第33話 悪魔クライネ

 「闇纏い」


 アイネと言う人間の器に入り込んだ悪魔、クライネ。

 その見た目こそは青いスーツを着込んだアイネそのものだが、その動きと表情は全くの別物であった。


 彼はアイネからあふれ出る闇の魔力を纏い、その力で上昇した身体能力でギギラ達をなぶっていた。

 バランを使って何とか攻撃を受け止めているギギラ達は防戦一方だ。


 「っちぃ。こいつの一撃重いぞ」

 「良いね~さすが悪魔。戦い慣れてる~」

 「感心してる場合か!」


 そんなやり取りをしている間にも、闇を纏った悪魔の拳が飛んでくる。

 ギギラはそれに合わせて魔力を回し、バランに光の魔力を放出させる。


 さすがに相殺させるとまでは行かないが、威力をある程度軽減させることは可能だ。

 後は拳をバランで受けて、衝撃を受け身で流す。


 吹き飛ばされそうな体を支えるギギラの足元には、踏ん張った後が地面に強く残っていた。


 「クライネ君だっけ?随分と戦い慣れてるんだね」

 「俺を何だと思ってる。一国を滅ぼした悪魔だぞ?」

 「だとしても、そんな運動不足の器でよくやるよ」


 ギギラは脳内でさっきの情景を思い返す。


 器であるアイネは全くギギラ達の動きに追い付いていなかった。

 対して、クライネが憑依した状態では反撃する隙すら与えられていなかった。


 「ギギラ知ってるんだ~。悪魔が人間と融合するとき、その力は器の力に比例する」

 「って言うと?」

 「魔力も近接格闘能力も器に引っ張られるんだよ」

 

 確かにアイネの魔力は絶大だろう。

 なにせ、漏れ出す瘴気を見ただけでバランが怯えてしまった程だ。


 でも、近接格闘は雑魚と言っても過言ではない器。

 どう考えてもクライネの戦闘スタイルと合っていない。


 「そのどんくさい器が得意なのは魔法の打ち合い。クライネ君の戦闘スタイルとはミスマッチだよ」

 「でもよギギラ。あの闇纏いは脅威だぞ」

 「バラン君。あれ器の魔力の10%ぐらいしか使ってないよ?」

 「マジ?」

 「バラン君も思い返してみてよ。クライネの魔力を最初に見たときの恐怖心感じないでしょ?」


 ギギラに言われてバランはハッとする。

 確かに……今クライネが纏っている闇の魔力は膨大だ。


 しかし理解できる範疇だ。

 あくまで『強いな』と思う程度。

 あの時のアイネの様に、一目見ただけで『普通じゃない』と怯えるほどでは無い。


 「それに、あの闇纏いだって技術的な話をすれば難しくないし」

 「そうなのか?」

 「ていうか、その光バージョンを今バラン君がしてるんだよ」

 「え?」


 バランが驚ききるその前に、クライネの追撃が来る。

 ギギラはそれをもう一度バランで受けとめた。


 「あ、ホントだ。俺光ってるじゃん」

 「そそ。光の魔力を纏ってるの」

 

 ギギラはそう言うと、足をひねってクライネの攻撃を完全に受け流し切った。

 どうやらギギラはこの短時間で闇纏いの対処を身に着けてしまったらしい。


 「何時もと魔力の回し方を変えてたんだ~。気づかなかったでしょ」

 「何で先に言わないんだよ!!そんな大事な事」

 「ぶっつけ本番でやったからね。ずっとここで戦い続けたギギラとバラン君の愛が成した新技って所だね」


 光の魔力を纏ったバラン。

 その先端にある刃が闇を纏うクライネに襲い掛かる。


 「猛進する聖魔斬ホーリー・バニッシュ

 

 その刃はあくまでけん制のつもりだった。

 バランの攻撃力を考えると決定打にはなりえないからである。

 

