第24話 代行者の断罪

 「随分と、むごい殺し方をするのですね」

 

 ギギラ・クレシアが贋作ちゃんを撃破していた時の事。

 監獄長補佐官であるジェーエル・モランシーはある事件を追って北の町へやってきた。


 殺人鬼が現れたと報告を受け三ヶ月。

 姿は見えず、これだけ被害が拡大しているのに一向に目撃証言は出てこない。

 死体は腐敗がひどく進んだ状態で発見され、分かっているのは死因が出血死であることぐらいだ。


 「あなたが犯人であることは分かっていますよ。ゴルド・シルバさん」

 「突然現れてなんだぁ、あんたは」


 ジェーエルの前に立っているのはワイルドな長髪を携えた金髪の男だった。

 ゴルドと呼ばれたその男は気だるそうにジェーエルの事を見つめている。


 「この街で起こした連続殺人。それと禁術の所持。これらは全て立派な犯罪です」

 「仏頂面で馬鹿な事いうなよ。大体証拠はあるのか?」

 「ええ、ありますとも」


 ジェーエルはいつもの無表情のまま、ゴルドに向かって指を刺す。


 「実は私、感情が無いんです」

 「ハァ……人間のくせにちゃんとした会話が出来ないのか?証拠を出せとー」

 「でも、相手の感情を一つの現象として理解することは出来ます。だから貴方を怒らせることが出来る」


 ジェーエルにとって、今の時間はただの答え合わせに過ぎない。

 殺人事件を起こしたのが誰で、動機が何なのか、そんなことは全て調査したうえで彼女はゴルド・シルバという男を探していたのだ。


 これから死刑囚となる犯罪者ゴルド・シルバを捕まえるために。


 「ただの畜生がよく人間社会に隠れていたものですね。褒めてあげます」

 「……そうか。あんた、俺の姿が見えてるんだな」


 ジェーエルの言葉に激高したゴルドが牙をむく。

 彼は懐から武器を取り出すこともなく、その剛腕でジェーエルをひっかき、その体を切り裂こうとした。


 「私には今、あなたの真の姿が丸見えです。そういう力を上司から借りてきましたから」

 「なんで攻撃が届かない」


 ゴルドの攻撃はジェーエルの体にあたる寸前で何かに阻まれていた。

 まるで、二人の間に見えない壁があるかの様に。


 「あなたと私の間にあるのは、この世界に住む皆さんの思いです」

 「人間どもの思いだと?」


 ゴルドはそこでようやく『それ』を視認する。


 ジェーエルの耳を両手で塞ぎ、背中に寄りかかる女体がそこにある。

 それは監獄に従事するジェーエルらが信仰し、真に世界の均衡を守る神、【耳無し】の姿だ。


 「民の思いを呑み、指導者の手駒となり、己を捨てて民意の代行者となる。それが感情の無い私に【耳無し】様から与えられた役割」


 そしてゴルドは理解する。

 自分と彼女を阻む壁の正体が『糸』であったことに。


 「【役割神託オラクルロール操り人形マリオネット】」


 ジェーエルがそう言うと、半透明であった糸に色が付き、姿を現した。

 真っ赤に染まった糸たちはその数を増やし、空のはるか向こうから降り注ぐ。


 「私は端末。誰かの意志をあなたの様な犯罪者に伝えるだけの存在」


 その糸はジェーエルの体に結合していく。

 

 「犯罪者を断罪してほしい。出来るだけ苦しく、痛めつけてほしい」


 彼女の腕にはぐるぐる巻きの糸が。

 彼女の靴にはピンと張った糸が接合されていく。


 「正義には負けてほしくない。早く民を安心させてほしい」


 そして、感情を現さない彼女の顔の節々にも糸は張り付いた。

 その糸はジェーエルの顔を無理やり引っ張り、貼り付けの表情を形作る。


 「あなたという殺人鬼一人がいるだけで、この街にはそんな怒りが満ちているんですよ」

 「人間ごときが何を偉そうに!!俺たち同胞の命を残酷に奪っておきながら!!」

 

 ゴルドがどれだけ力を込めても、彼女の糸を押し切れない。

 仏頂面の上に作られた歪な怒りの形相ににらまれながら、ゴルドは怒りを燃やす。


 「くそ……どうして禁術が発動しない」

 「言ったでしょう。上司から力を借りていると」


 【役割神託オラクルロール】。

 それは禁術とは違い、神から与えられた役割をこなすための力。


 ジェーエルに宿った【操り人形マリオネット】という役割は、誰かの気持ちや行動を代弁するための力。

 その役割に向き合い、能力を開花させた彼女には二つの異能が備わっていた。


 一つは、民の思いをそのまま力に変換する異能。

 そしてもう一つは……契約を交わした相手を意志や力を自分に宿す異能。


 「私の上司、監獄長ジャンネ・ダルケーの【禁術殺しの禁術】の前では貴方はあまりにも無力です」

 「この、化け物が!!」

 「化け物でも構いません。それで私の役割を果たせるのなら」


 ジャンネは人差し指をピンと伸ばし、標準を合わせる。

 彼女の指の先には糸がグルグルと集約し、一つの弾丸を作っていた。


 「皆の思いは私の手の上に。その憎悪の重さを代行者である私が知らしめましょう」


 その弾丸は全てを切り裂く糸の集合体。


 「民意断罪マリス・カタルシス【ヘイトミキサー】」


 当たればひとたびすべての神経を切り刻まれ、一時的に体の自由を奪われる。

 ゴルドは一切の反撃を許されず、その場に倒れこんだ。


 「クソッ……まだお前の仇を……取れてないってのに」

 「さて、あなたはこれから死刑となります」

 「人間どもに見られながら無様に殺されるのか?」

 「それが嫌なら、ほかの死刑囚と殺し合いです」


 この国で死刑になった人間がたどる末路は二つ。

 民衆の前で凄惨な打ち首を受けるか、民衆の娯楽として死刑囚同士の殺し合いに興じるか。


 連続殺人鬼、ゴルド・シルバが選んだのはー


 「人間を殺せる方にしろ……俺は何としても、沢山の人間を殺さなきゃいけねぇ」

 「そうですか。では、すぐにでも殺し合いの準備を始めます」


 殺し合いの道だった。


 「ちょうど、男の死刑囚と戦いたくて仕方のない人間がいますので」

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