第25話 少し背伸びした宣誓

 『ほらお兄ちゃん、じっとして。まだ禁術の副作用が残ってるんだから』


 ここはギギラ・クレシアの夢の中。

 この世界が彼女が禁術を手に入れる前の時間が再現されている。


 この時間のギギラは【ドラゴン化】の禁術を持つ兄、グレア・クレシアの介護をしながらある人物達をを待っていた。


 『ただいま。ギギラ』

 『今日は早く討伐が終わってよ。すっ飛んで帰って来たぜ』


 ガチャリとドアが開く。

 そこに立っていたのは二人の男性だった。


 一人はスラっとした体形の優男。

 名前はラウズ。

 ギギラにとって初めての彼氏。

 

 もう一人は圧倒的な筋肉を宿した大柄な男。

 名前はガルチャ。

 ギギラにとって2番目の彼氏だ。


 『ラウズ!ガルチャ!お帰りなさい!!』

 『今日は帰りにケーキを買ってきたんだ。4人で一緒に食べよう』

 『本当?でも、お菓子って結構高いよね?大丈夫なの?』

 『訳ないさ。今日はギギラの誕生日だろう?』


 ラウズはそう言いながらケーキを机の上に置いた。

 ガルチャはワイワイと音頭を取りながら、ケーキを豪快に4等分する。


 『ようし!!それじゃぁ食おうぜ。グレアさんには病人でも飲める酒用意しといたからよ』

 『助かる。いつも妹の事をありがとう』

 『何、いいって事よ!!』

 『皆ばっかりお酒飲んでずるいよ。ギギラも飲みたい』

 『馬鹿言うんじゃねぇ。お前はあと一年お預けだ』

 『む~』

 

 二人の彼氏と唯一の肉親である兄との同棲。

 それが禁術を得る前のギギラ・クレシアの生活だった。


 『とはいえ、来年からはギギラも僕達大人の仲間入りだね』

 『この戦争の時代を子供だけで生きながらえてきたんだ。本当に立派なもんだぜ』

 『妹が成人か……まだまだ兄としては死ねないな』


 ギギラがケーキを食べているさなか、男連中は感傷に浸りながらそんな話をしていた。

 自分も来年は大人。

 ずっと大好きで、ずっと助けてくれた皆と同じ立場になる。


 それを意識するだけで、ギギラの心の中にも熱い物がこみあげてくる。


 『ん、んん。実は今日、ギギラから皆に報告したいことがあります』


 かしこまった口調でギギラは声を上げる。

 皆から向けられる視線を受け止めながら、少し背伸びをした宣誓をする。


 『皆が知ってる通り、ギギラは我儘な女の子です。ラウズとガルチャが普通の女の子の恋愛観とか、複数の男性と付き合う事の危険性とかを教えてくれたけど……結局ギギラは素敵な人を見つけたら恋人にするんだと思います』


 少し顔を赤くしながら、ギギラの宣誓は続く。

 3人はそんな彼女の事を優しく見守っていた。


 『だから、ギギラは我儘を通せるぐらい強く立派になるよ!!これから新しい彼氏が10人、20人……いや、100人出来たとしても、皆が幸せで……皆がギギラの事が大好きで……ギギラがおばあちゃんになっても一緒に居られる。そんな居場所を作って守れるぐらい強くて立派な女の子になるよ』


 『もうそこまで行くと、一つの国みたいだね』

 

 『ってなると、俺とラウズは原初の彼氏って事になるな。いい響きだぜ』


 そんな話をして、笑いあった。

 こんな日々が続けばいいのにと、それはそれは強く願った。




 しかし現実は非常で、この空間は所詮夢だった。



 幸せな情景は形を崩し、気が付けば周囲はいつものコロシアムへと変わっていた。


 『見ててね、二人とも。やり方は少し歪になったかもしれないけど、ギギラは70人の彼氏皆をちゃんと幸せにするから。その為にも、この殺し合いにも勝ち続けて見せるから』




 「朝食の時間です。起きてください」

 「う……ん。ケーキはもう食べれないよ」

 「今日の朝食はケーキではないですよ。最近王都で流行っているパイを焼いてきましたので」


 その声を聴いてギギラは目を覚ます。

 視界に飛び込んできたのは、いつも朝食を届けにくる監獄長補佐官の姿だった。


 「……君かぁ。ジェーエルだっけ?」

 「えぇ。私の名前を憶えていたんですね。てっきり女の名前は覚えないものなのかと」

 「毎日顔合わせてるんだから嫌でも覚えるよ……今からでも私の監視、男の人に変えられないの?」

 「無理です。そういう決まりなので」


 ギギラは悪態をつきながら体を起こし、伸びをする。

 そんな彼女を見て、ジェーエルは無機質な声で尋ねた。


 「この時間まで寝ているの、珍しいですね」

 「いつもはバラン君が起こしてくれるから……ってバラン君は?」

 「彼ならあそこでうずくまってますよ」


 ジェーエルがそういって指を刺した方向に視線を動かす。

 そこには、地面に向かってぶつぶつと独り言をつぶやくバランの姿があった。


 「あれマジでやばいって……普通に危険人物すぎるだろ……俺の喉、大丈夫だよな。またあいつ乗っ取られたりしねーよな」


 「バラン君、何してるの?」


 「うわぁぁぁぁ!!」


 少し声を掛けただけでこの慌てようである。

 どう考えても普通の状態ではない。


 「何をそんなにビビってるのさ」

 

 「おま、お前さぁ!昨日のあいつ!!どうなってんだよ」


 「昨日?なんかあったっけぇ……あぁ!!ディール君の事」


 ギギラがその名前を出すと、またバランが発狂する。

 贋作ちゃん戦を突破する切っ掛けとなった切り札であり、ギギラを野生化し、バランの喉を借りて好き勝手暴れまわった【野生回帰の変態仮面ディール】。


 バランは今、彼にちょっとしたトラウマを植え付けられていた。

 

 「あんなやばい彼氏まで作ってたのかよ!!あれやばいって!!マジやばいって」


 「ハイハイ落ち着いて深呼吸、深呼吸。バラン君パニックになりすぎて語彙力ひどい事になってるから」


 「おま、ちゃんとアイツの事制御出来てるんだろうな」


 「大丈夫だよ。ディール君、今まで13回ぐらい他の彼氏から制裁食らってるから。もう悪い事しないと思うよ」


 「前科あるんじゃねーか!!」


 「前科も何も、そもそもあなた達は死刑囚な訳ですが」


 バランの言葉に対し、ジェーエルはそれだけ言うと皿を地面に置いて帰る準備をする。

 そんな彼女にバランとギギラはギャーギャーと抗議の声を上げた。


 「うまい事言ったつもりか!?あと無表情のまま横槍入れないでくれます???」


 「そ~だよ。これはギギラとバラン君の会話なの。他の女が割って入るの禁止なんだけど」


 「それと、貴方は今日も殺し合いですので。また時間になったら呼びに来ます」


 「は?」


 「それでは」


 ジェーエルは二人の言葉をガン無視し、自分の言いたい事だけ言うとこの場を立ち去った。

 今日も今日とて、騒がしい喧噪からギギラ・クレシアの朝は始まったようだ。

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