
「……代償とやらは?」
「フッフッフッ。迷えるボクの可愛い子羊よ、案じるな…その代償は――」
勿体ぶってその慎ましい平たい胸を反らせる悪魔幼女にゴクリと喉を鳴らすアント。
…誤解がないように言っておくが、アントは決してロリコンではない。
「1日に三度…」
「い、1日に三度…?」
「“1日に三度、心にもないことを口にする”。ただし、悪魔の性質上、嘘は吐かないし、実現不可能な事も言わないよ」
「…………。……うん? そ、それだけ?」
「え? そうだよ? 代償っていうか…形式では呪いの一種に近いかな」
「その、魔法を使う度に…寿命が1日減るとか、魔物になってくとかじゃなくて?」
「……君、破滅願望でもあるの? 言っただろう。君がダメになったら、ボクが損なんだよ?」
「んっ!? ンぅううう~…?」
アントはその思いがけず、
悪魔の魔法がどの程度のものかは定かではないが、単なる日に三度の虚言癖……いや、嘘を吐けないのなら最早虚言ではないか?
その程度で、現状を変えられるのなら――仮に世間から“悪魔に魅入られた”と後ろ指を指されたとて、構いやしないのではないのか…と。
「クックックッ…悩んでいるねぇ~。ボクは辛いのは苦手だけど、苦悩の感情のほろ苦さは結構好きなんだよねぇ~」
「勝手に人の感情の食レポすんじゃねーよ」
「ごめんごめん。…けど、ボクの経験上。悩んで検討する人間が出した答えってひとつしかないんだよねぇ~?」
「……この悪魔め」
「それ。最高の誉め言葉だよ(ニチャア…)」
こうして、アントは思わぬことから悪魔幼女と契約することになり…この瞬間から彼は運命はまさに混沌を極めることになることを――恐らくは、目の前の銀髪に紅瞳の悪魔以外は未だ知りえなかったのだった…。
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