第32話 死刑囚 アイネ・アンテノル

 『男を捕まえては武器にして良い様に扱うクソビッチ!!ギギラァァァァ・クレシアァァァァァ』


 「さぁて。今日は誰が相手かな?」


 ギギラは腕をぐるぐると回しながらコロシアムに足を踏みいれる。

 そして、違和感を感じた。

 

 いつもは観衆の罵倒や活気に包まれているコロシアムがやけに静かだ。

 空を見ると、綺麗な青が映える快晴。

 だというのに、今日コロシアムに足を運んでいる観客は片手で数えられるほどしか来ていない。


 「珍しい事もあるんだね~。まぁいっか。ギギラには関係ない事だし」


 ギギラはそう言うと、ゲートを開いてバランを取り出した。

 

 「うわぁ……なんだよこの雰囲気。何か嫌だなぁ」

 「そう?」

 「なんか不穏な感じしないか?いつも騒がしい所がこうも静かだと」

 

 二人がそんな話をしている間に、司会者の男は声を上げる。

 

 『彼女は禁術もアーティファクトもなく、一国を闇へと葬り去った災害。アイネ・アンテノル!!』


 司会者の大声に混ざる足音。

 その音は今日のコロシアムではよく響いただろう。


 その音はなんの変哲もない、ただの足音だった。

 ただ……なぜかその音が聞こえるだけで心の奥底がブルリと震える。


 すこしでもその音に耳を澄ましてしまえば、一気に精神を削り取られてしまうと確信してしまう。

 そんな不可思議な恐怖があった。


 「ここがコロシアム。死刑囚同士の殺し合いをしている場所なのね」


 司会者にアイネ・アンテノルと呼ばれた人物が姿を現す。

 その人物は、ぱっと見てだけでは一般的なただの女性だ。


 だが、そんな彼女から黒い瘴気があふれ出ている。

 アイネ・アンテノイルが持つ闇の魔力がそれ以上の何かとなって彼女の体から漏れ出ているのだ。


 「アババ。アバババババ」


 バランは彼女を一目見たとき、理解した。

 彼女はヤバいと。


 今のバランは全ての魔法を扱える能力を持っている。

 もちろん、今アイネが体から漏らしている闇の魔力を使った魔法だって扱える。


 ゆえに、理解できるのだ。

 彼女が今漏らしている闇の魔力は普通じゃない。

 以上に洗練されていて、魔力なんて呼ぶのもおこがましいエネルギーと化している。


 それを知ってしまったバランは、恐怖でまともな言葉がしゃべれなくなっていた。


 「バラン君?大丈夫?」

 「あ……あ……」

 「お~い。バラン君~」

 「こりゃもう……あ……」

 「う~む……ていっ!」


 そんなバランに対して、ギギラはピコンとデコピンを放った。

 

