第40話 ため息DAY

 「おはようございます。今日もあなた達は殺し合いです」

 

 朝食を持っていたジェーエルがいつもと変わらない口調で告げる。

 ギギラはその言葉に対し、ただ一言「ふーん」と興味なさそうな相槌を返して彼女の持つ朝食の皿をひったくった。


 今日の朝食は鶏肉の丸焼きである。


 「一つ聞きたいんだけどさ」

 「なんですか?」

 「今日の相手は男の人?」

 「いえ、女性です」


 その答えを聞くなり、ギギラはゲンナリとした顔でため息をこぼす。

 テンションの下落に合わせて肉を噛む速度もどんどん遅くなっていく。


 「あーやだやだ。なんでギギラが毎日毎日知らない女と顔合わせしなきゃいけないのさ」

 「キレる所そこかよ。毎日殺し合い強制されてる所に怒るべきだろ」

 「分かって無いなぁバラン君は。ギギラが負けるわけないんだからそっちは別に良いの」


 ちびちびと肉を食べながらギギラはジェーエルを睨む。

 せめて彼女が男だったらこんな気持ちにならなかったのにと。


 「私には感情がありませんが、貴方の考えている事は理解できます」

 「だったら何?」

 「一つ、有力な情報をと思いまして」

 「へぇ、君からそんな言葉が出るなんて珍しー」

 「今日の相手はあなたが知っている女性ですよ」


 ギギラの言葉を遮ってまで出てきたジャーエルの一言。

 その一言でギギラの額にはピキッと青筋が浮かんだ。


 「あのさぁ……そんな言葉でギギラが喜ぶと本気で思ったの」

 「毎日『知らない女』と顔合わせするのは嫌なのでしょう」

 

 顔色一つ変えずそんな返答をするジェーエル。

 ギギラは次の瞬間、素早くバランをつかんで攻撃態勢に移行した。


 「バラン君、抵抗しないで!!ギギラの事こんな風に煽った女は初めてだよ」

 「お、落ち着けギギラ!!こいつに俺の攻撃が通らないのは前に確認出来ただろ?攻撃するだけ損だ」

 「どうせ攻撃が通らないなら……好きに暴れても問題ないって事でしょ?」

 「どうしてそんな澄んだ目で暴論吐けるんだよ?!」


 バランは自分の体を思いっきり動かしてギギラに抵抗する。

 その様子を見ていたジェーエルはいつもと変わらない仮面の様な顔で正論を吐いた。


 「彼の言う通り、ここで事を起こしても事態は好転しないと思います。体力を消費するだけ、無駄な行為ですよ」

 「お前も余計な事言うな!!誰のせいでこんな面倒な事になってると思ってんだ!!!」


 ワイワイドタバタと監獄には似合わない騒ぎを起こす三人。

 普段なら、そのまま日常の幕が下りて殺し合いに移る頃合いだろうか。


 しかし、今日はそうならなかった。


 「へぇこれがギギラ・クレシアぁ??話で聞いてたよりずっと大した事なさそ~」


 少し舌足らずな少女の声が響く。

 声の主は、ジェーエルと同じように立派な軍服に身を包んだ女の子だった。


 「また女。しかもギギラが嫌いなタイプ」 

 「ギギラ痛い。あ、あのすっごく痛いんですが。ギギラさん?俺を握る手に力が入って痛いんですけど?」


 その少女の後ろには、いつぞやに見た女神の姿があった。

 使徒の耳を塞ぎ、力を与える神……【耳無し】の姿が。


 「私はさ、ジャーエル様やあなたが殺した死刑囚達からずっと話を聞いてたの。でも、実物見るとぜ~んぜん怖くない」

 「ユーリア。無駄話はそこまでにしておきなさい」

 「分かってますよぉ。私の仕事が終わったらすぐこんな所から離れますからね、ジェーエル様」


 ユーリアと呼ばれた少女はふてくされた顔をしながら、ギギラ達の前に出る。


 「私の名前はユーリア。【耳無し】様から【役割神託オラクルロール屍術師ネクロマンサー】の力を与えられた期待の新人で~す」


 「0点。用が済んだらさっさと帰ってくれる??」


 「せっかく考えた私のカッコ良い自己紹介が0点?!ジェーエル様、私ここ嫌ですぅ。さっさと戻りましょ~よ~」


 冷え切ったギギラの声を聞いたユーリアの声が荒ぶる。

 そして文句を垂れながらジャーエルを引っ張って消えてしまったのだ。


 「ねぇバラン君。あの女何だったの?」 

 「さぁ……そんな事より今日の殺し合いじゃないか?」

 「そうだねぇ。朝から女ばっかで気が滅入る。バラン君なんか面白い話してよ」


 そうしてギギラはまた、一段と深いため息をこぼすのであった。



 「ユーリア。今日の目的は覚えてますね」

 「ちゃ~んと覚えてますよぉ。ジェーエル様を死刑囚にする為の言い訳集めでしょ~」


 ギギラ・クレシアの独房から数キロ離れた廊下。

 そこでユーリアは不満そうな声を上げていた。


 「死刑囚へ食料を渡すことは法律違反。コロシアムで戦う死刑囚に対戦相手の事を教えるのも法律違反。両方とも一発で死刑の重罪……どう考えても罪が重すぎって思ってましたけど、まさかマッチポンプする為に作られた法律とか思わないじゃないですかぁ」


 「コロシアムは死刑囚同士の殺し合いをする場所。ずっと勝ち続けてしまう程強い死刑囚が出た時に、身内でそれを対処する為の方法です」


 「だからって回りくどい事しなくて良くないですかぁ」

 

 「このコロシアムは『目無し』の協力あって出来ている施設。そして、彼女は私達が直接死刑囚を殺す事をあまり良いとは思わないでしょう」


 「ぶ~。あの女だって娑婆シャバに出していい人間じゃないのにぃ」


 「どうせ捕まえられないなら利用してしまおう。それで結果を出せているんですから文句を言ってはいけませんよ」


 このコロシアム、そして監獄で死刑囚達の暴動が起きていないのは【禁術殺しの禁術】があってこそのたまもの。

 そして、監獄長であるジャンネがあの『目無し』の女を説得させた交渉の末に出来たものだ。


 だからどれだけ嫌いな存在であったとしても『目無し』の意見を無視する事は出来ない。

 ゆえに、【耳無し】の使徒である彼女たちが直接ギギラ達と戦うにはその身を死刑囚に落とさなければならないのだ。


 ジェーエルが仕事でギギラに朝食を配っていた事実をもみ消し、あくまで彼女個人の意思での行動だった事にすれば。

 その行動を新人であるユーリアが『たまたま』発見した事にすれば。


 ジェーエルを死刑囚に仕立て上げることが出来る。


 「でも、今日ギギラ・クレシアと戦うのは死刑囚じゃないですよね」

 「『目無し』が直性使命しているので特例ですよ」

 「何でもありじゃん。ま、いっか。あの人強そうだったし、あの人が勝てばジェーエル様が死刑囚の汚名を被る事なくなるし!!」


 天真爛漫にそう言ってユーリアはスキップした。

 彼女はジェーエルが好きで、ギギラが嫌い。

 だからこそ、子供特有の残酷さで願うのだ。


 「今日の殺し合いでギギラ・クレシアが死にますように!!」

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