第39話 可能性/新顔/因縁

 「ねぇバラン君」

 「どうしたんだよ。帰るなり呼び出して」

 「ギギラ今から倒れるから、支えてね」

 「……はい?」

 「じゃあお休み~」

 「っておい!!その流れで本当に倒れるやつがあるか!!」

 

 アイネとの戦いの後、独房に入ったギギラはすっと倒れるように寝てしまった。

 今回の戦いは熾烈だった。

 きっと、今まで以上に疲労がたまっていたのだろう。


 「全く、寝るならせめていつもの場所に行けよ。風邪ひくぞ」


 そう思いながら、バランはギギラの体をその小さな杖の体で動かした。

 独房にある寝床は非常に質素なものであるが、冷たい床の上で寝るよりかはるかにましだ。


 それ以上に、体調不良が理由でギギラが負けたら困るのだ。

 禁術の影響を受けているバランの命は、ギギラの命とリンクしているのだから。


 「しょうがねぇ。俺が寝るまで火でも焚いてやるか」


 そう言ってバランは小さな炎の魔弾を灯す。

 そんな自分の行動を咀嚼して、彼はギギラとの関係を改めて振り返った。


 このコロシアムに来た頃は、本当に自分の命かわいさに戦っていたと思う。

 ギギラの禁術を受けて武器になった時も、完全には受け入れて無かった。

 だけど、今こうやって彼女の体を温めているのは……もうこの姿と彼女との関係を心の底からうけいれている事の証拠なんじゃなかろうか。


 もしかすれば、ずっとずっと前の戦いから。


 「もしかして……俺ってチョロいのか?」


 そういえば、まだ体が人間であった頃。

 ギギラと恋人関係になったっていたあの頃もこんな感じの間柄だったような気がする。


 ギギラに助けて貰って。

 一緒に戦って。

 暴虐無人な彼女にツッコミを入れて。


 そんな関係が心地いいと受け入れている。

 それは武器化というイベントを挟んでも、命を懸けた殺し合いを何度経験しても、変わらない彼の思いだった。


 「はぁ……お前は全部お見通しなんだろうな」


 バランから見たギギラ・クレシアはそういう人間だ。

 きっと今だって、バランなら世話を焼いてくれると思ってこうしているのだろう。


 「まったく。俺だって相当疲れてるんだぞ。勘弁してほしいぜ」


 そうボヤキはするが、その声質に悪意など感じない。

 人を振り回すのが得意な彼女の寝顔を見て、バランはふっと今日の戦いの事を思い出した。


 「そう言えば……」


 『君はもっと足掻く?それとも諦める?絶望する?愛する彼女の名前を叫ぶ?』

 『クソ……まだ、まだ行けるだろ!!』

 『何でも良いよ。君は面白いし、君の絶望には惹かれるから……私の鳥かごの中で飼ってあげるね』


 アイネが扱う闇の魔力に飲まれそうだったあの瞬間、自分が無我夢中でそれに対抗していて事を思い出す。

 こうやって喋る力も、自由に動き回る力も、全て犠牲にして限界を超える魔力を出力し続けていた事を。


 「この疲れがあの無茶のせいってのは大前提として……あの時出した威力は普段の俺とは比べ物にならなかったよな。もしかしたら、これ応用できるんじゃ」


 もんもんと。

 もんもんと。


 寝ることも忘れてバランは考え続ける。

 小さな杖と言う今の自分の器は、もっとすごい事が出来るんじゃないかと。



 「やぁ、相変わらず今日も無表情だね」

 「あいにくと、感情がありませんので」

 「100回は聞いた気がするね」


 ギギラが独房で寝ているその頃。

 彼女に朝食を運ぶことでおなじみの監獄長補佐官ジェーエルと、禁術を配っている張本人である『目無し』の女がとある屋敷へと足を運んでいた。


 「それにしても、ギギラ・クレシアの活躍はめざましい。君が毎日ふるまう美味な朝食のたまものかな?」


 「彼女の強さはその手数の多さにあります。どんな状況にも最適解を当ててくるのは1対1の殺し合いにおいて非常に大きな意味を持ちますので」


 「少しは冗談に付き合ってくれてもいいだろう?」


 ジェーエルの言葉に呆れて『目無し』の女はため息をつく。

 これに毎朝顔を合わせているギギラ・クレシアも大変だろうと勝手な同情をしながら、『目無し』の女はジェーエルの前を歩いた。


 そんなジェーエルの後ろに一人、小さな女の子の影が映る。


 「ねぇねジェーエル様、良んですかぁ?こんな女に付いて行って」

 