 「いてぇぇぇ!!何すんだよ?」

 「正気に戻った?」

 「戻ったってお前……あれ見てなんとも思わないのかよ」

 「強そうだなぁとは思ったけど。あれ女だよ。ギギラがほかの女を見て嫉妬や嫌悪以外の感情を持つと思う?」

 「お、お前なぁ」


 こんな状況だというのに、ギギラはギギラだった。

 相手がどれだけ危険な存在であろうとも、それが女と言うだけでこの扱いだ。


 その軸のぶれなさに、いつものようにバランは呆れた。

 そして、その感情によっていつもの感覚を取り戻した。


 「今日は朝色々してくれたから。それをお返しって事で」

 「そりゃどうも」


 ギギラはバランの持ち手をつかんで構えをとった。

 それを見たアイネは不思議そうにギギラ達を見つめている。


 「君は私の事、怖くないんだね。お友達になれそう」

 「悪いけど、君みたいな悲劇のヒロインぶってる雰囲気醸し出してる女と友達になる気なんてギギラにはこれっぽっちもないから」

 「悲劇のヒロイン?私が?」

 「そのしゃべり方と言い、出てくるまでのシチュエーションと言い……随分と匂わせてる自覚ある?」


 ギギラがジト目で問い詰める。 

 それに対して、アイネは微笑んで言葉を返した。


 「私ね、殺し合いって初めてなの。ここに収監されたのはずっと前だけど、コロシアムに連れてこられたのは今日が初めて」


 アイネの手に闇の魔力が集まる。

 その魔力は剣の様な形を作り、集約しようとしている。


 「だから今日はちょっと緊張してー」

 「だったら早く終わらせてあげるよ」

 「え?」


 アイネが呆けた声を上げた瞬間の事だった。

 ギギラがすでに彼女の目の前に立っている。

 右手に構えているバランの先端にある刃が今にもアイネの首を切り裂こうとしている。


 「戦うのが初めてってのは案外嘘じゃないんだね」


 アイネはあまりにも行動がマイペースすぎた。

 闇の魔力で武器を作るのも、ギギラの攻撃を把握するのも、あまりにも遅すぎる。


 「所詮その魔力は身に余る力でしかなかった訳だ」

 「あ……」


 刃がアイネの首をまさに切り裂こうとしたその瞬間、二人の間でいきなり突風が巻き上がった。

 ギギラはその突風を切り裂くようにバランを振るったが、その挙動は空を切るばかり。

 

 「っと」

 「あいつが居ねぇぞ?!さっきの風ってもしかして高速移動でもしたんじゃねぇか?」

 「魔法で出来た風じゃなかったしね。多分正解だよ」

 「逃げ足は素早いって事か?」


 ギギラが地面チラっと見る。

 そこには人の物とは大きくかけ離れた足跡があった。


 「いや……違う。ギギラと同じで協力してくれる仲間があっちにもいるんだ」


 その形跡からして、アイネが逃げたのは左方向。

 ギギラはその方向へ体を振り向かせながらバランに魔力を回し、光の魔弾を連射した。


 「足掻きの聖魔弾 ホーリー・ストラグル!!」


 振り向いたギギラとバランの視界に入った物。

 それは、アイネを大事そうに抱える大きな悪魔の姿だった。


 その悪魔は体から闇の魔力を纏った衝撃波を出し、バランの作った魔弾を一層する。


 「アイネ、何出しゃばってくれてんだよ」

 「だって、これって私の殺し合いでしょ?」

 「違うな。これは俺の殺し合いだ」


 悪魔はそう言うと、アイネを地面にそっと下した。

 そして、ギギラの方をキッと睨む。


 「よぅお前。悪かったな、俺の器が邪魔してよ」

 「へぇ、器ね。悪魔である君が彼女を利用してるって事でいいのかな?」

 「あぁその通りだ。この女の罪は俺が体を乗っ取って起こしたものだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 悪魔は高笑いする。

 その音は不協和音そのもので、まさに悪魔のようなと表現できる笑い声だった。


 しかし……不思議とアイネの足音程の恐怖は感じなかった。


 「アイネ、俺が戦う。だからその身体をよこせ」

 「無茶はしないでね、クライネ」


 アイネはそう言うと、体中から闇の魔力がブワリと膨れ上がった。

 その魔力は悪魔と混ざり、やがてそれはアイネと言う器に戻っていく。


 彼女の服はボロボロの布切れから一変して淡い青色のスーツへ変化した。

 そこから顔をだす手や足は真っ黒に変色しており、指先は鋭利な凶器へ様変わり。

 背中からはコウモリの様な羽が生えている。


 「おいギギラ!!これって」

 「そうだね。あの時の聖女と同じ、悪魔との融合だよ」


 ギギラとバランは、これと似た変身を以前に見たことがある。

 いつぞやに戦った聖女、ラーナ・エークレーと戦った時に。


 もっとも、その時は【悪魔を取り込む禁術】を使って再現したものであった訳だが。

 今回は正真正銘、本家本元の悪魔の力であった。


 「俺の名前はクライネ!!罪状は、この女の体を使って一国を滅ぼした事だ」

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