 しかし、クライネはこの攻撃を見て……目を大きく見開いていた。

 そして冷汗をかきながら、大きく一言。


 「まずい」


 と。


 その瞬間、クライネはものすごいスピードで後方へジャンプした。

 それは周囲の空気を巻き込んで風を起こすほどの勢いだった。


 「俺が言うのもなんだけど……さっきの攻撃そこまで焦るほどだったか?」

 「う~ん。悪魔は闇の魔力を使って人間と融合するからね、普通は」

 「俺の光の魔力で切り裂かれるのを嫌がった?」

 「融合が解けると困るんだろうねぇ」


 クライネは、ギギラと距離を取るといったん深呼吸をした。

 そしてもう一度拳を構え、静かにギギラを見据える。


 「あの器の女の事はどうでもいいけどさ、君の事は興味あるよ。クライネ君」

 「なんだ?この俺までその男と同じように武器カレシにしようってのか?」

 「出来たらそうしたいよね~。ギギラなら、きっとその器より君をうまく使える。生活にだって彩を与えられるよ」


 ギギラが両手を大の字に広げてクライネを誘う。

 その言葉をクライネは笑って吐き捨てた。


 「禁術を持った人間が悪魔を彼氏にするとかなぁ……笑わせてくれるじゃねぇか」


 クライネはもう一度地面を蹴り上げる。

 その動きやフォームから痛いほど分かる。

 明らかにさっきの猛進する聖魔斬ホーリー・バニッシュを警戒している。


 「クライネ君さ、あまりギギラをなめないでほしいんだけど」

 「あん?」


 そうと分かったなら、得物を変えて攻めるのが得策だ。

 必殺の不意打ちを決めれるのだから。


 「悪魔の彼氏はすでに居るんだよね~」

 「な?!」


 ギギラはバランを前方に投擲し、ゲートを開く。

 ゲートから取り出したのは、悪魔の意匠を取り込んだ一本の槍だった。


 「彼氏No66、【悪魔の反転槍シャイターン】」


 その槍の先端がクライネの纏う闇に触れる。

 その瞬間、ギギラはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


 「君に勝つためにも、君を知るためにも、まずは器と君を引きはがす」


 【悪魔の反転槍シャイターン】の能力は非常にシンプルだ。

 槍の先端で触れた魔力の性質を反転させる。


 炎は水に。

 土は風に。

 氷は熱に。

 毒は雷に。

 

 そして……闇は光に。


 「悪魔の奇術デモンラーク!!」


 ギギラが技を放った瞬間、クライネの纏っていた魔力が闇から光へ変化する。

 そのまばゆい光は悪魔であるクライネにとって猛毒だった。


 「ま、まずい」


 クライネは苦悶の声を上げ、数秒が立ったころにはアイネの体から引きはがされていた。

 

 「クライネ?大丈夫?」

 「しまった……完全にアイネと別れちまった」


 クライネは焦った表情を見せてアイネの方を振り向いた。

 何も理解できていない表情を掲げる彼女に向かって走り、必死に問いかける。


 「アイネ!!黙ってもう一度俺と合体しろ」


 しかし、その問いかけも無慈悲に届かない。


 「悪いけど、ギギラ達の勝ちだよ」


 もうすでにアイネの前には、バランを構えたギギラが立っていたのだから。


 「最大火力でいくよバラン君!!」

 「おうよ」


 バランが様々な属性の魔力を纏う。

 いつもは魔弾として放っているそれを刃に集め、魔法の斬撃としてアイネに放った。


 「猛進する混沌魔斬カオス・バニッシュ!!」

 「きゃっ」


 その刃は確かにアイネの首を切り裂いた。

 しかし……そこから流れるはずの鮮血がいつまでたっても現れない。


 「痛い……そっか、私、切られたんだ」


 首の傷口からあふれ出るのはどこまでも暗い闇の魔力。

 普通の人間ではありえない異常な光景だった。


 「この感覚……前にもあった気がする。でも、思い出せない」

 「おいアイネ!!いいから何も考えずにー」

 「ねぇクライネ。何か知ってる?」


 アイネは心底不思議そうな顔をしてクライネの事を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る