第9話 アーティファクト【人形支配の縫い針】

 アーティファクト。

 それは才能無き底辺冒険者に一発逆転のチャンスを授ける特別な力を持った兵器である。


 「針はお前の左腕を傷つけた。これが意味することが分かるかぁ、女ぁ」


 ギシン・イグニはアーティファクト【人形支配の縫い針ドールマスター・ニードル】を偶々発見し、その所有者となった。


 そのアーティファクトは無数の針であり、所有者を支配者へと変貌させる力を持つ。

 針が少しでも傷を付けたら最後、その部位はギシンの許可なしでは動かす事は出来ない。

 

 「お前の左腕はこの瞬間から僕の物だ。その内、お前の全身も同じようになる」

 「他の女の子の体もこうやって操って来たの?」

 「あぁそうさ……この世に存在する女は全て、僕が支配しなきゃいけないんだから」


 ギギラはまだ動かすことが出来る右手でバランを握った。


 「動かせないけど、操られてるって感じも無いね~」

 「でもカスっただけで終わりって強すぎねぇか」

 「まぁそりゃ強いでしょ。アーティファクトなんだし」


 ギギラはその身体能力とバランの吐き出す多彩な魔法で迫りくる針を迎撃する。

 しかし、左腕が固定されているこの状況では体のバランスを保つのが非常に困難だ。


 ギギラの動きは確実に悪くなっている。

 それこそ、針がカスるなんて事故がいくら起きてもおかしく無い程に。


 「この死ぬかもって感じ、久しぶりだよ」

 「な~に懐かしがってるニュアンス出してるんだよ!!俺達普通にピンチなんだが?!」


 この世の終わりでも来たのかと思う程の悲鳴を上げるバラン。

 それに対し、ギギラはいつもの笑顔を崩さぬままだ。


 「ねぇギシン君。あ、いや、ご主人様って呼んだ方が滾るかな?」

 「……は?」

 

 ギギラの左足に針が刺さる。

 彼女の動きがさらに悪くなり、戦況は苦しくなるばかりだ。


 しかし、ギギラは顔を歪めない。

 むしろ楽しそうな顔をしている。


 「君に伝えたい事があるからさぁ。ギギラの発言を許可してくれない?」

 「おい女ぁ……おまえ、何言ってるんだ?」


 ギシン・イグニは困惑していた。

 目の前の女はアーティファクトによって体を支配される事を恐れていない。

 かと言って命乞いをしている訳でもない。


 只々楽しそうに、心の中を覗き込むような眼で自分を見つめている。

 今だって右足に針が刺さり、完全に足を動かせなくなったというのに雰囲気を全く変えない。


 「良いぞ……最後にしゃべらせてやる。だが……攻撃は止めないぞ」

 「ありがとう~。じゃぁ回避はバラン君に任せるから、私の事頑張って引っ張って」

 「うっそだろお前?!」


 絶叫しながら魔法を放ち、ギギラの体を運ぶバラン。

 大量の針が追ってくるのを見つめながら、ギギラは一人、語り始めた。


 「ギシン君、女の子の事嫌いでしょ。それもトラウマレベルで」


 ギギラの視線がグイッと動く。

 その目が合った瞬間、自分の全てを丸裸にされている様にギシンは感じた。


 「酷い女に囲まれちゃったんだね……ギギラだったら絶対君にそんな思いさせなかったのに」

 「……何をバカな事を……女は皆嘘つきだ!!弱い男は蛆虫の様に扱い、強い男には寄生して全てを奪い取る。挙句の果てに、ちょっと仕返ししただけで極悪人扱いだ」


 弱々しかったギシンの声が強くなる。

 迫りくるトラウマに飲み込まれぬよう、自分を律した。


 「でも、ギギラは違うよ」

 「ハッ…何を根拠に」

 「だってギギラ、ギシン君の事好きだもん」

 

 その声は、殺し合いの場に似つかわしくない程に蠱惑こわく的だった。

 ギギラの顔は赤く染まり、口からは涎を垂らしている。


 「禁術を封じるこの結界さえなければ、君を70人目の彼氏として武器にしてしまいたいぐらいにはね」


 「……はぇ?!」


 「実はね、56人目の彼氏も女の子を支配するタイプでさぁ。ギギラの武器化とギシン君の支配とその彼氏の支配の相違点とかを議論したりすればとっても面白いと思わない?」


 「お、おい……女ぁ、本当に何言って」


 「それでね、ギギラと君だけの時間を作って、君の中にある女の子の印象を私で塗り替えるの。徐々にぎこちなかった距離感が近づいて行ったりしてさ」


 沢山の女性を支配してきたギシンには分かる。

 ギギラ・クレシアの言葉が命乞いなどの薄っぺらい物では無いという事を。

 

 彼女が本心から、ギシンの事を好いて、彼に愛の言葉を投げかけているのだ。


 「おい?!これ以上は持ちこたえられねぇぞ!!」


 悲痛なバランの声がギギラの告白にストップをかけた。

 

 「まぁ、ギギラの気持ちはこんな所だね」

 

 「……だが、僕もお前もコロシアムに居る以上は相手を殺さないとな」


 「そうだね~。だから、ギギラは対戦相手である君を最大限尊敬して全力をぶつけるよ」


 ギギラがそう宣言した瞬間、彼女の背後にゲートが開く。

 そのゲートから飛び出してきたのは、十字架と骨で出来た鎖だった。


 ギギラの体はその十字架にはりつけにされ、以上に長い骨の鎖が大量の針を弾き落とす。


 「【禁術×禁術デュアル・フォビドゥン】」


 ギギラが今から呼び出すのは、69人いる彼氏の中でも2人しか居ない【禁術×禁術デュアル・フォビドゥン】と呼ばれる武器。


 禁術持ちの彼氏をギギラの禁術で武器に変換した、切り札中の切り札だ。


 「彼氏No3、【禁断の愛錠骸龍あいじょうがいりゅうグレア・クレシア】」


 鎖の先端には、ドラゴンの頭蓋骨が取り付けられていた。

 その頭蓋骨はまるで生きているかの様に口を開き、恐怖を植え付ける様な雄叫びを上げていた。


 「さぁ行こう、お兄ちゃん。相手はギギラが認めた強敵だよ」

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