第7話 トラウマは日々の喧騒でかき消して
『待って、ギギラを置いていかないで』
これはまだ、彼女が普通の女の子であった頃の事。
ギギラ・クレシアは二人の彼氏と、訳あって人間を辞めた兄との4人で暮らしていた。
『もう、ギギラの大切な人が居なくなるのは嫌なの』
ギギラの前には二人の男が大量の血を流しながら倒れていた。
穏やかな顔の男は大きな盾を。
荒々しい顔の男は大きな剣を。
そんな二人を守る様に、ギギラの兄は暴れている。
『ギギラ、もっといい子になるよ。あんまり男にちょっかいかけない様にするし、ちゃんと勉強も修行もするから……だから』
ギギラがどれだけ言葉をかけても、倒れた男がそれに答える事は無い。
ギリギリの状態である二人が死ぬのはもはや時間の問題だった。
『どうしよう……このままじゃお兄ちゃんまで』
『助けてあげようか?ギギラ・クレシア』
ギギラは突然の声に驚き、振り向いた。
そこに居たのは質素なローブを着こなした一人の女性だった。
異常だったのは、その女の顔に『目』が無い事だった。
『君は、誰なの?』
『忘れたのかい?君と会うのは2回目のはずなんだが』
『ギギラは貴方の事なんか知らない』
『君のお兄さんに禁術をあげたお姉さんだよ。まぁ、あの時君は小さな子供だったし、覚えて無いのも無理ないか』
困惑するギギラをよそに、『目無し』の女は顔を寄せる。
『君の大切な人を永遠に保管できる力ならすぐに用意できるけど、欲しいかい?』
『え?』
『そこで死にかけてる男二人ぐらいなら、その力で助けられるよ』
◇
「お、やっと起きたか」
「ん~と……バラン君?」
バランの声を聞き、ギギラは起床する。
寝ぼけ眼を擦りながら周囲を観察すると、今日の残飯がすでに独房に置いてある事を確認した。
しかもすでに手直しとしての調理が施されている。
「まったく、うなされてたぞ。昨日人間なんか食べたからじゃねぇのか」
バランはそう言いながら、残飯の入った皿とスプーンを小突いた。
ちゃんとした物を食べろよと言わんばかりに。
「バラン君さぁ」
「なんだよ」
「もしかしてぇ……ギギラの事心配してくれてる?」
ギギラはスプーンで残飯を口に突っ込みながらバランの事を見つめていた。
少し嫌な夢を見たが、そんな物はすでに吹っ切れているようだ。
「ばっかやろう!!誰がお前の事なんか心配するか」
「あ~照れてる」
「照れてないが?!」
「じゃあアレ?嫉妬?」
「違うが~?誰が自分の体をこんな武器にしたイカレ女の事で嫉妬なんかするか!」
「大丈夫、大丈夫だよ。ギギラはバラン君が照れ屋でツンデレな事ちゃんと分かってるから」
ギギラはいなす様に言葉を返していた。
いつもの喧騒が彼女の中に戻って来る。
「そう言えば看守が言ってたぞ。今日も殺し合いだとよ」
「最近毎日だねぇ。もしかして看守の男、ギギラに気があったりして」
「お前なぁ……」
んな訳ねぇだろとバランがため息を突く中でギギラは残飯を食べ干していた。
相変わらず酷い食感と酷い味だが、バランが頑張って焼いてくれていたお陰でべちゃべちゃとはしていなかった。
「バラン君」
「なんだよ」
「いつもありがとね」
ギギラはそれだけ言うと軽いストレッチを始めた。
バランは、ギギラの『ありがとう』の言葉に心がドギマギしてしまう自分に複雑な感情を抱いていた。
「そう言えば話は変わるけど、バラン君はカニみそって食べた事ある?」
「食べた事は無いけど、まぁ美味いってよく聞くな……どうして急にそんな事を」
その質問を聞いたギギラの顔がニヤっと笑う。
バランは何となく、本当に何となくだが猛烈に嫌な予感を覚えていた。
「聖女の分身体はカニみそみたいな味だったよ」
「まじ?」
「まじ。ギギラ嘘つかない」
困惑するバランをよそに、ギギラはお酒もあれば最高だったろうなと考えていた。
ちょうど、18人目の彼氏であるおじ様がお酒に詳しい人間だ。
ブロンとギギラで調理した聖女の分身体を嫌がるバランに食べさせながら、18人目の彼氏にお酒を提供してもらえたら、なんて妄想がギギラの頭を駆け巡るのだった。
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