 不安そうな声を上げたその少女の名前はユーリア。

 ジェーエルと同じ【耳無し】と言う名の神の使徒。


 そして、ギギラ達死刑囚が閉じ込められている監獄を運営する組織の新人でもある。


 「ユーリア。【耳無し】様に命じられた事に黙って従うのが私達の役目です」

 「分かってますぅ。分かってますけどぉ」

 「あなたには早々に私の代わりを務めなくてはならないのですから、しっかり頭に叩き込んでください」


 ユーリアはふてくされた顔をしながらも「は~い」と返事した。


 「まだ所属して2日ぐらいなんだろう?随分とスパルタな新人教育だね」

 「ま、それを承知で【耳無し】様の使徒してるんで大丈夫ですよ~だ。禁術をばらまく犯罪者になんて心配されたくないです」


 そう反論しながらユーリアは舌をベッとだす。

 

 「大体、貴方がギギラ・クレシアに禁術を渡したのが原因で私の新人研修が過酷になってるんですけど?」

 「一理ある。なかなか手厳しいね」


 そんな会話をしながら夜道を歩く一行。

 ものの数分もたたないうちに、目的であった屋敷へとたどり着く。

 

 その屋敷の前には、豪勢なドレスを着て待ち構えている一人の女性が立っていた。


 「それにしても、彼女を手駒にするとは……一体何を企んでいるんですか?」

 「変な事なんか企んでないよ。たまたま、私が目を付けた人間が君達の組織と関わりがあったってだけの話さ」

 「禁術は彼女に与えていないのですよね」

 「あぁ、私が彼女にしたことは情報提供ぐらいの物さ」


 ジェーエルと『目無し』の女はいつもと変わらない態度のまま女性に近づいていく。

 ユーリアは女性の放つオーラに気おされ、ジェーエルの背中に隠れるようにして歩いた。


 「アンタが監獄長補佐官のジェーエル?この私を待たせるなんてとんでもないノロマね」

 「ちょっと!!なんでジェーエル様を責めるわけ?!私たちは時間通りに来てるじゃん」

 「はぁ……私の気分を害しちゃいけないって世界の常識よね。私の従者なら約束より1時間前に来ている所よ」


 開口一番、傲慢としか思えない言葉を吐く女。

 彼女こそ、『目無し』の女がギギラ・クレシア討伐に選んだ手駒だった。


 そのあんまりな態度に思わずユーリアが体を乗り出してしまうが、ジャーエルはすっとそれをなだめた。


 「こちらのスケジュールに余裕が無いものでして。監獄長であるジャンネ・ダルケーからはお詫びとしてこれを渡すようにと」


 ジェーエルはそう言うと懐から一つの石を取り出した。

 彼女が取り出したのは傍から見るとただの石だが、実はその内部には大量の魔力を封じ込めた貴重な鉱石だ。

 魔法に精通している物であれば、家をなげうってでも買い取りたいと言わんばかりの貴重品である。


 「へぇ。ちゃんとこういう準備が出来るのね。監獄長もなかなかじゃない」


 「伝言も預かっております。あなたのお父様の偉業、そしてギギラ・クレシア逮捕時に関する情報の提供など、コーション家には感謝してもしきれないと」


 ジェーエルは上司から聞かされた言葉をただただ読み上げる。

 その姿は人の形をした伝書鳩と変わらない。


 「まぁ良いわ。そこの『目無し』のおかげで私の研究は完成したし、アンタ達のおかげでギギラ・クレシアと戦える。その点を考慮して寛大な私は今回の不遜を許すわ」


 女が上機嫌になり、ジェーエルの肩をポンと叩く。

 それを見ていたユーリアはほっぺを膨らまして不満を口にしていた。


 「不遜ってぇ。この人の価値観やばいですよ」

 「大目に見てあげてほしいね。貴族の令嬢様でいろんな人から甘々に甘やかされてこういう性格なんだよ」

 「あなたに言って無いですぅ。突っかかってこないでくださいよ、この自意識過剰目無し禁術バカ犯罪者!!」

 「ユーリア君は感情豊かで面白いね」


 ユーリアと『目無し』の女が戯れている間、ジェーエルは女の瞳をじっと見つめていた。

 そこに灯った憎悪の光を逃さぬようにと。


 「ようやくこの時が来たわね。武器になってもロクな技が打てない癖に調子に乗ってるアンタを直々に叩きのめすこの時が」


 彼女の名前はアルチナ・コーション。

 名誉あるコーション家のご令嬢。

 そしてー


 「待ってなさいバラン。アンタは地を這いつくばるのがお似合いだって事をもう一度教えてあげるわ」


 ギギラが逮捕される切っ掛けを作った張本人であり、バランの幼馴染だ。

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