第8話 死刑囚 ギシン・イグニ

 『男を捕まえては武器にして良い様に扱うクソビッチ!!ギギラァァァァ・クレシアァァァァァ』


 いい加減この言葉も聞き飽きたなと思いながらギギラはコロシアムに足を運ぶ。

 慣れた手つきで足早にバランを取り出し、ギギラは構えた。


 「さて、今回のお相手は何かな~」

 「出来れば面倒じゃない奴が良いけどな」


 バランとそんな言葉を交わしながら、ギギラは目の前の敵を見る。


 『アーティファクトに飲み込まれた愚かなる冒険者!!ギシン・イグニ!!!』


 ギギラに立ちはだかったのは、異様にやせ細った体系の男だった。


 冒険者にしてはあまりにも弱々しい体格。

 一体、彼の身に何があったのか?

 一体、どんな冒険をして来たのか?


 ギギラの興味は尽きない。


 「初めまして、ギギラだよ~。今日はよろしくねギシン君」

 「お前……相手が男だと露骨に対応変わるよな」


 昨日のラーナに向けていた態度とは大違いだ。

 こういう切り替えをまじかに見ると怖いよな、などとバランは呑気な事を考えていた。


 今から殺し合いが始まるというのに、二人のやり取りは何処か緊張感の欠けるものだ。

 そんな空気をキュッと引き締めたのは、対戦相手であるギシンの第一声であった。


 「おい女ぁ……誰の許可を得て喋っている」


 「ん?ギギラはギギラの気分で喋ってるよ」


 「あぁ駄目だ駄目だ駄目だ……僕が許可を出してないだろう???」


 ギシンの声は常に震えていて弱々しい物だった。

 それでいて、使用している言葉は強い。

 

 まるで支配者にでもなったかの様な物言いだった。


 「お前が何を喋るか、どう動くか、それも全部僕が決めるものだ。それが分からないなら……教育しなくちゃなぁ」


 次の瞬間、ギシンの背後に無数の針が浮かび上がる。

 ギシンが指揮者の様に手をふると、それに合わせて針が射出される。


 「なるほど、なるほど。ギシン君はそう言うタイプなんだね」


 ギギラはギシンの言動に引く事も無く、むしろ興味津々な面持ちでバランを構える。

 その先端からは風の魔法で作られた魔弾が発射されていた。


 風の魔弾は他の属性よりスピードがわずかに速い。

 ゆえに、遠距離攻撃の打ち合いでは重宝される。


 そして、遠距離攻撃は軌道さえ逸らせば攻撃を防ぐことが出来る。

 だからこそ、出力の低いバランでも問題なく打ち合いに参加することが出来るのだ。


 「流石に数が多いな」

 「でもでも、打ち返せない事は無いでしょ?ギシン君の詳細が分かるまで頑張って魔弾吐き出してね。バラン君」


 ギギラはバランにちょっかいを出しつつも、目線をギシンの顔から外さなかった。

 

 震えた声から考察するに、性格は臆病。

 あの支配者的な言動も臆病さが裏返って出たものだと考えた方がしっくりくる。


 そんな彼が焦った表情一つ見せずにギギラと対峙している。

 きっとあの針にはまだ何か隠されている。


 そこまで確信したギギラは、軌道を曲げた針の方へ視線を移す。

 

 「やっぱりね」

 「ん、どうした?」

 「動くよ、バラン君」

 「へ?!ちょ、何で急にー」


 バランの言葉を振り切ってギギラは動く。

 すると、軌道を逸らしたはずの針がギギラを追う様に進行方向を変えた。


 「あれは……もしかして自動追尾?!」

 「あれじゃ、打ち合いしても意味無いね」


 ギギラは魔弾で針をけん制しながら距離を取る。

 ギシンの周囲にはまだ射出されていない針が大量に控えている。

 無理に突っ込んで本体に攻撃するのは得策ではない。


 「結局の所、ギギラは君を知るしかないわけだね」

 「女ぁ……お前が僕の事を知る必要は無い……お前はただ、僕の言う事だけを聞いて入ればいいんだ」


 追加の針が射出される。

 気づけばギギラは針の群れに挟み撃ちにされていた。


 「良いね良いね。もっと君の事を教えてよ!!」


 ギギラはそんな状況にも関わらず興奮し、それでいて極めて冷静に針を処理する。

 距離に余裕のあるものは魔弾で落とし、間に合わなかったものは躱すかバランで叩き落とす。


 数百とあった針をいなすギギラの姿はまるで空を舞う蝶の様だった。

 

 自慢の針を避けられ続けている現状をギシン・イグニは良しとしないだろう。

 そう考えたギギラは、彼が今どんな顔をしているのか、ふと気になった。


 「きっと今頃イライラした顔して……ってあれ?」


 しかし、ギギラの瞳に映ったのは未だに余裕の表情を崩さないギシンの姿だった。


 ギギラの考察には一つ間違いがあった。

 それはギシン・イグニが操る針の性能を見誤っていた事だ。


 本来、弾数が無限にあり、その全てに追尾機能が搭載されている遠距離武器とはそれだけで脅威になりうる代物だ。


 ゆえにギギラは、先日戦ったラーナ・エークレーの禁術と同じ様に物量で圧倒する事こそが、この針の本質であると勘違いを起こしてしまったのだ。


 「イテテ、ちょっとカスった」

 「おぅい!!ボーっとするなよ?!」

 「ごめんごめん、ギギラちょっと驚いちゃってさ~」


 だが、ギシン・イグニが全幅の信頼を寄せる兵器アーティファクトの性能はギギラの想像を何重も上回る。


 何故なら、この針は少しでも当たった瞬間にその本領を発揮するのだから。


 「なるほどねぇ。ギギラ分かっちゃった」

 「お、なんか分かったのか?」

 「バラン君、ギギラ今ね」

 「おう」

 「さっき針がかすった左手が動かないや」

 「うん……はぁぁぁぁ?!!」


 死刑囚ギシン・イグニ、元冒険者。

 その罪状は、アーティファクト【人形支配の縫い針ドールマスター・ニードル】を使用して行われた女性への暴行と誘拐だ。


 「さぁ女ぁ……ここから教育の時間だぁ」

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